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第一人者  作者: 近衛 キイチ
第二章
22/63

オスロ

 傭兵と商人が籠る野営地を脱した後、それからの道程では魔獣に襲われることはなかった。やはり商人の積荷を狙っていたということだ、何が入っているのか想像できていないが、それは魔獣にとってとても大事な物だったのだろう。


 魔獣に襲われる可能性が完全に消えた分けではないし、あの傭兵達が追って来る可能性もあったので、馬の休息以外では休むことなく、夜も三交代で番をしながら旅を続ける、そのため商人達の影を見ることはなかった。

 あの場所で彼らは魔獣に囲まれて死んだかもしれない。


 彼らの死を望んでいる自分に対して良い気分はしなかったが、部下を止めなかったあの小隊長の責任は重い、部下のためにアンネリーゼを見捨てたんだ。

 自分ならばそんな判断はなしない、しないはずだ。



 メッサリカに入った後、別れ際にアティクスが積荷について話してくれた。

「荷崩れした商品の積み変えをしてたら見たんだよ、箱の中のビンに入った魔獣の胎児と思われるモノをさ、あいつ等あれを狙ってたんだろうなぁ多分」

「一体何のために、そんなモノを」

「さぁ、想像もしたくないが、蒸留酒か色の薄い酒の中に入れられていたから、もしかしたら呑むのかも、蛇やら虫の入った酒も在ることだし」

 彼は舌を出し手で胸を摩って不快感を表し、アンネリーゼも口を押えて悲しそうな表情をする。


 船員の仕事を探すために港湾へ向かうアティクスの後ろ姿を見送る。

 彼はこの旅の間、こちらの事情を尋ねることも自らの事情を話す事もなかった。もう一度彼と再会することはあるのだろうか、次ぎ逢う時には本当の名前やお互いの事情を話し合いたい。そう思ったがその機会はないと思いながら、自分達もオスロに向かうための船を捜す事にした。


 メッサリカは大きくはない、だがパルミュラやヴェツアークの王都と同じ位に都市には人と品物が溢れ、大理石や様々な石で化粧した背の高い公舎や豪邸、一般人の住む集合住宅も飾られてはいないが石造りの頑丈そうなものばかりが立ち並ぶ。

 泥に汚れた顔と服を着ている自分達とは違い、通りを歩く女性は清潔な服装に加えて、耳や腕には宝石を身に着けており、悲壮な表情をした奴隷や孤児の姿は通りにはなく、都市全体が裕福で活気に溢れている様にみえた。


 都市の様子を一通り見たアンネリーゼは、頭巾を脱ぎ捨てて顔を隠すのを止めると、そのまま服屋に入り、こちらでは見かけないレムリアの服一式を買うと、耳飾りや腕輪と共にそれらを身に着け、良く編みこまれた高価な帯を腰に締め、踵の高い靴を履き、自分も清潔な衣服を見立て着替えさせる。

 何故。と思ったが、こちらに好奇の眼差しを向けていたメッサリカの市民は、自分たちに対する興味を失ったのか、不必要に道を空けられる事も無くなり、住民に溶け込むことができた。


 メッサリカに着いた当日、その日の内にオスロへ行く船を見つけて乗り込む、僅か半日しか滞在しなかったポートルコの衛星都市を見ていたら、ようやく自分の運命から逃げ出す事が出来た気分になり、涙が頬を伝う。

 しかし、感傷的な気分も船倉の中でフナ虫や湿った空気の中で眠る頃には消え、本当にオスロで平和な生活が出来るのかという不安に押し潰されそうになる。


 二十日の後に船はオスロの港に入った。港から見えるその都市は、まだ建設中の建物が多く市壁も建設の途中だったので、母港に戻って来る船に対して。必ず石材を一つ以上提供しなければならない。と定められており、港には石が積み上げられていた。


 メッサリカの街並みは、船乗りが母港を見失わない様に、屋根の一部に青銅や黄銅が使われており、壁にも色石が使われていて、それらが太陽の光に照らされ、都市全体が光を放っている様にも見える。

 一方、港に近い広場を中心として内陸に広がるオスロは違った。


 オスロの港とそこへ流れ込む河に近い新市街は、メッサリカと同じ様に自宅兼倉庫として、商人の立派な屋敷が立ち並んでいるものの、広場から内陸に広がる旧市街には、風に煽られただけでも倒壊しそうなほど簡素な木造の家屋が並び、それらの建物には、貧しい労働者達が布で仕切られた部屋に住んでいた。

 そして、壁がまだ完成していないために、犯罪者も多く潜伏しているのだろう、帯刀した兵の姿を街中で多く見られ、都市自体に妙な緊張感が漂っている様に感じられた。



 法務官付きの役人は、自分達に年齢と出身地を訊ねるだけで、その後は定住と市民権獲得の条件や居住区毎の徴兵等、一方的な説明をするだけで審査を終えた。

 壮大な作り話をアンネリーゼと練っていたので唖然とした、しかし、手配書が各国に出回る程のお尋ね者でなければ、何処の出身地か判断するのは難しく、経歴などは嘘を付いて幾らでも誤魔化せるのだ、調べる手間を考えれば、この程度の審査いいのだろう、信頼はこれから得ればいい。


 役人の配慮かアンネリーゼの説得によるものか、彼女と同じ居住地区の名簿に登録される。しかし、これから二人で暮らす訳ではない。


 オスロでは定職か定住が市民権獲得の条件だが、基本的に流れ者は信用されないから、日雇いの労働者であり続けるし、土地を持つのも難しい、都市に対する武勲や寄付等の金銭面で貢献した者は、市民の要請を受けて、議会が市民権を与える事もあるが、子供で僅かな資産しか持たない自分達にそれは望める訳もなく、市民権を獲得するために、数年間は親方の許で住み込みの修行を行い、組合に職人として認められなければならない。

 アンネリーゼは刺繍を専門とした職人を目指し、自分がオスロの議員になる事を望んでいる彼女の要望により、自分は船乗りを希望する。


 救済施設で夜を明かすと、広場の方に在る船乗りの組合が入る建物へ行く、そこで細身で白い髭の生えた小父さんに何が出来るかと聞かれる。各種武器の取り扱い、読み書き及び日常会話が可能な言語を答える。さらに小父さんから出された算術の問題に答えると、ようやく推薦状を手渡され、そこに書かれている船長を探す様に言われた。


 露店の間を通り港湾に入る、露店には見たことのない香辛料や、これまた見たこのない果実や魚が普通に並べられており、さらにそれら見たことのない食べ物が、酒や蜂蜜に漬けられいるのを横目に、港湾に向かい積荷を運ぶ人の間を通り抜ける。


 船から降ろされ、並べられている壺に触れそうになる度に怒られながら進む、探している船長の名前を尋ねて回り、ようやく目的の人物がいる場所を見つけた。

 停泊している船の前には、乗員に審査を受ける人の列ができていた、別に不況だから人が集まっている訳ではない、自分の師匠となるこの船の船長が有能で人気だからだ。


 立て掛けられた求人の看板には、目的まで要する日数や賃金の他に、持ち込める荷物の量が書かれており、並んでいるどの人も背が高く、その肌は日に焼けて浅黒く筋肉は盛り上がっていた。

 船長の邪魔をしてはいけないので、取り敢えず列に並ぶ、この人達と比較されるのかと、戸惑っていると、隣に居たアンネリーゼに肩を叩かれた。

「うん、大丈夫だよ、緊張しないで気楽にね」

 彼女はそう言うと手を振って来た道を戻る、組合に自分が刺した刺繍を見せに行くために。


「武器は剣から弓まで殆ど使った経験がある、話せる言語は六カ国、読める文字は一三カ国、筆記は三ヶ国、航海の経験はありません」

 腰掛けた船長らしき人とその書記官に自分の紹介をする。

 書記は自分の言に驚きつつ、船長は殺しの経験を尋ねて来た。

「旅の途中、襲われた際に仕方なく」


 厳密に言えば違うが嘘を言ってはいない。

 船長は頷きながら立ち上がり、並ぶ船乗り達に静粛にする様に言うと、職務規定を守る事を誓うか自分に尋ねると共に、周囲の船乗り達に異議を唱える者がいないか確認する。暫く沈黙が続いた後、船長は握り締めた拳で自分の頬を思いっ切り殴った。


 後ろに並ぶ男に肩を掴まれて何とか倒れずに済んだが、訳が分からないまま目を見開いていると、船長は二回頷き、机の推薦状に自身の名前を書き足す、こうして自分は彼の弟子となり、そのまま船に乗り荷の積み込みを手伝う指示を出された。

 その日の夕方、希望する工房で働く事が決まったアンネリーゼと広場で落ち合う、自分も彼女も親方の許に住み込む事になるが、自分の方はこれから船乗りとして、一年の大半を海の上で過ごす事になる。


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