防衛
顎鬚に脅されたために、三人の傭兵は大人しくなったが、野営地内は険呑な雰囲気となったので、彼等に対する警戒心から、自分は眠ることが出来ず、天幕の外に出て自主的に見張りを行う。
外は闇、目は何も見えずに役には立たない、自分は静かに呼吸を行い集中する、耳が感じる取る音は鮮明になり、手足の感覚は消え自分の形が世界に広がる、歩き回る動物や鳥の鳴き声と場所を感じ取る。
薄暗い中では目に頼るよりも、臭いや音に頼る方が確実だった。
そして、森の中から聞こえた鳥や虫の鳴き声が止まる、明らかな異変に天幕で眠るアンネリーゼを起こし次にアティクスを起こす、そして、大雨が降り出す。
地面や木々に打ち付ける雨音に驚き、歩哨に立っていた傭兵以外の全員が飛び起きる。
雨よけを取り付けた松明を立て、海岸側の林を警戒する。そして、森の中から現れ街道に出てくる魔獣達、数日前に見た魚顔の魔獣、彼らの体からは僅かに緑色の血が流れていた。
乾燥することなく、海の中と同じ様な状態になるのではないかと思っていた、だから雨の降る日に現われるのだろう考えていたのに、雨の日でも彼らにとって地上というのは、血が出る程の苦痛を感じるというのに、何故そうまでして我々を襲うのか理解できない。
彼らが現れる理由を考えるのは中断し、防壁を越えようとする魔獣との攻防に専念する。
商人の使う弩は、内陸ではその存在はあまり知られておらず、実物を見るのは初めてだったが、魔獣に対して、その威力は限定的だった。鱗に覆われた体には、矢が刺さらず腕や顔の一部分に傷を与える事ができるのみだったから、しかし、それは木を削り尖端を尖らせて焼いた槍での攻撃も同じだった。
自分の持っていた剣も防壁の外に向けて攻撃するには短すぎるために意味をなさず、先の戦闘で三体の魔獣を仕留めた戦斧や長剣も、高所からの攻撃には向かなかった。
野営の中に入れない様にするのに一番効果が有ったのは、単純に棒で登って来る彼らを押し返すことだった。
攻撃の手段で効力が有ったのは、一番単純な投石での攻撃、これを頭に受けた魔獣は傷を負う事は殆どなかったが、一度目には足を止め、二度目には頭を押さえて、三度頭に直撃すると、仰向けになり苦しむ者もいた。
包囲戦の攻め手は護り手の三倍は必要なので、魔獣の包囲は完全ではなく、魔獣の一部が引いた所で、石の回収と収集に飛び出すことで防衛が続けられた。
幸い重傷を負った人は出ず、自分も魔獣が投げた貝殻が当たり出血したような気がしたが、明るくなってから見ると打ち身になっているだけだったが、絶え間なく攻め続ける魔獣に対して休む暇がなかった。
それが二日目になると、寝不足に加えて、雨に濡れ泥にまみれながらの戦いにより、皆が苛立ち疲れ始めていた。
雨は降り続けていたものの、魔獣も疲れたのか森の中に二体を残して退いたので、半数が見張りに残りもう半数は休憩する事になる。
アンネリーゼに疲れの色が見えたので、自分が率先して歩哨に立つ事にし、周囲を警戒していたのだが、傭兵の一人がアンネリーゼが休んでいる天幕に向かっているのが見えた、その顔は酒に酔っている様な虚ろな表情だった、自分の顔から血が引いて行くのが解った。
天幕の布に手を掛けようとする男に走り、その後で剣を構える。
「妙な事を考えるな」
男は子供に言われたのが腹立たしかったのか、自分に対して苛立ちを発散できると思ったのか、それともその両方だったのか、振り返ったその表情は魔獣と戦っていた時に見せた凄みあるものに変わっていた。
「おい、お前ら何やってんだ、こんな時に」
異変に気が付いたもう一人の傭兵がやってくる。
「このガキが俺と遊びたいみたいだから相手してんだよ、邪魔だよなこいつ、お前もそう思わねぇか」
男は後ろの天幕を顎で指して言いたい事を暗示する、止めようと入って来た傭兵だが、仲間の意図を理解したのか、彼は頷き薄笑いをして剣を取った。
「そういえばお前、先日も俺達に敵意を向けてたな」
連日、魔獣を相手に剣を振っていた事で、大分心に余裕ができている、半年位前のあの時は罪悪感で吐き気が込み上げたが、今はどうだろうか、背後を取られているとはいっても距離があるし、馬車の背後に回れば十分対処できる。
「おいおい、あんたらこんな事で英雄の名を汚すなよ」
背後からアティクスの声、彼は剣を構えてはいないが男の背後に回り込んでおり、その顔つきは半笑いの様だが何所か真剣だった。
そして、天幕の中から槍が伸び、傭兵の背に突き付けられる。
「あなたも剣を下ろしなさい」
問題を引き起こした傭兵は、槍を突き付けられる事で剣を引き、少し笑ってから自分の天幕へ戻って行った。
人数分の天幕や馬車に加えて、振り続ける雨音で視界や音が通りにくいかもしれないが、広くもない野営地内で起きた騒動に顎鬚の男が気付いていないわけない、しかし、彼は何も言わなかったし何も知らない素振りを見せる。それがどういうことなのか、その意図は分からない、だが次に揉めることがあれば殺し合いになだろうし、こっちにはその気がなくても魔獣との攻防の中で背後を衝かれることもある。
この人達とはもう居られない、アンネリーゼも同じ考えだった。
夕方の暗くなる直前、アンネリーゼと共に荷物を大幅に減らし、軽くした馬で防壁を飛び越え街道に出る、その日はこのまま一晩中馬を走らせる積もりだ、走り続ける限り魔獣は襲ってこないだろう、この数日間の間に魔獣を観て思ったのは、体力は人間に勝るが、動きそのものは遅く、馬の早さには到底追い付けないと云うこと、普段は水の中で暮らし、陸上は苦手なのだと判断したからだ。
もしかしたらあの魔獣達は、予言の子である自分を狙っているのかもしれない、その様な不安はある、だが魔の森に棲む魔獣は図解で先生達から教わっており、あの魔獣の存在は知らなかった。それはどういう事なのか知る必要もないほど弱い存在なのかもしれない、教わっている時は思わなかったが今回の事で気付けたことがある。
もしかしたら、ライオネルの指示に従わない魔獣が存在しているのではないか、あの魔獣は本来ならば危険な存在ではないのではないか、それでも襲ってくるのは、顎鬚と商人が話をしていた品物に関係があるのではないか、大丈夫あの場に居るよりも逃げ切れる可能性は高い、何より信頼できない人達と居るより安全だ、そう言い聞かせて馬を走らせる。
しばらく走ると後方から蹄の音、追手かと思い振り返ると相手は一人、その人影はアティクスだった、彼は手を振り何かを叫んでおり速度を落とし合流する。
「俺も一緒に行くぜ、あんな事になってしまったからにはもうあの場にはもう居れん、その上お前らまで消えたら、あいつ等の敵意が全て俺に向かっちまうしな、道のりの半分を過ぎたんだ、前金分が十分に働いたさ契約違反ではないだろう」
アティクスが共に来ることになった。これまでの会話や行動で彼は信頼できると思う。




