小隊長
アティクスと会話した次の日には出発した。
街道も石畳が削れて丸みを帯び、木の根で盛り上がっている個所がある、さらに街道の周囲は雑木林となり、隠れ潜むには絶好の場所となっているが、今の所は天気も良好で、日が出た後は暖かく気持ちが良い。
街道沿いに生えている野草や茸を採り、持ってきた小麦と共に朝食と夕食を作り、野営の際には、周囲の木々に針金や木片を通した縄を張って防壁とし、火の明かりが周囲に漏れ難くする様に、掘った地面の中で焚火を熾し、夜は早めに休み交代で番しつつ、アンネリーゼは夜の間、杖に短剣を縛り付けた自作の槍を作っていた。
街道の端々で野営をした跡があり、その中には火が消えて間もない焚火もあったので、近い距離で旅人が先行しているのか、兵士や盗賊が巡回しているのかもしれない、二日目に現われた街道沿いの村は、無人となって久しいのか、木造の家屋が朽ち果てていた。
三日後、その日から朝になると霧がかかる。
四日目の昼のことだった、その日の朝方に短時間だけ小雨がふるものの、気に留めることなく出発したのだが、途中から馬が進むのを嫌がったために、不吉な雰囲気に襲われた。
「イヤな感じ」
緊張した面持ちで、周囲に目を配りながら言うアンネリーゼ、その手には自作の槍が握られている。
ここの辺りもやはり石畳以外の所は雑木林が迫っており、奥深くまでは暗くて見えない、逆に潜んでいる相手からはよく見えるだろう。
しばらく考える、盗賊なら馬はこんな反応はしない、魔獣の可能性があるのかもしれない、途中に在った内地へ向かう小道まで逃げるべきかと思ったが、アンネリーゼはそれを拒否する。
「魔獣が近くにいるなら急いでこの場を離れるべき、でも引いても相手が追ってこないって保証はないから、速がけで前方にいる人たちに合流するのがいいと思う、今から急げば追いつけると思うから」
「しかし、行商人と行動するのは、盗賊を回避する為に排除したんじゃなかったか」
神殿で話しかけて来たアティクスを思い出す、こんなことなら彼を雇っていればよかった、と一瞬思ったが首を振る。
「逃げるにしても戦うにしても、どうせ襲われるなら、大人数の時の方が助かりやすいじゃない、ねっ」
馬をなだめて走り出すと、直ぐにそれが見えて来た。
街道の内陸側に作られた野営するには適した空き地、そこには頭を潰された短衣姿の死体が一つと、初めて見る魔獣の死骸が三体あった。
魔獣のそれは魚のような顔、口の中には小さく鋭い牙が並び、耳のある位置には、ヒレのようなものが後方に伸びており、其々の個体は長短ある髪方と顎鬚を生やしている、人によく似たその体には蛇のような鱗が生えており、全体が濡れた様に粘ついた粘液に覆われていた。
その手には武器が握られており、一体の手には白い骨の様な大きな棍棒、もう一体の手には巨大な巻貝が握られていた。
致命傷となった傷跡から、緑色の血液が腰に巻いた布を染めていたが、その布に縁取りがしてあるのを見て驚く、漠然と魔獣は野蛮で服を着ていないと想像していたのに、それは僅かな布でしかないのに、自分の常識が大きく揺らいだ気がした。
引き返すべきだった。今から雑木林を抜け内陸へと向かうかうべきか、そう思っていると前方から蹄の音が近づいてくる。
「おう少年危ないぞ、この辺はまだ魔獣がいるかも知れんからな」
アティクスだった、彼は馬から飛び降り軽快に言う、その服には魔獣の血が付いている、そして、彼の視線は後ろのアンネリーゼへ。
「おいおい、少年二人での旅は妙だとは思ってはたが、もう一人はお嬢ちゃんだってのは益々妙な組み合わせだ」
訳ありの様だから事情は聴かないぜ、面倒に巻き込まれるのは面白くないからな。と付け加えると、アティクスはアンネリーゼの名も聞かず空き地へ向かう。
「今朝、こいつらに襲われたんだ、この他にも数匹いたが傷を負わせてなんとか撃退した訳だが、他にも仲間が来るかもって事で、こいつらが退いたところで逃げ出したんだが、彼の埋葬をしなければと思って、独りで引き返してきた訳さ」
三人で墓穴を掘り、名前も知らない亡骸に火をつける。
アティクスはあの直ぐ後、行商人に雇われ出発したそうだ、彼の他に五人が元々護衛に付いていたそうだが、今しがた埋葬したのはその内の一人で、寝込みを襲われたという。埋葬の準備が終わる頃には、夕方が近くなったので、火葬の途中でその場を離れる事にして、アティクスの誘いで、街道の空き地に野営する商人達と合流する。
護衛達は、元から在った空き地の周囲に生える木々を伐採して森を切り開いて、見晴らしを良くしており、自分達は挨拶もほとんどせずに彼らを手伝う。
四人の護衛達は、伐採した木々と野営地の周辺を掘った土で壁を造り上げる、それは瞬く間と、表現するしかない程に素早かった。
しかし、造られた壁は、魔獣の侵入を少しでも食い止めるのには役立つが、いざという時は、外に出られないのではないかと不安になる、しかし、アンネリーゼが言った通り、人数が多いのだから二人の時に襲われるより危険は減るだろう。
二日間は魔獣の気配を感じることなく安全な旅路になるが、顎鬚を生やし隊長と呼ばれている護衛の一人が商人に話していたのを聞いた。
「街道まで奴らが来たのは雨が降ったからだろう、前回は偵察が目的だろうが、危ないのは次に雨が降った時か川の近くに野営する時でしょう」
「しかし、奴らは真水には弱いのでは、だからこそ街道を通る選択をしたのではなかったか」
慌てる商人に護衛が低い声で言う。
「あんたは自分が何を運んでいるのか自覚することだ」
商人と顎鬚の会話をアティクスも聞耳を立てており、彼と目が合うと神妙な面持ちで首を振るだけだった。
妙な一団と同行することになったのではないか、そう不安になる。
三日目の朝、番をしていたアティクスに起こされる。
薄暗い中で出発の準備を終わらせると、小雨が降り始めた、そして、街道を挟んで野営地の反対にある、海岸側の林に魔獣の姿を見る、我々は急いで馬を走らせその場を離れるが、商人とその従者が乗っていた馬車の車輪が木の根に乗り上げ、荷崩れを起こしてしまい木箱が落ちる。
幸い雨は直ぐに降り止んだのだが、荷を落とした事を商人が憤慨したために、アティクスと顎鬚が戻る事になり、今日はその場で野営する。
三日も経つと、護衛達もアンネリーゼを女性と気付き、残っていた護衛の三人が彼女をからかい始めた。商人がそれを制止するが、それでは彼らを制する事ができず、自分はアンネリーゼの傍にいて、彼らが彼女に触れない様に気を張っていたが、このままではと思い自分は剣の柄に手をかけ様とすると、後ろから怒鳴り声がした。
「三人とも止めろ、ここで死にたいのか」
その声は普通の人が出せる声の出し方ではなかった。大軍の隅々に声を行き渡らせる将軍の様な気迫が伝わって来る、声は帰還した顎鬚のものだった。
顎鬚は眉間に深いシワを作り、その隣に居たアティクスはよほど驚いたのか、彼の方を向いて目を見開き、怒鳴られた三人は青ざめて固まっていた。
彼らは普段は傭兵を専門にしているのだろう、思えば彼らは顎鬚を隊長と呼んでいるし、四人の連携は明確な上下関係の許で行われていた。




