暗殺
事態はさらに妙な方向へ向かっている事に気が付く、以前から不審に思っていた相部屋の男達を含めて、あの生首が見つかって以来、明らかに様子が変わった者達がいるからだ。
あの生首は彼らに対する警告だったのか、外で動いている仲間を殺されてしまい、計画が発覚したと焦っているのか、それとも単に計画を実行する前の緊張から来るものなのかは分からない、このまま見て見ぬ振りをしていれば、自分まで仲間だと疑われてしまう可能性もある。
城主か家令に、相部屋の男達の事を伝えてしまおうか考える、しかし、確たる証拠がない今の状態で密告したとして、この城に来たばかりの自分が信用されるだろうか、密告するにしても証拠を捜さなければならない。
告発を決断してから十日後の深夜、寝た姿勢のまま薄く瞼を開けて室内を見る。その日は夕食後から気分が悪く直ぐに眠りに就きたい気分だったが、それはあの火事の時にも感じた頭痛と吐き気に似ており、何か起こる様な嫌な気がしていた。
そして、その予感はその通りになった。
無言で円卓を囲んでいた同居人の男達は、小さな明かりの元で身支度を始める。それだけならば特に問題はない、衛兵に夜食を配るためや隠れて酒を飲んだりするためかもしれないから、しかし、今日は既に夜食は配り終えていたし、秘密の宴会に行くにしては、男達の表情は険しかった。
彼ら間に漂う緊迫した雰囲気は、ここ数日余の間にその濃度を高めており、仕事も粗くなっているような気がしていた、そして、彼らが懐に細身の長剣と小さな斧を忍ばせているのを目撃する。
生首の噂による警戒が解かれ、夜警の数が少なくなってからまだ日が浅い、彼らが何かをするのはまだ先の話だと思っていたのに、今日を選ぶのか、確かに今日は新月、暗殺であろうと盗みであろうと、闇に潜み何かをするには絶好の機会、満月の時期よりも成功する可能性は高い。
しかし、数年も準備に時間を割いていたのに、焦って今日を選ばなくても良いのではないか、こちらはお前達を告発するための物的証拠をまだ見つけていないのに、このままでは眠っている自分まで罪人にされる、折角見つけた居場所を失ってしまう。
同室の男達が退出した後、扉を少し開け外の様子を窺う、明かりの無い廊下は暗く人の気配はない、他の部屋を覗き見る、そして予想していた者達がいなくなっているのを確認すると共に、薬でも盛られているのか、眠っている使用人達の顔は辛く苦しそうなのだが、全く目を醒まそうとはしない、もしかしたら砦で起きた火事の際も薬が盛られていたのかも知れない、そう考える。
これから起きる混乱の前に逃げ出そうと決める、彼らは自分とは何の関係もない盗人なのかも知れない、しかし出て行った使用人達は家令からの信頼もあり、この城に仕えてから相当長い時間が経っている奴らだ、幾ら金を盗めば割に合うと感じるだろうか、何れは解放奴隷として自由民になれるのに、何故この様な罪を犯そうとするのか、彼らの愚かさに腹が立った。
彼らが盗人だろうが暗殺者であろうがどちらでもいいのだが、何もできずに捕まった場合でもあろうと、使用人の身元は一から調べられるだろう、その時に自分の正体が明るみに出る可能性があるのではないのか、そうなればどの様な事態に至るのか、自分の知識では想像もできない。
男達の寝台と箪笥と残された荷物を弄り、僅かな金と短剣を見つける、脱出した後も使用人の服装では直ぐに捕まるかも知れないので、彼らの持っている外着も拝借し背嚢に詰め込んだ。
「さて、何処から逃げ出すか考えろ、奴らも何処かに逃げ道を確保しているに違いない、その逃げ道を先に使って塞いでおけば、大事件の後だ、自分の様な子供が逃げ出した事など後回しになるだろう」
短剣を懐に隠して思案していると、心の中をミミズが這っている様な不快な気分になるが、それを必死に無視する。
このまま犯罪者共の仲間にされるのは悔しいが、結局は逃げるしかない、衛兵が居るのだから彼らに任せればいいのだ、自分の様な子供が出しゃばる必要などない、自分にそう言い聞かせる。しかし脳裏にアンネリーゼの姿が浮かぶ、そして自分の卑怯さに嫌気が差す、ここに来て以来お姫様とは話しをした事もないが、僅かに年が違う子供が危険に曝されようとしているのに、これを放っておいていいのか、
――良い訳がない――
心の中で叫ぶと走り出していた。
走りながら考える、使用人達を起こして騒ぎを大きくすれば、城主とその家族及び金庫の警備は万全になるのではないか、しかし、それをすれば自分も不審に思われるだけだ、彼ら高貴な人々は自分に感謝などしない、奴隷は信用できないと再認識するだけだ、これは彼らのためではない、自分の為だ、自分の気が収まらないからだ。
自分独りで奴らに立ち向かうのは恐ろしいが、奴らの仲間がいるかも知れない兵卒に助けを求めるのは避けるべきか、独りで賊を全て斃して密かに逃げ出せばいい、それでいいはずだ。
「しかし、どうやって逃げ出すと言うのだ」
不安が心の中に生まれ足を止めて考え込みそうになる、何とかその足を動かし、固く閉ざされているはずの扉を静かに開け、元々音など出ていないが革製の履物を脱ぎ捨て、素足で静かに素早く走る。
城主家族の居住区へ向かうには、使用人や兵卒専用の半地下の通路を通る道の他に、広間の奥に在る扉を使う方法がある、この場合はどちらに向かうべきか考える、理由は解らないが広間に向かうべきと判断する。
回廊の壁に掛けられた松明に火が灯されているが、衛兵の姿はない、その事に不吉を感じつつ用心しながら進む、静かだが微かな血の臭い、その臭いが何処から来るものなのかは判らなかったが、柱の影で衛兵が一人眠り込んでいるのを見た。
広間の前、僅かに開いていた扉から中を覗き見る、何時もは玉座が在る壇上は、松明と炉の明かりだけでよく見えない、城主家族の寝室への入り口前には、本来なら衛兵が夜通し立っているのだが、今はその影は確認できないが、血の臭いが広間に充満している、左側の壁際に沿っ大広間の中に入り、そのまま立ち並ぶ柱の影に隠れる。
そして目撃する、柱の影に血を流し横たわる二人の衛兵、息はなく既に死んでいた、今度はつい先ほど入ってきた出入り口から物音、そのまま列柱の影に身を潜め、広間に侵入する二人の男を観察する、彼等の腰には、細身で容易に隠しやすい大きさの剣が差されており、一人は探していた顔見知りの給仕であるが、もう一人は武具を着込んでいないが兵舎で見た事がある、やはり兵卒の中にも仲間がいたということか、助けを呼ばなくて良かった、味方に偽装した奴らに殺される所だった。
広間に小走りで入って来た二人の表情には焦りが見える、何か手違いがあったのだろう、二人は早足で歩き出す、それに合わせて柱の影を移動するが。
「パッキッ」と、自分の背後の壁が鳴いた。
何故こんな時に稀にしか起きない事が、兵卒はそのまま歩き続けるが、音に気が付いた給仕は剣を引き抜きこちらに近づく、このまま隠れてやり過ごせるか、いや違う、ここでやり過ごしても意味はない、ここは相手が一人になったと考え斃しておくべきだ。
給仕の男は、明かりが届かない列柱の間に剣を向け、次に二つの遺体を確認すると、息を吐いて心底安堵した表情をすると、鞘に剣を収め後ろを向く、それを見計らい自分は短剣を手に列柱が作る影から飛び出した、刃を水平に構え彼の肺を目掛けて短剣を突き刺す、男は声を出すこともなく床に倒れ、その衣服から血液が溢れ出す。
続いて、背後の異常に気付き振り返るもう一人に短剣を投げ付ける。
目を見開く兵卒は、向かってくる物体を避ける事ができずに、短剣は鎖骨と肋骨の間に刺さり、その衝撃で彼は一瞬後ろに飛び跳ねた、途轍もない激痛のはずだが彼は叫ぶ事もなく、短剣を引き抜き足元に投げ付け、右手に持っていた何かを落として剣を抜き構える、しかし、その剣は振られる事なく、口から血を噴き出すと床に座り、こちらを睨むと仰向けに倒れた。
人を殺した、殺してしまった、兵卒の男も間も無く死ぬ、二人も殺してしまった。
心臓が飛び出しそうなほど激しく暴れ、体の震えが止まらない、剣を直接交えれば確実に負けていた、そう考えていると息が苦しくなり、炉のそばに置いてある杯の中身を飲み干す。
「濃っ、酒か」
火に暖められた酒にむせ返りつつ、給仕が手にしていた剣を掴み取ると、大きく息を吸い込み気合を入れる。
「こんな事をしている暇はない」
壇に上がり目的の扉を見る、内側のカンヌキが外されており大きく開いており、中を覗くと仰向けで衛兵が死んでいた。
仰向けに倒れて死んでいる彼を見て思う、不用心に開けた所を殺されたのか、それとも柱の陰で死んでいる兵卒や給仕と共に、普段から酒でも飲んでいたのだろうか。
幸運にも広間から城主家族の居住区へ直接入る事が出来た、というよりも、彼ら暗殺者が入念に計画を組んでいたために、自分がこうやって苦労するのだが。
階段を上る途中、下着姿の騎士見習いと思われる少年の死体が転がっており、不意に襲われ殺されたと思われる、それに甘い匂いと共に白煙が立ち込めているのに気が付く、先ほどから鼻と目に痺れを覚えていたのは酒の効能かと思ったが、この煙によるものなのだろうか。
煙でせき込みそうになるのを抑えながら、城主家族の寝室に向かう、家令や騎士に与えられている寝室の各扉の握りには針金が巻きつけてあり、内からは開かない様になっている。
騎士達の寝室から音がしないのは、彼らが殺されているのではなく、他の使用人達と同じ様に眠らされているからなのだろう。
広い居住区の中を静かに走る、回廊を曲がろうとするが、その先には二人の給仕と一人の兵卒がいた、曲がり切らずに直ぐに後ろに下がり様子を窺う、回廊は松明の火で明るく照らされており、彼等の足下には騎士の死体が四つと給仕の死体が二つ転がっていた。
兵卒が扉を蹴り上げている部屋はアンネリーゼの寝室だったと思う、狙いはやはりお姫様か。
「お前達は二人を呼んで来い」
使用人のふりをした暗殺者の一人が叫び、手傷を負った使用人が悪態を付きながらこちらに向かい駆けて来る、壁を背に相手が来るのを待つ、息を殺し存在を消す、暗殺者は曲がり切る瞬間に此方に気が付くが、一瞬だけ遅い、剣先で男の腹を貫くと、僅かに角度を変えながら引き抜き、男のハラワタを床にまき散らす。
兵卒は斧を扉に叩きつける事に夢中で気付いていないが、その脇にいた使用人の方はこちらを振り返り驚きの表情を見せた後、自分が握る血に濡れた抜き身の剣に目を遣ると、怒気に露にした声色で言った。
「やりやがったな小僧」
近づく男の手には、今自分が持つ物と同じ細身の剣が一振り、右手に剣を左手に短剣を持ちこちらも構える。
打ち合いの中で柄頭を使い攻撃する方法、相手の手首に打撃を与えて剣を奪う方法、先生達から色々教わったが、あれは自分の身長に合わせて作られた剣での戦い方、それに、大人と子供という埋められない体格の差、両手でも防御する事ができない剣では勝負にはならない、右手に持つ物を囮として使い、相手が落ちた剣に気を取られている間に、鞘による打撃と短剣による刺殺を考えていた。
しかし、男の動きは雑だった。
それは今まで教わった先生達の動きには及ぶことなく、彼もまた手に持つ剣の重さに振り回されている様子、思えば彼らが重い荷物を持つ姿を見た事がない、何故なのかと思ったが今はその理由を考えている時ではない、この程度の技術なら防御は考えなくても良い、相手が大振りした瞬間を狙いその利き腕を破壊、次いでその腹に短剣を突き刺す、口から血を流しながらも暗殺者は残った腕で剣を振るい続けるが、その心臓を貫かれると血を吐き倒れた。
自分が走り出した時、兵卒はアンネリーゼの扉を破壊し終えており、彼女の寝室へ侵入しようとしていたところだった。間に合わない。そう思ったが、兵卒が入り口から後ずさりをして出てくる、その胸から血が吹き出している、剣による反撃にあったのだ、しかし暗殺者はまだ死んでいない、男は手に持つ斧を振り上げながら、再び寝室の中に入ろうとするが、何事を発しながら床に倒れ、敷布の上に大きな赤い染みをつくる。
「姫様、お怪我はありませんか」
暗い寝室の中に声を掛けるが返事はない、その代わり自分の顔に剣先が向けられる。
「先ずは剣を下ろして跪け」
アンネリーゼの部屋の中に居たのはヴェツアーク王だった、彼の娘は部屋の中には居ない様だ、何故ここに城主が居るのかと思ったが、よく考えれば部屋同士を繋ぐ隠し扉や脱出用の出口が在るはず、アンネリーゼそこから逃げたのだろう。
王の命令に従う訳ではなく、安堵の余りに脱力して床に座り込む、傍に倒れている暗殺者の血が手とお尻の辺りに付くのも関係ない気分だった。
しかし、まだ終わっていない、まだアンネリーゼの無事を確認していないではないか、それに給仕者に扮していた暗殺者達全員を見つけていない、まだ終わっていない。
「王様、姫様は何所に、隣の部屋、それとも信頼できる護衛を就け城の外に脱出させたのですか、賊は少なくとも使用人の中に後二名、それに兵卒にも幾人かの賊がいる事を自分は知っています、誰も信じてはいけません」
自分の言を聞いた王は一瞬にして青ざめると、蹌踉めきながらアンネリーゼの部屋に在る収納室に入る、あの中に脱出するための入り口でもあるのだろう。
一人放って置かれた自分であるが、精神と肉体の両方が痺れて体が動かず床に座り込んでいると、咳き込む騎士達が部屋の扉を破壊して出て来たために、逃げ出す機会を失ってしまった。
個々人の戦闘シーンに就いては細かい描写がなくて物足りなく感じるかも。




