生首
忘れた振りをしていても、頭の中に助けを求める文字が浮かび上がる。
それは死んでしまった前任者の妄想なのか、実際に脅迫されていたのかは判らない、判らない以上は城の中に居る全員に疑いの眼差しを向ける。
そして、違和感に気が付く、まずは相部屋の男達を含めて幾人かの使用人たちだ、彼らは同僚という枠組みだけではない、彼ら独自の上下関係を持っている、さらに禁止されているはずなのに食糧を運搬する農民から何かを受け取るのを見た、そして極めつけは、子供だから何も理解できないとでも思っているのか、自分も眠っている相部屋で深夜に行っている雑談の中身だ、その内容はとても不穏な物であった。
相部屋の男達の話を総合すると、無規則に見せている夜警の巡回路、兵卒の誰が仲間になったのか、城主の寝所に付いている鍵の複製は不可能とか、そんな話をしていたのだ。
このまま彼らに対する疑惑を無視するべきなのか、それとも確信に変えるべきか迷う。自分は別の事実を発掘してしまったのではないのか、とんでもない勘違いと妄想から別の事件に巻き込まれるのではないか、そう不安を感じて何も気づかなかった振りをすることにした。
数日後、早朝のまだ太陽が昇りきる前、回廊の清掃をしていると、外で何やら話しをしている声が聞こえてきた、自分以外の者は興味をそそられてその場に向かうが、自分も興味が無い訳ではないが、危険な雰囲気を感じたのでその場に留まり掃除を続ける。
回廊の角に番兵の様にして立つ彫刻や柱に積もった埃を拭き、松明の下に落ちている炭と油が混ざった汚れを削り取り、シミが付着している敷物を丸めて運ぼうとするが、それは自分の手に負える重さではなく、外に出て行って帰ってこない奴らを呼び戻すために、自分も外に出ようとすると、家令に呼び止められる。
王の次に権力を持つ家令の傍には、蓋をした盆を両手で持っている衛兵が控えており、また何かの訓練でもさせられるのかと一瞬思ったが、漂ってくる臭いでそれが勘違いであると瞬時に解る、そして家令が盆の蓋を開けると、そこから出て来たのは胴体と切り離された頭部だった。
目を見開いた男の生首、割れた頭頂部と変形した額、立ち込める腐臭に鼻を摘み後ろに下がる。
自分の様子を見て何事かを納得すると、家令は直ぐに蓋を閉めて立ち去る。
何か聞きたい事があったのだろうが、それを聞くまでもないと判断したのだろう。
後で聞けば先ほどの人だかりはあの生首を発見した際のもので、家令は生首を持って事情を訊いて回っているらしい。
昔から働いている使用人の話によれば、あの生首は従士のものでもなければ兵卒の誰でもなく、どこの誰なのか不明らしく、家令による犯人捜しの結果、城の中に居ない人物の頭である事を確認しただけになった。
多くの者が誰の仕業で、何所の誰が犠牲者になったのか分からない事を気味悪がり、空飛ぶ魔獣が落した食べ残しだとか、生首の本人に化けて城下に潜伏しているとか、生首その物が魔獣の頭部だとか、城に居る人達は生首に就いて様々な噂をする。
そして生首の噂は広まり、使用人だけではなく、騎士も土葬ではなく火葬にしなければ体が捜しに来るとか、夜中に空を飛ぶ人影や、頭部のない影を見たとか言い出す者が現れると、衛兵が夜警を嫌がり、使用人達は昼間でも暗い食糧庫や地下の貯水槽に行くのを恐れる様になる。
そして、城主のジョルジュは噂を断ち切り城内の平穏を戻すために、彼自身が殺人犯捜しを始める。
木や馬小屋の屋根に登ったりしては、補修箇所を家令に指示し、使用人達の館に入ろうとすれば家令に止められたりと、王は楽しむ様に彼方此方を歩き回る。
そして、ジョルジュは城壁の外に通じる小さな穴を見つける、この穴を見て彼は、生首をくわえた犬がこの穴を通ったと説明付けて事件を終わらせた。
ジョルジュの説明を聞いて、どの位の者が納得したのか疑問ではあるのだが、彼が命じた補修作業に城の全員が動員されたので、皆が噂をする暇もないほどに疲れ果ててしまったことで、一応噂話は何処かに消えてしまう。 しかし、城主自身も完全には納得していないのか、夜警の数を増やした上に、通常ならば秋が終わる前にマニシッサ河の軍団の許に一度戻るのだが、今年はそれを中断したのだった。




