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第一人者  作者: 近衛 キイチ
第一章
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作法

 元々高貴な家系に属している、侍女や騎士見習いという名の雑用兼人質は、王やその家族及び部屋住みの騎士の世話を専門としている。

 彼らは仕える人物の傍に寝泊りしているので、てっきり自分も従者の様な地位を与えられたのかと思っていたが、城の中にはそれ以外の使用人や兵士も多く居住しており、自分に与えられた仕事は、単に城内の環境を維持するためで、今までよりも少しだけ信頼を得たに過ぎないこと知る。


 使用人の居住区は城に併設されており、態々階段を降りなければならない半地下の構造となっている。

 窓もない男五人の相部屋だったが、衣装箪笥や小物入れの他に、寝台もそれなりに頑丈な物が備え付けられており、そこは以前の場所よりも数段は快適な生活ができる様に配慮されていた。しかし、部屋を共有する四人の男は歓迎している様に感じなかった、理由は解らないが、邪魔者が来た様な険悪な雰囲気を醸し出していた。


 相部屋の男達に、自分の秘密を知られている様な気分になりつつ、家令から前の持ち主が使っていた持ち物を貰い受ける、その中には様々な形の小刀があった、それらはどれも使い所が解らないものばかりで、柄が長い物や刀身が細長い物等の種類があり、魚と動物でも使い分けなければならない事が予想されたが、武器にもなる物を外に使用人の管理に任せる訳にはいかないようで、家令は軽く使い方を説明すると、自分から道具を取り上げると何処かに持って行ってしまった。


 切り分け職人という役職、パルミュラ王の居城であるドネティーク城での食事は、各自が持参した短剣で肉の塊を切り分けていたが、ここではそれは行儀の良くない行為に分類されるらしく、過去に食事の際に流血事件があり、その対策として、この独特と言わざるを得ない役職を置く事になったらしく、自分もこの職人の一人に命じられた。


 城の中でも一際高い天井を持つ広間、そこは両脇に柱が並び、壁と床の織物には見事な刺繍が施されており、城中にある彫刻や黄金の杯よりも織物の方が高価な代物らしく、実際に黄金や金貨がなくなっても、敷布を売り払えば幾らでも金が手に入ると家令は自慢げに言う。

 広間の一番奥は三段ほど高くなっており、その上に豪華な玉座とその両脇に王妃と王女の椅子が置かれている、今夜の夕食は城に住み込む騎士を集めたものになるらしく、広間の中央に大きく光沢のある長机と椅子が十八個も並べられた。


 仕事を始める前に家令が自分に言ったのは、城主の家族と目を合わしてはならない、話しかけてもならい、話しかけられた際には床か天井を見なければならない等、視線を向けてはならない事をしつこく念を押される。


 広間の入り口から近い席順に地位が低い者が座り、一番奥に在る城主に近い席に位の高い者が座る。

 家令と給仕長が王の側に立ち、家令が運ばれてくる料理ごとに、使った調味料の種類からその値段、薪の量とそれを運んだ者の名前、中庭の畑で採れた野菜、塩の量、どこの川で獲られた魚か、森の番人から送られた鳥、豚の塩漬けが後どの位残っているか、どこかの貴族から果物と酒が届いたのでそのお礼に何それを送った等、とても長い台帳を読み上げた。

 王も台帳に目を通してこの行事は終わり、城主自らがガチョウの姿焼きに小刀を入れて腹を半分に割く、これを合図に自分を含めた切り分けを担当する給仕が各皿の肉に小刀を入れ、料理を何枚かの木皿に取り分け下位の騎士の皿に置く。


 仕事が終わった自分は、広間の裏に在る城主とその家族の居住区に向かう、騎士や従士と城主が食事を共にする時は、奥方やその娘などは大広間に出て来る事なく、家族専用の広間で食事をするので、自分はその給仕としても働かされることになる。


 使用人や従卒専用の狭い廊下を通り城主の寝室に向かう、この時も家令が付き従い使用人が料理を盗み食いしないか監視をする、途中にいる門番が運んでいる中身を物欲しそうにしていたが、後に従う家令に気付き慌てて門の内に居る同僚に合図して扉を開けた。


 城主の私的な空間はかなり広い、やはり床には藁ではなく織物が敷いてあり、地面以外の床であれば、城の中の何所にでも藁を敷いているパルミュラとは違う、こちらの方が床に何が転がっているか判る上に、床の石材や木材に染みが付かず、掃除さえ怠らなければ虫も湧かない、そして何よりも敷物を敷くという行為が文明的に進んでいる印象を受ける。



 大きくはない扉の向こう、母親と共に刺繍をする少女、侍女の持つ蝋燭の炎に照らされるアンネリーゼの横顔が見えた。波打つ銅褐色の髪を耳に掛け、少し丸い鼻先と集中しているのか口先を尖らせた少女の姿。

 王妃と王女が糸を刺す布はとても大きく、それが大広間の壁一面に飾られていた物と同じだと気が付く、そして城中に飾られている神話の場面や紋章及び幾何学模様の織物は、歴代の王妃や姫の作品なのだと思い至る。


 奥方と娘が居た室内には給仕の奴隷が入る事は許されてはおらず、控えていた侍女に鍋や大皿を取上げられて自分達の役目は終わる。それまで自分達が存在しないかの様に気にもしていなかったアンネリーゼだが、一瞬だけ我々の方を見た様な気がする。

 何か怪しまれたのかと思ったが気のせいだろう、変に緊張していたのを不審に思われたのかも知れない。


 仕事はまだ終わらなかった、城内の警備をする兵卒の許に夜食を持って行き、暖炉に使う薪の補充や燃え尽きた松明がないか見て回り、ようやく寝床に入る事が出来た。朝になり思い至るのだ、いま寝床に敷いている布は死んだ人の物、疲れて何も考えられなかったが、今後もこれを使うには一度は日干しでもしなければ目覚めが良くない、布を持ち上げ普段は隠れている寝台の底板を剥き出しの状態にする、そして、そこに小さく文字が刻まれていた。


「このままでは殺される」


 思わず口に出して読んでしまい、慌てて誰もいない室内を見渡す、もう一度刻まれた文字を確認した後に文字を削り取り、さらに底板を裏返してその痕跡を消し去ると、天日干しを諦めて布を元に戻した。

 自分は何も見ていない、何も知らない、あそこに文字を刻んだのが前任者であっても自分には関係がない、自分は何も気付いてはいない、何も刻まれていなかったのだ。

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