第7話 光の騎士と、影の気配
昼を告げる鐘が響いた。
リリナは小瓶から顔を上げた。
「もう、お昼なのですね」
「そろそろ戻りましょうか」
エリオンにうなずき、立ち上がる。
小瓶を傾けても、氷の花は崩れなかった。
確かめていると、隣から笑い声がした。
「大丈夫ですよ」
「……つい、見てしまって」
リリナは小瓶を両手で包み、彼と並んで歩き出した。
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来賓館へ向かう途中、規則正しい足音が聞こえてきた。
前方から、騎士の一団が近づいていた。
白銀に金縁の鎧。
兜に添えられた白金の羽が、歩みに合わせて揺れている。
人々が道をあける。
エリオンとともに端へ寄ったリリナは、目の前を通る騎士たちを見上げた。
胸元の徽章には、金の天秤があった。
そのひとりと目が合う。
騎士は表情を和らげ、会釈した。
リリナも慌てて頭を下げる。
一団が通り過ぎてからも、しばらくその背中を見送っていた。
「……歩いているだけなのに、光みたい」
「第一騎士団オルディナです。“秩序を歩く者たち”と呼ばれています」
足音は、遠ざかっても揃っていた。
街を歩く人々は、もうそれぞれの行き先へ戻っている。
リリナはエリオンを見た。
「この都では、いつも見られるのですか?」
「ええ。都の安全を守るのも、彼らの務めですから」
「そうなのですね……」
もう一度振り返る。
白銀の鎧は、通りの向こうへ小さくなっていた。
「セレフィアとは、随分違います。あちらは、もっとゆっくりしているように感じます」
エリオンが微笑んだ。
「国土の広さなら、セレフィアが七国でいちばんですよ」
「それは……ほとんど山です」
思わず答えると、彼が小さく笑った。
「その山に、近ごろは各国が関心を寄せているようです」
「山に?」
リリナは首を傾げた。
故郷にいる間は、いつも遠くに見えていた。
そこに何があるか、考えたことはあまりなかった。
「まだ拓かれていない場所には、人を惹きつけるものがあるのでしょう」
「見たことのない動物や、植物でしょうか」
山の向こうにも、森は続いているのだろうか。
誰も通らない谷に、知らない花が咲いているかもしれない。
「……もう一つ、国があったりして」
笑いながら言った。
けれど、エリオンはすぐには笑わなかった。
リリナは彼を見た。
「エリオン様?」
「……そうかもしれませんね」
返ってきたのは、いつもの微笑みだった。
冗談の続きを言おうとしていたリリナは、口を閉じた。
小瓶の持ち方を変え、隣を歩く。
しばらくして来賓館が見えたときにも、あの短い間が、少しだけ気になっていた。
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来賓館の前には、馬車が停まっていた。
扉に刻まれているのは、山脈と鉱石、交差する槌の紋章。
御者が腰を下ろし、ひと息ついている。
「テルメナの王子が到着されたようですね」
エリオンが言った。
リリナは建物へ目を向けた。
「では、お昼はご一緒できるでしょうか」
「きっと」
そのとき、背後から車輪の音が近づいてきた。
もう一台の馬車だった。
ふたりが道をあけると、来賓館の扉が開いた。
レンセリオンが階段を降りてくる。
今日は淡い金の刺繍が施された白い上衣をまとい、肩には同じ色のマントを羽織っていた。
「レンセリオン様……」
エリオンがうなずいた。
「僕のときも、出迎えてくださったのは彼でした」
「私は、ライゼル様という方でした」
エリオンがこちらを向いた。
「ライゼル殿が?」
「はい。王の代わりに、と……」
一瞬、彼は何か考えるように黙った。
「それは、特別なお迎えでしたね」
リリナは昨日の挨拶を思い返した。
マルナも、あの人を見て驚いていた。
「ライゼル様は、どのような方なのですか?」
「国王陛下の弟君です。レンセリオン殿の叔父君にあたります」
「……えっ」
背筋が伸びた。
(私、きちんとご挨拶できていたかしら)
何度も礼をしたことは覚えている。
けれど、何と答えたか思い返すほど、心細くなった。
馬車の扉が開き、ひとりの姫が降りてきた。
淡い緑の刺繍を施した衣が、風に揺れる。
「スィルファリオンの姫君のようですね」
エリオンの声に、リリナも目を向けた。
姫君が衣の裾を持って礼をすると、レンセリオンも丁寧に応じた。
少し言葉を交わし、彼女は案内係とともに館へ入っていく。
残ったレンセリオンが、こちらを振り返った。
目が合い、リリナは会釈した。
彼は階段を離れ、ふたりのもとへ歩いてきた。
「こんにちは、リリナ姫」
近づいて微笑むと、客人を迎えていたときの改まった表情が和らいだ。
リリナも笑みを返す。
「こんにちは」
レンセリオンの目が、手元の小瓶に留まった。
「都を歩かれたのですね」
「はい。硝子の工房を見てきました。エリオン様に案内していただいて」
リリナが隣を見ると、エリオンもうなずいた。
レンセリオンは小瓶から視線を上げた。
「……なかなか時間が取れず、申し訳ありません。本来なら、私からご案内すべきでした」
「いえ、そんな……」
謝られるとは思っていなかったので、リリナは慌てて首を振った。
彼は少し表情を緩めた。
「またの機会に、ぜひ。ご案内させてください」
リリナは、その顔を見上げた。
昨日の噴水では、彼の言葉にどう答えればよいか分からないことが多かった。
もう少し話せたら、何か分かるだろうか。
「……楽しみにしています」
レンセリオンの目元が和らいだ。
エリオンが口を開く。
「昼の食事は、ご一緒されますか?」
「すまない。俺は、このあとも務めがある」
リリナは瞬きをした。
昨日から聞いていた丁寧な話し方とは、少し違った。
エリオンには、こんなふうに話すのだ。
見上げていると、レンセリオンがこちらに気づいた。
一瞬目が合い、彼は視線を外した。
耳が、少し赤くなっていた。
「……では、失礼します」
彼は挨拶をして歩き去った。
リリナは、その背中を見送った。
「今みたいに、お話しされることもあるのですね」
「僕とは、長い付き合いですから」
「……少し、近く感じました」
王家の一員として、客人を迎える姿も素敵だった。
けれど、先ほどの短い返事を、もう一度聞いてみたかった。
「私にも、あんなふうに話してくださったら嬉しいです」
エリオンが小さく笑った。
「彼に、ぜひ伝えてあげてください」
「それは……」
今、本人を前にして言えるだろうか。
リリナが小瓶へ目を落とすと、エリオンはそれ以上勧めず、来賓館の扉へ手を向けた。
「行きましょう。皆さんも、お待ちかもしれません」
リリナはうなずいた。
扉の向こうから、食事を整える音が聞こえていた。
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『光を纏うその人』




