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黎光の継承―七つの魂に導かれし少女―  作者: Marnie.
第一章 黎光の器

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第3話 光を映す都、交わる視線

街道の向こうに、白い塔が見え始めた。


近づくにつれ、その周囲に幾つもの屋根が重なっていく。


ルクヴェル王国の首都、ルク=セリア。


城門をくぐったリリナは、馬車の窓から顔を上げた。


「きらきらしてる……」


白い石畳が、建物の間をまっすぐに延びていた。


窓枠にも、軒先の飾りにも、陽光を受けて輝く細工がある。馬車が角を曲がると、その向こうにも同じように整った道が続いていた。


「木が少ないのに……こんなに綺麗なのね」


「セレフィアとは、随分と違いますね」


マルナも窓の外を眺めていた。


リリナは、建物の隙間から見える白い塔へ目を向けた。


道が変わっても、その塔だけは見失わなかった。


これから学ぶ王立学舎は、この都にある王立学院の一角に設けられているという。


どれほど大きな建物なのだろう。


窓の外を見ているうちに、馬車は来賓館《らいひんかん》の前で止まった。


⸻


馬車を降りると、ひとりの男性が待っていた。


灰金色の髪を整え、胸にルクヴェル王家の徽章《きしょう》を留めている。


隣で、マルナが小さく息を呑んだ。


リリナも背筋を伸ばした。


「遠路ご苦労であった、セレフィアの姫君。私はライゼル・ヴァン・ルクヴェル。王の代わりに、あなたを迎えに参った」


王の代わりに。


その言葉に緊張しながらも、リリナは衣の裾を持ち、一礼した。


「セレフィア王国より参りました、リリナ・エル・セレフィアでございます。お迎えいただき、ありがとうございます」


「黎光《れいこう》の花が、よくぞここまで。その光、この国で確かにお預かりいたしましょう」


顔を上げると、ライゼルは微笑んでいた。


「あ……ありがとうございます」


どう返せばよいのか分からず、もう一度礼をする。


「王も、あなたの到着をお待ちでした。滞在中、困ったことがあれば、遠慮なく申し出てください」


「はい」


ライゼルがわずかに身を引くと、背後に控えていた案内係が進み出た。


「姫様、こちらへどうぞ」


案内係に促され、リリナは来賓館へ向き直った。


少し先で、銀色の髪が扉の奥へ消えていく。


霧の峡谷で出会った、あの後ろ姿だった。


(……エリオン様)


声をかけようとしたときには、もう姿が見えなくなっていた。


ここへ着けば、また話せると思っていたのに。


リリナは少しだけ扉の奥を見つめ、それから案内係に続き、マルナとともに来賓館へ入った。


⸻


通された部屋は、ひとりには広すぎるほどだった。


大きな窓のそばには長椅子があり、卓上には茶具が揃えられている。


リリナが室内を見渡していると、案内係が声を落とした。


「セレフィアの姫君には、特別に配慮された一室をご用意しております」


マルナと顔を見合わせる。


礼を述べる間に、案内係は机の上の紙へ手を向けた。


「開講式についてのご案内です。皆さまがお揃いになるまでは、ご自由にお過ごしください。お食事は、会食の間でご一緒に召し上がっていただきます」


続いて、マルナにも声をかける。


「侍女様のお部屋は、別にご用意しております」


「姫様、荷物を置きましたら戻りますね」


ふたりを見送ると、部屋は急に静かになった。


リリナは机の紙を手に取った。


『各国の王子・姫君が揃い次第、王立学院にて開講式を行う。開講式では名乗りの場を設けるため、各自準備を整えること』


名乗りの場。


知らない人たちの前で、何を話せばよいのだろう。


ひとまず紙を戻し、荷ほどきを始めた。


最初に取り出したのは、小さな額縁だった。


描かれているのは、子犬のルナ。


窓辺へ置くと、絵の中の無邪気な瞳がこちらを向いた。


「……ここで待っていてね」


旅立ちの朝と同じ言葉がこぼれ、リリナは額縁に触れた。


母が編んでくれた肩掛けは、長椅子の背へ掛ける。


少しずつ、部屋の中に見慣れたものが増えていった。


そのとき、扉が叩かれた。


「はい」


マルナだと思いながら扉を開け、リリナは手を止めた。


エリオンが立っていた。


「……お邪魔でしたか?」


「いいえ!」


思わず声が大きくなる。


リリナは扉を開き直し、少しだけ視線を落とした。


「荷物を、出していたところです」


「では、少し息抜きに出ませんか。近くに噴水広場があるんです」


顔を上げると、エリオンは続けた。


「一緒に歩いてみませんか?」


「……はい。行きたいです」


返事をしてから、マルナのことを思い出した。


「少しだけ、お待ちいただけますか」


机へ戻り、小さな紙を取り出す。


エリオンと噴水広場へ行くことを書きながら、扉の方が気になった。


顔を上げると、彼は廊下で待っていた。


目が合っても急かさず、小さくうなずくだけだった。


書き置きを机の上に置き、リリナは彼のもとへ戻った。


⸻


外へ出ると、水の音が聞こえた。


エリオンと並んで歩きながら、リリナは何を話そうか考えていた。


聞いてみたいことはある。


けれど、口を開くきっかけがつかめない。


「……あの」


エリオンが顔を向けた。


「はい」


「どうして、私の名前をご存じだったのですか?」


霧の中で名を呼ばれてから、ずっと気になっていたことだった。


エリオンは少し懐かしそうに目を細めた。


「以前、一度、セレフィアへ伺った折にお会いしています。あなたは、まだ幼くていらっしゃいました」


「私……エリオン様に、お会いしていたのですか?」


「ええ。その後は事情があって、伺えませんでしたが」


そこで一度、言葉が途切れた。


リリナが見上げると、彼は笑みを戻した。


「健やかに成長されましたね」


「覚えていなくて、ごめんなさい」


「お気になさらず。あなたは、絵本に夢中でしたから」


リリナは彼の横顔を見つめた。


自分の覚えていない頃の自分を、この人は知っている。


出会ったばかりなのに、それより前から細い糸が続いていたようで、不思議だった。


「……でも、今日、お話しできてよかったです」


エリオンがこちらを見た。


その視線に、言ってから恥ずかしくなる。


彼はそっと左胸へ手を添えた。


「僕には、リリナ姫様と繋がる理由が、もうひとつあります」


その仕草に、リリナの指も胸元へ動いた。


衣の下にある、花弁の形の印。


尋ねようとしたとき、頭上で風が鳴った。


白金の光が、建物の間を横切った。


見上げた空に、巨大な竜がいた。


白銀の鱗《うろこ》をきらめかせ、翼を広げて塔の上を巡っている。


リリナは足を止めた。


「……神獣《しんじゅう》……」


「聖光竜《せいこうりゅう》ルクシオンです」


エリオンも空を仰いでいた。


竜が身体を傾ける。


広がった翼の向こうを、薄い雲が流れていった。


「見えますか?」


「ええ。あんなに大きな翼……」


言いかけて、リリナは彼を見た。


「エリオン様にも?」


「はい。僕にも、見えます」


彼の視線は、空を進む竜の姿を追っていた。


リリナはもう一度、ルクシオンを見上げた。


翼も、鱗も、長く伸びる尾も。


今は、それを言葉にして伝えなくてもよいのだ。


隣にいる人も、同じ姿を見ている。


「……同じなのですね」


エリオンはうなずいた。


「そして、この竜に選ばれた方も、この先にいます」


「その方にも、会えるのですか?」


「ええ。すぐに」


噴水の音が近づいていた。


広場へ出ると、水の向こうにひとりの青年が立っていた。


白銀に近い灰色の髪。


人々が行き交う中でも、そのまっすぐな立ち姿は目を引いた。


「ルクヴェルの王子、レンセリオン殿です」


青年が振り返った。


琥珀色の瞳が、リリナを捉える。


リリナは足を止めた。


初めて会う人なのに、目を逸らしたくなかった。


何か言ってくれるのを待つように、その瞳を見つめていた。


レンセリオンも、一瞬だけ動きを止めていた。


彼はリリナへ歩み寄ると、胸に手を添え、深く一礼した。


「お会いできる日を、心より待ち望んでおりました――セレフィアの姫君」


顔を上げた彼の眼差しは、まっすぐだった。


待っていてくれた。


そのことが、なぜか、たまらなく嬉しかった。


自分は、この人を今日初めて知った。


それなのに、彼はいつから、会える日を待っていてくれたのだろう。


⸻


『琥珀の瞳、運命の邂逅』

挿絵(By みてみん)

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