閑話①:始まりは出来心で
未だ戦乱が続く極東の地、ウェインド地方。そこでは二つの大国が三月にも及ぶ長き戦いを繰り広げていた。
誉ある戦士の国「ウェルディラ」。そしてかつては冒険者の国であった「スルンヘイム」。両国に兵力差は無いに等しく、争いは拮抗していた。
このままでは罪の無い一般市民にまでその被害が及んでしまうかもしれない。それだけは避けなくてはいけなかった。
そこでウェルディラの国王はスルンヘイムに一通の書簡を送った。
両国の最も強い者に決闘をさせ、その勝敗をもってこの戦いを終わらせようと。
スルンヘイムはこの申し出を吞み、一年後の今日、その決闘を行うこととした。
そして一年後、ウェルディラ領の僻地、何もない草原にて、両者はその身を構えた。
カムイ・ドゥ・ウェルディラ。ウェルディラ王家の長男にして、次期国王。20歳にして近衛騎士団を束ねるまでに至った剣術の達人。自らを中心とした半径50メートルを射程範囲とし、範囲内の万物を文字通り”切断”する異能を持つ。
ユウト・ミタケ。遠い島国から召喚された転生者にして、通称”東の勇者”。この世に存在するすべてのエレメントを自在に操り、魔王”シェムハザ”を単独で撃破した天才。
数百人の見守る中、決闘の場に邪魔をする者は誰もいない。
普段からその高い実力ゆえに全力を出す機会自体が珍しい二人にとって、互いは相手として全く不足はなかった。
だが —— その刹那だった。
カムイの上半身が、突如として跡形もなく消し飛んだ。
ユウトによる魔法攻撃ではなかった。
ユウトが思わず、その凄まじい魔力の発生源の方を向くと、そこには一人の少女が胡座をかいて平然と座っていた。
「なーんだ。聞いてたより強くないなぁ」
長く靡く綺麗な白髪、金色に光る瞳、ねじれた二本の角に大きな翼。
ユウトは、そのおぞましいほど濃厚な魔力を前に、思わず足がすくんで後ずさった。
—— 逃げなくては死ぬ。直感が、全身に危険信号を鳴り響かせた。
「テ、転移!」
「逃げないでよ」
”魔王”序列三位『神龍』バハムート。
数千年前に絶滅した古ドラゴンと人間のハーフ。目的もなく、これまで何千もの異能使いを葬ってきた絶対的な強者。
年を取ることが無く、炎を自在に操る龍の力を持つ生きる災厄そのもの。
「咆哮」
こうやって彼女はまた一人、また一人と、名も無き強者を歴史の海に沈めていくのだ。
・・・
彼女は暇を持て余していた。
昔は何もしなくても自分を殺そうとする人間が次から次へと現れたのに。
昔はどんなに殺しても次の挑戦者が目の前に現れたのに。
魔王連中なんてもってのほかだ。少しでも本気で戦おうものなら、ラプラスがうるさく小言を言う。シエルに至っては、また自分を封印しようと企んでいるに違いない。
だからこうして世界中を飛び回って狩りをしようとしてるのに、肝心の獲物がいない。
—— そうだ。
人間が家畜を飼うように、どこかの魔王が似たようなことをやっていたと聞く。私も、自分で強いやつを育てればいいのだ。
そうしていい具合に育ったら、全力で叩き潰してやろう。
かといって、何の才能もない弱者を育てるのは面倒くさい。ある程度の素質を持った人間でなければ、話にならない。
そうしてバハムートは、何年も休むことなく空を飛び続けた。どこかに、ちょうどいい人間はいないものか —— と探しながら。
とある北の、小さな農村の外れ。
バハムートは、ついに才能の原石を見つけた。
「きさま、もっと強くなりたくないか!?」
突然空から轟音と共に降り立ち、開口一番にそう叫んできた、角の生えた不思議な少女。
どう考えても魔族か、あるいは悪魔の類だ。警戒しないわけがない。
「な、何者だ...?」
青年は思わず、手にした槍を彼女に向けた。
「きさま、強いだろ!わたしが稽古をつけてやろう!」
レイブは、代々王族に仕える騎士の家系に生まれた次男坊だった。
だけど彼は、生まれつき戦うことがどうしても苦手だった。成人するまでに一度も兄に勝てず、ついには家族から見限られて故郷を追い出されてしまった、落ちこぼれ騎士だ。
いつも家族から、心無い言葉を浴びせられ続けてきた。
—— こんな俺が強い? ふざけるな。
また、誰かが俺をからかいに来たのだ。
レイブは、そんなみじめな自分のことが、心底大嫌いだった。
「何言ってるんだ。俺は、強くなんかない」
そういうと、彼女は不思議そうに首をかしげる。
「きさまこそ何を言っているんだ。その魔力と練り上げられた肉体、”上”には遠く及ばないが、確実に強者のそれだ。毎日鍛練を欠かさず、力を追い求めなければ実現しない身体だ」
バハムートは、努力をする人間のことは嫌いではなかった。
たとえ今は戦えなかったとしても、力を追い求めて日々歯を食いしばるものは、等しく強者の資格があると、彼女はそう思っている。
その何の先入観もない言葉は、意外にもレイブの心の奥底にあったトラウマを、少しだけ和らげた。
たった数分前に出会った少女に、たった一言で心を開いてしまう。そんな単純な自分に、レイブは嫌気がさした。
ふと、彼女をよく見ると、年齢が近いのか身長はほとんど同じだった。
整った美しい顔立ち。角や背中に生えた大きな羽のことを除けば、今まで見てきたどの貴族の令嬢よりも、ずっと魅力的に見えた。
—— これが、世間で言う一目惚れというものだろうか。
彼は、知らず知らずのうちに、目の前の少女に恋をしていた。
それに、そうだ。俺だって、本当は強くなりたい。
いつか立派な騎士になって、俺を見下した奴らを、見返してやるんだ。
「わたしなら、きさまをもっともっと強くできるぞ!」
「......俺の名前は『きさま』じゃない。レイブだ」
レイブは、ゆっくりと槍を下ろし、目の前の金色の瞳をまっすぐと見つめた。
「俺は強くなりたい。何をすればいい」
バハムートはそれを見て、満足そうに鋭い牙を見せて笑った。
こんにちはるなこです。
今回は閑話ということで、魔王バハムートと、とある青年の出会いを書きました。
これからどのように本編とつながってくるのか楽しみですね。
少しだけ補足すると、この話はリーナとアリスが旅に出るよりもずっと前、大体五年ほど前です。
今はどうなっているのでしょうか。レイブは悪い魔王に食べられてしまったかもしれませんね。
次はちゃんと第三話を更新する予定ですので気長に待っていいただけると幸いです。
それでは短いですが、ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
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