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第12話 空き家バンク

 今日は、市の空き家バンクから紹介された案件だった。


 売買契約書の作成。


 そして所有権移転登記。


 いつもの仕事だ。


     ◇


 空き家バンクの仕事は、少し特殊だ。


 何度も扱ってきたが、不動産会社が仲介に入ることは少ない。


 理由は簡単だった。


 商品になりにくいからだ。


 雨漏り。


 傾き。


 再建築不可。


 接道がない。


 境界も曖昧。


 修繕費の方が高くつく家も珍しくない。


 値段も相場では測れない。


 安いというより、値段の付けようがない。


     ◇


 売主は六十代の女性だった。


「実家なんです」


 そう言って、少し笑う。


「父が亡くなって相続しました」


 五年前。


 それから誰も住んでいない。


「戻る予定もありません」


 毎年届く固定資産税。


 庭木は伸びる。


 草も生える。


 近所から市役所へ苦情も入る。


 管理のためだけに、高速道路を何時間も走る。


「もう限界です」


     ◇


 最初は不動産会社へ相談したという。


 何社も回った。


 だが返事は同じだった。


「難しいですね」


「売れません」


「問い合わせは来ないと思います」


 そこで最後に登録したのが、空き家バンクだった。


     ◇


 買主は七十代の男性だった。


 一人暮らし。


 年金生活。


 今は賃貸アパートに住んでいる。


「家賃がなぁ」


 苦笑しながら言う。


「毎月払うくらいなら、古くても自分の家の方がええ」


 確かに理屈はわかる。


 この家なら、家賃数年分で買えてしまう。


     ◇


 契約は静かに終わった。


 売主は肩の力が抜けたようだった。


「やっと終わりました」


 買主も嬉しそうだった。


「少しずつ直して住みます」


 双方に笑顔がある。


 いい取引だった。


 そう思った。


     ◇


 だが、買主の顔を見た時だった。


 白い線が見える。


 妻はすでに亡くなっている。


 子供はいない。


 兄弟も高齢だった。


 その先には甥や姪の名前がいくつも並んでいる。


 少し複雑な家系だった。


 ふと思う。


 この家も、いつかまた相続になる。


 その時、この家は誰が管理するのだろう。


 甥か。


 姪か。


 あるいは誰も住まないまま、また空き家になるのか。


     ◇


 もちろん、それは今日考えることじゃない。


 今日の仕事は、この売買を無事に終わらせることだ。


 未来まで止めることはできない。


     ◇


 売主は、重荷を下ろした。


 買主は、新しい暮らしを手に入れた。


 どちらにとっても、この契約には意味がある。


 それは間違いない。


     ◇


 帰り道、西原が言った。


「空き家、一軒減りましたね」


「そうですね」


「少しいいことした気分です」


 俺は少し考えてから答えた。


「そうだといいですね」


 西原が不思議そうな顔をする。


「先生?」


「今日なくなった空き家も、いつかまた誰かが相続するかもしれない」


「……あ」


 西原は黙った。


     ◇


 窓の外を、人が歩いている。


 今日も白い線が見える。


 親子。


 兄弟。


 夫婦。


 人は繋がって生きている。


 家もまた、人から人へ受け継がれていく。


 空き家問題を解決する制度はある。


 けれど、人の繋がりまでは変えられない。


 一軒の空き家はなくなった。


 その代わりに、新しい相続が始まっただけなのかもしれない。

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