表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/13

第11話 カツ丼の相続

 相続の仕事をしていると、家族の形はいろいろ見る。


 何年も口をきいていない兄弟。


 遺産で揉める親族。


 顔も知らない相続人。


 そういう案件の方が、むしろ多い。


 だから時々、拍子抜けするような相続に出会うことがある。


     ◇


 被相続人は、奈良市内で長く食堂を営んでいた店主だった。


 八十歳。


 病気で亡くなった。


 店は駅前商店街にある。


 創業五十年以上。


 近所では知らない人がいない老舗だった。


 俺も何度か行ったことがある。


 カツ丼が有名な店だ。


     ◇


 相続人は三人兄弟。


 長男。


 次男。


 三男。


 母親はすでに他界している。


 遺言はなし。


 相続人全員で遺産分割協議を行うことになった。


 普通なら、ここからが大変だ。


 誰が何を相続するか。


 預金は。


 不動産は。


 店は。


 話し合いがまとまらないことも珍しくない。


     ◇


 ところが初回面談の日。


 事務所へ現れた三兄弟は、最初から様子が面白かった。


「先生、久しぶりやな」


「この前商店街で見たで」


「最近忙しいんか」


 相続の話より世間話が先に始まる。


     ◇


 さらに面白かったのは、三人とも近所に住んでいることだった。


 歩いて五分。


 歩いて十分。


 そんな距離。


 しかも。


 三人とも今でも、その食堂の常連だった。


 店主が亡くなったあとも、店は従業員が続けている。


「昨日も行ったわ」


「俺も昼食った」


「カツ丼まだ味変わってへんぞ」


 楽しそうに話している。


     ◇


 協議を始める。


「それでは、お父様名義の不動産についてですが」


 俺が切り出す。


 長男が頷く。


「俺は店継がへんで」


 いきなりだった。


「そうですか」


「昔から料理できへんし」


 次男が笑う。


「じゃあ俺もええわ」


「なんでや」


「兄貴がやらんのに俺がやる理由ないやろ」


 三男が言う。


「俺は店よりカツ丼食べたい」


 全員が笑う。


 俺だけが笑えなかった。


     ◇


「皆さん、今日は相続のお話をですね……」


 軌道修正を試みる。


「先生も食べたことあるやろ?」


 三男が聞いてくる。


「あります」


「カツ丼うまいやろ」


「そうですね」


「やろ?」


 なぜか誇らしげだった。


     ◇


 そこへ西原がお茶を持ってくる。


「失礼します」


 すると三男が言った。


「あ、西原さんや」


「こんにちは」


「先生より愛想ええな」


 西原が笑う。


「よく言われます」


 余計なことを言う。


     ◇


 結局。


 協議は食堂の話になった。


「親父、昔めっちゃ怒ってたよな」


「厨房で鍋飛んできたことあるぞ」


「あれはお前が悪い」


「兄貴も怒られてたやん」


 誰も相続の話をしない。


     ◇


 俺は時計を見る。


 開始から四十分。


 まだ遺産分割協議に入れていない。


「皆さん」


 もう一度言う。


「今日は相続の話を……」


「先生」


 長男が真面目な顔になる。


「腹減ったな」


 嫌な予感がした。


     ◇


 一時間後。


 なぜか全員で食堂にいた。


 商店街の真ん中。


 暖簾は昔のまま。


 厨房から揚げ物の音が聞こえる。


「先生、何食べる?」


「……カツ丼で」


 こうなる気はしていた。


     ◇


 店内には親父さんの写真が飾られていた。


 白い割烹着姿。


 腕を組んでいる。


 生前の顔だ。


 その写真を見ながら兄弟が話す。


「親父、ここ座ってたよな」


「いつもレジの横や」


「昼間は新聞読んでた」


 懐かしそうだった。


     ◇


 カツ丼が運ばれてくる。


 西原が嬉しそうに箸を持つ。


「美味しそうです!」


 完全に仕事を忘れていた。


 三兄弟も楽しそうだ。


 まるで法事帰りの親族みたいだった。


     ◇


 ふと、三兄弟を見る。


 頭上には白い線が見える。


 亡くなった父親へ伸びる線。


 その先には祖父母。


 さらにその先。


 長い年月の積み重ね。


 店主は亡くなった。


 だが線は切れていない。


 ちゃんと残っている。


     ◇


「先生」


 三男が言う。


「結局、店どうしたらええと思う?」


 ようやく本題だった。


「皆さんが納得できる形が一番です」


 長男が頷く。


「別に取り合いしたいわけちゃうしな」


「親父もそんなの望んでへんやろ」


「せやな」


 自然に話がまとまっていく。


     ◇


 事務所で何時間も揉める相続もある。


 裁判になる相続もある。


 だが、この家族は違った。


 誰も欲張らない。


 誰も争わない。


 ただ少し、相続よりカツ丼が好きなだけだった。


     ◇


 帰り道。


 西原が満足そうに言う。


「いいご家族でしたね」


「そうですね」


「私、ああいうの好きです」


 商店街の夕暮れを見ながら笑う。


「なんか繋がってる感じがして」


 俺は少し頷いた。


     ◇


 白い線は、今日も見えている。


 親子。


 兄弟。


 家族。


 だが本当の繋がりは、線だけでは測れないのかもしれない。


 一緒に飯を食う。


 同じ思い出を笑う。


 誰かを懐かしむ。


 そんな時間の中にも、人を繋ぐものがある。


 相続の仕事をしていると、人の争いを見ることが多い。


 だから時々、こういう家族に出会うと少し安心する。


 繋がりは、遺産で残るものじゃない。


 案外、カツ丼一杯の思い出だったりする。


 商店街の灯りが、一つずつ点き始める。


 その横で西原が楽しそうに歩いていた。


 俺はそんな光景が、少し好きだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ