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3、吸血姫と天才皇太子の出会い③

第3話です。サミュエル苛つくの巻です。

「………っ」


凄まじい突風に体全身が包まれ、俺は堪らず目を閉じた。


タキシードの裾が、バサバサと音を立てて舞う。


しかしそれも一瞬の事で、目を開けると辺りは何も無かったかのように静かだった。


しばらく呆然として居ると、正門からミハエル陛下が焦ったように駆けて来た。


「殿下、ご無事で御座いますか?」

「今のが…話に聞く鎌鼬か?」

「ええ。ここらではよく発生するんです。申し訳御座いませんでした」

「いや、謝る必要はないよ。貴重な体験をさせて貰った」


軽く流して見せると、ミハエル陛下は安堵したように胸を撫で下ろした。


流石に自然現象まで咎めるほど、俺の性格は悪くない。


周りの人もようやく動き始め、あちらこちらで話し声が聞こえた。


乱れたタキシードを整え、俺はまた愛想笑いを浮かべ、言う。


「時間を取らせてしまったな、帰るとしよう。ではまた、ミハエル陛下、シルヴィア王じょ…」


そう言って俺はシルヴィア王女の方へ首を巡らせ、言葉を止めた。


シルヴィア王女が俺を凝視しながら、口元を手で覆って、顔を真っ青にしていたから、だ。

指の間から覗く頬に、話していた時のような赤みは無かった。


まるで病人のような顔色だった。


「シルヴィア王女?大丈夫ですか?顔色が」

「駄目っ!!来ないで下さい!!!」


俺が一歩近づくと、彼女は大声を上げた。


温厚な彼女からは想像も出来ないような、激しい焦りを含んだ叫びだった。


「お願いです!こっちに来ないで!早くっ……早く馬車に乗って下さい!!!」


彼女は口元を抑えたまま、ふらふらと後ずさった。

途中でドレスの裾が引っ掛かり、尻餅をつく。


「シルヴィ!?」

「シルヴィア!」


ミハエル陛下と双子の姫も、慌ててシルヴィア王女に駆け寄る。


俺も彼女に近づき、手を差し出した。


「どうしました?気分が優れませんか」

「いやっ!!」


差し出した手も、強い力で叩き落とされる。


「駄目っ、駄目……!お願いです来ないで下さいお願いしますお願いします」


そして彼女は、狂った人形のようにぶつぶつと呟き始めた。


どうやら、来ないで欲しいのは俺だけらしい。

ミハエル陛下や双子の姫を拒んでいる様子はない。


だが、体調の優れない女性を放置とは、皇太子として許されないものだ。


「だが、シルヴィアお」

「……………………ぐ…………っっ……」


また彼女に近づくと、彼女はより口元を強く抑え、俯いて苦しそうにうめいた。


不味い、吐いたか。


うめき声が聞こえなくなったかと思うと、シルヴィア王女はふらりとミハエル陛下の腕の中に倒れ込んだ。


口元を抑えていた両手は、宙で力なく揺れていた。


「…気絶した?」

「シルヴィア!?シルヴィア…!」


ミハエル陛下が軽く揺らしても、反応は無い。


どうやら完全に気絶してしまったようだ。


「どうしたのかしら…。朝はいつも通り元気だったのだけど…」

「さっき吐いてなかった?もしかしたらそのショックで、かも…」


双子の姫も心配そうにシルヴィア王女の顔を覗き込んでいる。


そうだ、さっきの彼女の様子。


口元を強く抑え、小さく丸まり込むようにしてうめいていた、シルヴィア王女。


その様子からてっきり吐いてしまったかと思っていたが、今、彼女の手にも口元にも、吐瀉物らしきモノは付いていない。


気絶したシルヴィア王女。


真一文字に結ばれている彼女の唇…。


「………まさかっ」


理解するより前に、体はそれを確信に変えようとして動いていた。


ミハエル陛下から奪い取るようにしてシルヴィア王女の肩を抱き、親指を彼女の下唇に添える。


「さ、サミュエル殿下!?」


ミハエル陛下の声も無視し、そのまま親指を曲げて、シルヴィア王女の頭を少しだけ下に向ける。


その途端、少し開いた彼女の口から、鮮血が滝のように流れ落ちてきた。


やっぱり。


「舌を噛んでる…!陛下、今すぐ王女を医者に!うちの従者に運ばせるので呼んで来て下さい!」

「かっ、かしこまりました…!」

「おい!皆動け!早くしないと死んじまうぞ!!」


その後は、もうてんやわんやだった。








最終的にシルヴィア王女は王立病院に運ばれ、俺達は満身創痍の状態で馬車に乗り込んだ。


俺は馬車の中で頬杖を付き、物思いにふける。




…何故彼女は、舌を噛んで気絶するなどという危険な事をした?


聡明な彼女の事だ、それ相応の理由がないとあのような行為には及ばないだろう。


あのような、一歩間違えれば死んでしまうかもしれない、危険な行為には…。


それに、あの切羽詰まった様子。


…何か、あったに違いない…。




俺が考え込んでいると、従者のデヴィッドがぽつりと尋ねてきた。


「時に、殿下。シルヴィア王女は如何でしたか」


何故、そんな事を聞いてくるのだろう。

今まで、デヴィッドからそんな質問をされた経験は無かった。


「如何って……。…まあ、今まで会ってきた中では、いちばん良かったかな」

「…そうですね。私めも、同じ考えに御座います」


デヴィッドはゆっくりと顎髭を撫で、片眼鏡を少しだけ上げた。


ガラスに夕日が反射し、車内が一際明るくなる。


「…しかし、殿下。無礼を承知で申し上げます。シルヴィア王女を婚約者とするのは、難しいかと」


…ああ、そうか。


釘を刺す為に、あんな質問をしたのか。


俺が、彼女を選ぶと思って…。


「…分かってるよ」


俺はデヴィッドを横目で一瞥し、また外を眺めた。


「…腐っても皇太子だ。流石にそれ位は理解してるよ」

「左様に御座いますか。ではその理由、このデヴィッドにお聞かせ下さいませ」


…12歳だからといって、ナメないで欲しいのだがな。


俺はわざとらしく大きな溜め息を吐き、早口で話し始めた。


「…彼女は優しすぎる。もし彼女が皇后をやれば、彼女は…シルヴィア王女は、潰れてしまうだろうな」

「…続けて下さい」


デヴィッドは目を閉じ、話を促す。


「皇后は国母だ。国の行く末を、時に厳しい目で見つめなければならない。彼女は、それが出来ない。恐らく彼女は、渦巻く悪意に押し潰されて壊れてしまうだろう。…シルヴィア王女には、皇后などと言う重責は任せられない」


捲し立てた後、俺はまた溜め息を吐き、デヴィッドを見上げた。


デヴィッドは相変わらず目を閉じて、眠るように俺の話を聞いている。


しかし俺の話が終わったと分かると、ゆっくりと瞼を開いた。


「…以上で御座いますか」

「…まだあるんだな」


勿体ぶるようなデヴィッドの態度に、不覚にも苛ついてしまった。


「半分正解で、半分未回答ですな」

「…もう半分は何なんだ」


はやる気持ちを抑えるように、指先で窓枠をトントンと叩く。


デヴィッドはゆったりとした動作で片眼鏡を外し、ガラスを絹のハンカチで拭いた。


(相変わらず食えないな、この男は)


その動作を見ながら、俺は下唇を噛んだ。




デヴィッドは、俺が幼い頃から従者として側についてくれており、親以上に共に時間を過ごした相手だ。


宰相一家の出でもあり、俺に皇太子教育を施してくれたのもデヴィッドである。


デヴィッドは人の心を読むのが上手く、思考を悟られる事が殆どない。


それは昔からそうで、今まで俺がデヴィッドを丸め込めた事は一度だって無いのだ。




そして今も、そうである。


デヴィッドは拭き終えた片眼鏡を右目に掛け、薄く微笑んだ。


「貴方らしくない。殿下は大切な事を忘れていらっしゃる」

「…何だ」


俺が急かすように聞くと、デヴィッドはふうと息を吐いた。


「…確かに皇后は、政治を正しく行う事が出来なければなりません。ですがそれ以前に、丈夫な体を持っていて、世継ぎを何人も産めなければならないのです」


それはいちばん、貴方様が分かっておられる筈で御座います。


デヴィッドは口元に微笑みを湛えたまま、俺を正面から見据えた。


「殿下が言っていた事は二の次。シルヴィア王女は確かに皇后に相応しい教養を兼ね備えていらっしゃいますが、絶対条件が満たされていらっしゃらないのです。……御覧になりましたか、彼女の身体を。全体的に骨っぽく、皮膚が荒れていらっしゃりました。典型的な栄養不足でしょう」


そう言われて、俺はハッとした。

ドレスと化粧で分かりにくかったが、確かに彼女は痩せていた。

ちらりと見えた手首は骨張っていて、年頃のふっくらした様子はなかった気がする。


「殿下。貴方様は賢い。きっと、殿下ならば良き選択をして下さると、私めは信じておりますよ」


どこか、含みのある言い方だった。


それきり、デヴィッドは黙って外の景色を眺め始めた。


こうなったデヴィッドは、これ以上何も語らない事を、俺は知っている。




きっとデヴィッドは、"何か"に気が付いているのだ。


そしてその"何か"を、俺に気付かせようとしている。


「良き選択」とは何だ?


その「良き選択」が、全ての情報が結び合って生み出されるモノだとすれば、まだ分からない事がある。


何故、シルヴィア王女は鎌鼬の後、自ら舌を噛んで気絶したのか。


その時の彼女の様子は、まるで……そう、まるで"何か"に怯えているようだった。


多分、俺の、"何か"に。


…ああ、くそっ。まだだ。全ての情報がひとつに繋がるキーワードを、まだ俺は見つけていない。


何だ。何を俺は見落としている…?




俺はどうしようもない苛つきに呑み込まれそうになる衝動を抑え、馬車の窓にごつんと額を当てた。


外はすっかり日が落ち、窓ガラスはまるで鏡のように俺を映し出している。



我ながら端正な顔立ちだと思った。


整ったパーツの中で最も存在感のある花緑青の瞳が、金糸のような細やかで美しい髪に相容って一際輝きを増している。


周りからは、全てを持って生まれてきた天才だと褒めそやかされた。

完璧な、アルデンブルク次期皇帝だと囁かれた。


しかし俺は、皆には無いものを持って生まれすぎた。



気鬱な気分になり、はあと溜め息を吐く。


そして心を鎮める為にまた窓を見る。


そして俺は、見つけた。


「………っ…!」


頭の中で、全ての情報が駆け巡る。


トライトン王国では珍しい、黒髪を持った少女。


栄養の足りていない、あの細い体。


俺を凝視し、半狂乱になって怯えていた、あの様子。


彼女の「舌を噛む」という行為に、「気絶する為の方法」以外の「意味」があったとしたら…。


「……ははっ」


喉から、自然と乾いた笑みが零れた。


「…なぁーんだ、そういうこと…。デヴィッド、やぁっと気付いたよ…」


その"何か"に。


俺がするべき、「良き選択」に。


そして………シルヴィア王女の、正体に。





1ヶ月後、見舞いという題目で俺はまたトライトン王国に出向き、シルヴィア王女と会った。



そこで正式に、俺とシルヴィア王女の婚約が決定したのだった。












なっ……長い……だと……!?

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