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幼馴染を助ける為、異世界を行く  作者: 秋葉月
第2章 城塞都市編
36/40

第2章 27.一致

 

 『魔力眼』は使用時間に制限がかかっている。しかもその制限時間を超えると、三時間程意識を失ってしまう。


 使用時間には調子のいい日と悪い日とで、ある程度の幅はあるものの、それも一分前後で平均するとだいたい十分。しかも限界が近いと強烈な頭痛と吐き気、鼻血といった症状が一気に襲ってくる。使用時間の限界が近いのが分かりやすい、とごく僅かな利点を絞り出さなければ使いたくなくなる程、その副作用はヒロトにとって苦痛だった。


 そして昏睡してる間は何をしても目を覚ますことはない。

 それが、ヒロトの把握している『魔力眼』のデメリット。


 普段ならば、2・3時間の昏睡程度は無視できる程度の影響力だが、もしギルドの依頼で町の外に出向き、戦闘の途中なんかで昏睡してしまったら命取りである。だから、ヒロトは戦闘中はおろか、普段もあまり使うことはなかったのだ。


 それでも、何もせずに殺されるくらいならば、そのわずかな時間でも、持っている力全てで抗ってみせると、そう思った。


 だが結果として、ヒロトの『魔力眼』にはアスタの姿も、攻撃も、映ることはなかった。


『魔力は、この世界に住むありとあらゆる生物が有している』


 ウルスラグナはそう言っていた。それをヒロトは確かに覚えている。

 実際、森を抜け城塞都市ベイルートに着いてから幾度か『魔力眼』を使用してその言葉が嘘ではないと、ヒロトは思っていた。

 どんな人間にも、虫や魚といった生物にも『魔力眼』は赤い輝きを見出した。死体ですら、まだ新しいものは赤く輝くこともあった程である。


 その経験があったからこそ、ヒロトにとって『魔力眼』に魔力が映るのは当たり前である、という認識が芽生えていた。だから、『魔力眼』の中に映るアスタに魔力の輝きが宿らなかった瞬間、身体が強張った。『魔力眼』に映らないアスタは、生物にとって本来あって然るべき魔力がないということになり、ヒロトにとってそれはまさしく異様だったのだ。


 加えて、脳裏をよぎったマキの姿。魔力を持たないという点で共通する彼女と、目の前の存在が重なり、身体が一瞬固まった。その隙に、ヒロトは左腕を失ってしまった。


 左腕のみであったからまだよかったものの、もう少しアスタの攻撃がヒロトの胴の方向へズレていればどうなっていたのか。想像すらしたくなかった。



 燃えるような熱を持ち、煌々と輝きを放つ『魔力眼』。舞い上がった土煙を平野の草原を駆け抜けたそよ風が吹き飛ばす。

 土煙が晴れたその先には、その内に鋭い殺気を宿す男が立っている。

 右腕を失い、しかしその身に纏う圧倒的なオーラは万全そのもので、ヒロトの戦意を鈍らせるには十分だった。


 対してヒロトは十数年の年月を共にした左腕を切り落とされ、そこからの大量出血に加え重りのバランスが崩れた結果重心も滅茶苦茶になり、血液不足で視界朦朧、足ガクガクととてもじゃないが万全と言える状態ではない現状。


 だが、今のヒロトには自信が満ち溢れている。

 その訳は、


「あ、当たってない……? いや、避けたのか!?」


 驚愕に満たされたマルクスの声がヒロトの耳に届く。決して近くない距離である筈だが、その言葉は正確にヒロトの鼓膜を揺さぶった。


 『魔力眼』に映るはずのない、アスタの不可視の攻撃。それをヒロトは完璧に避け切ったからである。風を読むことに長けたマルクスならばともかく、現段階のヒロトでは避けることは不可能であった筈の攻撃だったのに。

 では何故、ヒロトは不可視の攻撃を避けることができたのか。


「その眼……」


 ポツリと、眼前に立つアスタが呟いた。


「……だからか、俺が勘違いをしたのは。……お前の後ろには、確実に奴がいる。そう、確信した」


 アスタとヒロトの目があった。いや、『眼』があった。

 不思議な感覚だった。先程まで幾度となく目を合わせていたはずなのに、今初めて眼があったという感覚があったのだ。


 アスタが深く、深く息を吐く。それと同時に腰を下ろし初めて構えをとった。

 それを合図と言わんばかりに、アスタは再びヒロトへと襲いかかった。


「うぉっ!!」


 たった一歩の踏み込み、それでヒロトとアスタの間にあった距離が詰まる。まるで瞬間移動と思ってしまう程、素早い移動。恐らく『風』を応用した移動法なのだろうが、そんな事を考える暇は今のヒロトには無かった。


 突如目の前に迫ったアスタの拳、風を切る音を纏いながら繰り出されたそれをヒロトは右腕でなんとか逸らす。拳によって皮膚が裂け、血が流れる。


 必死に逸らしたアスタの左拳、それが再びヒロトに迫る。直線的な動き、故に距離感がうまく掴めず、タイミングが合わない。ガードが遅れ、今度は拳を逸らす事ができなかった。拳の軌道上に挟み込む形となったヒロトの右腕に衝撃が走る。

 骨に響く打撃、腕に電流が走ったかのようにビリビリと痺れる。


「ーーッ!!」


 だが、ただ打たれるだけのヒロトでは無かった。

 アスタの拳が届く寸前、なんとか合わせた前蹴りがアスタの胴体に突き刺さる。〈身体強化〉を乗せたヒロトの前蹴り。細い木であれば一撃で折れる程度の威力を秘めたそれは、だがしかしアスタに決定的なダメージを与えるものにはならなかった。


 インパクトのタイミングで力を抜き、後ろへと跳ぶ事で威力を散らしたアスタは平然と起き上がり、腹部についた土汚れを静かに払う。

 二人の間に数メートル、距離が開いた。


 体術はアスタの方が上。まともにやりあえば確実にヒロトの方が先に倒れる。そんな事はヒロトだけでなくアスタも当然気が付いている。だからアスタは再び構えをとった。


「そろそろ、上げるぞ」


 静かに、呟いたアスタ。瞬間、ヒロトの視界からアスタが消える。

 直後にヒロトの視界の左端に微かに動く何かを捉えた。

 視界に映るそれをアスタと判断したヒロトは拳を振るおうとする。しかし腕は空を切る。切断された前腕の分を考慮していなかったためだ。


 視界の端から放たれるは、目の奥に火花ががチカチカと光る程の威力。焼けるような、鈍い痛みが顔面の左半分を走り、視界が揺れる。それと同時に、ヒロトは地面へと倒れこむ。

 ゴロゴロと地面を転がり、体勢を立て直そうとするヒロトであったが、アスタはそれを許さない。


 距離を離そうとするヒロトと、すかさず追撃を行なってくるアスタ。追いかけるアスタにヒロトは、逃げる最中手に握った砂を投げつける。すぐさま身に纏う風で跳ね除けられたものの、歩を進めるアスタを止めることには成功した。

 再び、二人の間に距離が生まれる。


「この程度ではないだろう、お前の実力は。早く本気を出さないと死ぬぞ」


「残念ながら、これが、俺の限界なんだよ」


 アスタの言葉を適当にあしらいながら、ヒロトは思考を巡らせる。

 まず注目すべき点は、アスタの攻撃方法がガラリと変化したという点である。先程まで使っていた不可視の攻撃、それを今は使おうとしない。むしろゴリッゴリに近接戦を仕掛けてくる今の様子は、まるで先程までとは別人のようだった。


 戦い方を変えた理由は分からない。


「あんたこそ、出し惜しみしてんじゃないか? アレはどうした? 出さねぇのか?」


「……今のお前なら、アレは必要ないのでな」


「さいですか」


 舐められたものだ、と言いたいところだが正直に言って当たり前としか言いようのない答え。反論の余地のない、完璧な理由だった。だが、ヒロトはアスタが答える前の若干の間を見逃さなかった。

 言いたくない理由があるのか、はたまた体力の減少で反応するのに時間がかかったのか。


「いや、後者はないな」


 楽観的な考え、それを小声で否定する。少なくとも、前者の方が圧倒的に確率が高いからだ。

 ならばどうするか。


 たとえアスタにどんな考えがあろうと、今の近接だけの戦い方じゃヒロトは倒せないと、そうアスタに思わせればいい。その為には狙いがバレないよう、尚且つ近接戦だけでは倒せないと思わせなければならないのだが、それが今のヒロトにできるのか。


「やってやるよ、俺はこんなところで終われないんでな。それに、こっちは特訓と称して散々痛めつけられてんでな」


 できる・できないではなく、やらねばならない。だからこそヒロトは覚悟を決めた。自身の帰りを待つ唯一人のために。



 ◆



 アスタは思案していた。

 何故、あの時ヒロトは不可視の攻撃を避けることができたのか。

 ヒロトの持つ輝く右眼、『魔力眼』が捉えることができるのは魔力のみである。故に、()()()()()()()()()()()操る風の刃は『魔力眼』だけでは対処できない、つまり避けることは不可能な筈なのだ。だがヒロトはその不可能を可能にしてみせた。


 だからこそ、アスタはヒロトを警戒しそして同時に興味を持った。


 戦法を近接主体に切り替えたのも、それが原因である。

 先程の風の刃、それを避けた理由が分からない以上迂闊に使用する訳にもいかない。


「……楽しいな」


 血湧き肉躍る戦いの予感、高揚と覚悟とそしてひとつまみの恐れ。

 どれも久方ぶりの感覚であった。

 だからこそ、右腕を失っていることが残念でたまらない。


 ちらりとヒロトを見る。失った左腕と出血、そしてアスタの近接戦。それらのダメージを受けたヒロトの姿は、もうまともに戦えるのか怪しいほど。

 だが事実として今もなおヒロトは立ち、アスタに抗おうとしている。取り続けた構えもそうだが、問題は表情だ。


 その表情には恐れや憎悪や悲惨さや緊張や怒りや執念や覚悟や興奮が混じりあっている。だがそこに絶望は含まれていない。

 どれだけ絶望的な状況でも、希望を見出し戦い続ける者の強さをアスタはよく知っていた。


 それに、アスタといえ何もノーダメージとは言えない。

 先程蹴られた腹部、そこに断続的に痛みが走っている。ダメージは最小限に抑えたもののこの威力。まともに喰らえばどうなるか分からない。

 加えてヒロトの捌きの練度。攻撃に関しては素人のそれ。効率的でもなく、最適化もされていない無駄の多い動き。対して受けに関しては中々のもので、アスタの打撃も芯から外され、見た目よりもダメージを抑えられている。


 体術では両者決め手に欠け、風の刃は不確定要素が多い。


 ならばどうするか。


「体術で牽制しつつ、一撃で決める」


 奇しくも、両者の考えが一致した瞬間である。



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