第2章 26.代償
――時は少し遡る。
ヒロトはルヴィク達と共に冒険者ギルドの依頼をこなしに、城塞都市周辺部に位置する小規模な森へと向かっていた。小規模とはいっても城塞都市のすぐそばに存在する大森林と比較して、ではあるが。
「まさかこんな実入りのいい依頼があるなんてな」
城塞都市ベイルートの門を抜け、依頼のあった森へと足を進めるヒロト達。直線に並んだ五人の先頭を歩くマルクスが口を開く。
先頭からマルクス、アン、ヒロト、メリダ、ルヴィクの順に並んだその列はまだパーティに加入して日の浅いヒロトを守れるように組まれた陣形であった。
「いや、別に簡単な依頼なわけじゃ……」
「そうだよマルクス。今回の依頼は、分からないことばっかりなんだから、油断したらダメだよ」
マルクスの言葉にヒロトが小声でボソリと呟いた。そのヒロトの小さなツッコミが耳に入ったのか、メリダも合わせてマルクスを嗜める。手を後頭部に当てて大股で歩くマルクスの後ろ姿は、今にも口笛を吹きそうな勢いで油断しまくっていた。
「はいはい、全くメリダは心ぱーーッ!? 痛っ!」
「メリダの言う通りだ、気ぃ抜くなバカ」
メリダの忠告、それにマルクスが空返事で返した瞬間、マルクスの後ろを歩くアンがその頭に大きな拳骨を落としていた。
拳がたたきつけられたマルクスは頭を押さえ、涙目でその痛みを訴えてくる。
今回、ヒロトたちが受けた依頼の内容は森内部に住み着いたゴブリンの討伐。正直、依頼内容だけでいえばそこまで難易度は高くなく、報酬金の額も本来であれば低いはずである。
しかし、今回の依頼の報酬金はその内容と比べて破格のものとなっている。
と言うのも、冒険者ギルドの方でも森の中にゴブリンが何匹いるのか、どれだけの規模の巣が展開されているのか等を把握していないようで、こちら側に提示された情報の質が低くなっていたのだ。ただ、最近森に薬草を取りに行った都市民や、森を通る行商人がゴブリンの被害に遭ったと言う事件が増大しているのを鑑みると、相当数のゴブリンがいるのは間違いない。
つまり、今回の依頼は敵の情報という戦闘面での最も重要な要素の一つが抜け落ちている状態で始まっているという事になる。
「でもさぁ、結局はゴブリンだろ? 俺たちなら余裕だって」
未だ懲りず、尚も軽口をたたくマルクス。そんな様子にヒロトは少し呆れた様子を見せ、とその時ヒロトの後ろを歩くルヴィクがヒロトに対して耳打ちをする。
「マルクスの奴は、多分、ヒロトさんの緊張を和らげようとしてるんですよ。ふざけてるように見えて実は周りをよく見てるんです。あ、この話はマルクスには内緒でお願いします」
そのルヴィクの言葉でヒロトは今の今まで自身が緊張していたことに気が付いた。
それもそのはず、ヒロトは今回、初めてルヴィク達と共に依頼をこなすからである。
この世界に来る前はまともな人付き合いは中学よりも以前の話。こっちの世界に来てからも話していたのはマキとウルスラグナのみだ。
緊張するのは自明だ。
それに今回の依頼は、ヒロトの実力がルヴィク達と同等かを調べる試験でもあるのだと、ヒロトは考える。
今回の依頼でヒロトは実力を発揮できなければ、もしかしたらヒロトはこのパーティに入る事が出来なくなるかもしれない。何も知らない土地で一人彷徨うのは非効率である。折角得られたこの機会を逃したくはなかった。
「よし、入るぞ」
とヒロトが色々と思案を巡らせているうちに遂に問題の森へと一行は辿り着いた。
薄暗く湿り気のある冷ややかな風がヒロトの頬を撫でる。湿気があり風通しが悪いからか若干のカビ臭さが風に乗ってヒロトの鼻腔を刺激した。
背の高い樹木に生い茂る葉の数々が天から射す光を遮り、所々から漏れ出す光の粒子が幻想的な光景を生み出している。
「よし、ここからはより一層注意しながら進むぞ。特にマルクス、敵を見つけたらすぐに伝えること!」
森へ入る前のルヴィクの一言、その中にはかすかな緊張が含まれていた。
事前情報の乏しい状況で、実力が未だ分からない新入り一人抱えたパーティのリーダー。掛かる責任の重さは他の人員のそれを凌駕するであろう、とヒロトは考える。
ならば、今のヒロトに何ができるのか。生唾を飲み込み、ヒロトは覚悟を決めた。
足手まといにならぬよう、今のヒロトが持つ全力で挑むしかない、と。
「行きますよ」
ルヴィクの言葉、それと同時に先頭を歩くマルクスが森の中へと入って行く。
パキパキと地に落ちた枯れ葉や枝を踏み抜く音を聞きながら、ヒロトは『魔力眼』を発動させた。
森へ侵入して早十分が経った。その間ゴブリンとの接敵はない。ヒロトの『魔力眼』にもそれらしき反応はなかった。
『魔力眼』は自身の周囲にどれだけの障害物があろうと、ヒロトを中心とした半径10メートルの範囲に存在する全ての魔力を見逃さない。たとえ木々の生い茂る森の中であろうが、だ。
その『魔力眼』に何の反応もなかったのである。
流石のヒロトでも、皆の張っていた緊張の糸が緩んでいくのを感じとれた。
と、油断しまくっていたその時。
ヒロトの『魔力眼』に魔力反応が突如生まれた。
だがヒロトはその反応があった位置を見て、そして首を傾げた。反応のあった位置はヒロトの前方、右斜め上。丁度マルクスの頭上を通り過ぎる位置であったからだ。
ゆっくりとその位置を通り過ぎていくマルクス。それに合わせてアンもそのまま進んでいく。
一体どういうことなのか、ヒロトには分からなかった。ただ単に見過ごしているのか、それとも――
「マルクス」
「ん? どったの?」
『魔力眼』を発動していたヒロトは先頭を行くマルクスへと声をかけた。
名前を呼ばれ進めていた足を止め、マルクスはヒロトの方へ振り向く。
唐突にマルクスの名を読んだヒロトと、それに応え足を止めたマルクス、その両者に対して他のメンバーは怪訝そうな目を向ける。
「ヒロトさん、どうかしたんですか?」
ヒロトの後方、一行の最後尾を歩いていたルヴィクは不思議そうにヒロトへと問いかける。そんなルヴィクをヒロトは手で静止し、ゆっくりとマルクスへと話し始める。
「これは、俺を試しているのか?」
「――何が?」
明らかに何かを含んだマルクスの返答。それに対しヒロトはゆっくりと腕を上げ、自身の右前方にある樹上を指さした。
「あそこに一匹」
「ビンゴ!!」
いつの間に構えていたのだろうか、マルクスはヒロトが指をさした瞬間つがえていた矢を樹上へと放った。茂る葉の中に放たれた矢が吸い込まれ、直後ゲェッという小さなうめき声と共に小さな人影が木の上から落ちてくる。
緑色の肌と特徴的な大きな耳、土で薄汚れた服といっていいのか分からないボロ布を身に纏った小人のような生物、ゴブリンであった。
落ちてきたゴブリンは喉には深々と矢じりが刺さっており、落下の衝撃か首があらぬ方向に曲がっている。虚ろな目と垂れ下がった舌はそのゴブリンが死んでいることを物語っている。
「これってゴブリンだよね」
「だな。持ってる物的に斥候か。他にもいるかもしれない、警戒しろよメリダ」
メリダとアンが落ちてきたゴブリンの死体へと近寄り、その服装や装備しているものから色々と考察をし始める。ヒロトはそれを目の端に捉え、駆け寄ってきたマルクスとルヴィクの方へと意識を向ける。
歩み寄ってきたマルクスは、笑いながらヒロトの肩に手を置いた。
「いやぁ、まさか気付くとはな」
「こっちも、見落としてるのかと思って驚いたよ」
ヒロトの冗談にマルクスは一瞬きょとんとした表情をした後、大きく笑い出す。
しかし、
「マールクースくーん?」
冷たい、あまりに冷たい声でマルクスの名を呼ぶルヴィク。ルヴィクはヒロトの後方にいるため、その表情までは読み取れないが先程まで大笑いしていたマルクスがピタリと止まり、冷や汗をだらだらと流しているのを見るに、中々に恐ろしい表情をしているのだと読み取れる。
「お前は、何をやっているんだ!! ヒロトさんが気づいてくれたからよかったものの、もし逃げられていたらどうしてたんだ!!」
「ちょ、まっ、痛い痛い! ギブギブ!」
ルヴィクにこめかみを握りこぶしで痛めつけられるマルクス。その両目には若干の涙が浮かんでいたが、そんなマルクスの様子を気にもせずルヴィクは尚、マルクスの頭を痛め続け、解放した直後もその場に正座させお説教が続いていた。
数分後、やっとの思いでルヴィクから逃げ出したマルクスはその目じりに涙をたっぷりと蓄え、ヒロトへとすり寄ってくる。ヒロトの右足に纏わりつくようにしがみつくマルクスは中々に面倒くさかった。
しかし、ヒロトは慈悲を見せるつもりもなく、ペイっとしがみつくマルクスを引き剝がしルヴィクへと差し出した。罰は受けるべきだと感じたからだ。
「そ、そんな、お、お助けを~」
ルヴィクに頭を鷲摑みされて引っ張られていくマルクスの様子にヒロトは苦笑する。
そうして少し気が緩んだ瞬間、ヒロトは自身に起きた異変に意識を引っ張られた。
突如歪む視界、後頭部を殴られたかのような衝撃、手足に力が入らなくなり膝から崩れ落ちる。
だが、それは外的要因ではなかった。外傷はなく衝撃のあった後頭部からは血の一滴も流れていない。それでも、ヒロトは崩れ落ちる。
そんなヒロトの異様な様子に最初に気づいたのはゴブリンの死体を観察し終えたメリダとアンであった。
「おい、ヒロト、大丈夫か!?」
大きな声ですぐさまヒロトのもとへと駆け寄ってくるアン。彼女は今にも地に付しそうであったヒロトの身体を持ち上げ、ゆっくりと優しく仰向けにして地面に寝かしてくれた。
そんなアンの様子を見て、マルクスとルヴィクもヒロトに気が付いた。
「おお、大丈夫か!? やべぇ、鼻からすげぇ血が――」
「騒ぐな! とりあえず、街に――」
掠れていく視界、薄れる意識の中ヒロトは『魔力眼』が焼けるような熱を持っていることを感じていた。
◆
「知らない天井だ……」
ヒロトが目を覚ましたのはどこか知らない部屋。暗めの木材を使用したその天井は所々シミができており、お世辞でもいい部屋だとは思えなかった。
一通り、首が動く範囲であたりを見渡す。今までは分からなかったが、部屋の家具の配置場所と間取りには見覚えがあった。と、そこでようやくヒロトは今自分がいる場所について思い至った。
ヒロトがいた場所はヒロトの泊まっていた宿屋のベッドの上であった。木製のベッドに薄い布がそのまま敷かれたもので、寝心地はとてもではないがいいものであるとは言えないそのベッドには身に覚えがあった。
だが場所が分かったとしてなぜ自分がここにいるのか、分からない。確かルヴィク達と共に依頼に言っていたはずなのに。
と、起き上がろうとした瞬間立ち眩みのような感覚がヒロトを襲う。
不思議に思ったヒロトが己の身体を見ると、身に纏っていた服に大量の血がべったりとついているのに気が付いた。
「なッ!?」
慌てて服をまくりそこに傷がないか確認、顕わになった腹には傷跡一つも見つからなかった。
そのことに一瞬安堵し、だがその直後その血の出所に疑問が生じる。
まさか、ルヴィク達の誰かが――。
「おっ、目ェ覚めたか? 腹減ってる? リンゴあるよ、リンゴ」
「おい、安静に、だ。静かにしないと」
ヒロトが色々と思案し、不安に思った瞬間ヒロトの部屋の扉が勢いよく開かれた。バン、という固いものが叩きつけられる音にヒロトの身体が固まる。
開かれた扉の向こう側からは、両手いっぱいに果物や乾物が入った袋を持ったマルクスとルヴィクが現れた。
ベッドの上で上半身を起こしているヒロトを見るや否や、マルクスは持っていた赤い果実――リンゴをヒロトのもとへ一つ放り投げてきた。すっぽりと手元に収まる大きさのその果実は芳醇な香りを放っていた。
「もう大丈夫ですか?」
「――あ、ああ。多分、大丈夫、だと思う」
そのヒロトの返答にルヴィクは良かったです、とただ一言。そのままベッドの横に設置された背もたれの無い椅子へと座りこむ。マルクスもルヴィクに続いてその隣に座りこんだ。
ルヴィクはヒロトに手に収まったリンゴを取り上げ、腰に刺さっていた短刀を手に取りその皮をむき始める。シャリシャリとなる音が静かな室内に響き渡る。
しばしの無言、時がゆっくりと過ぎ去るような感覚。それを破ったのはマルクスであった。
「で、何で倒れたんだ?」
「ちょ、バカ、マルクス――」
そのあっけらかんとしたマルクスの言葉に、ルヴィクの表情がギョッとしたものに一瞬変わる。直後、マルクスの口を押えようと動き始めた。
だがもう時すでに遅し。マルクスの放った一言はヒロトにもう届いていた。
「倒れたって、俺が……?」
ああもう、と小さく言葉を漏らすルヴィク。そんな様子を見てマルクスは何かまずいことをしてしまったと思ったのか、顔色を悪くしあわあわとせわしなく指が動いていた。
とはいえ、倒れたとは一体どういうことなのだろうか、そうヒロトが考えた瞬間頭の中をかすかに電流が流れるような感覚の後、頭の中を覆っていた靄が徐々に晴れていくような感覚。
忘れていた記憶が、ヒロトの頭の中に流れ出してくる。
「そうか、俺、依頼の途中で……」
「べ、別に気にしなくていいですからね。あの後見つけたゴブリンの巣はギルドにちゃんと報告しましたし、そのことで報酬はもらったので。……まぁ、依頼は途中でリタイヤしましたけど」
最後のつぶやき、それに気づいたヒロトは若干へこんでしまった。
自身のせいでルヴィク達の大切な収入を減らしてしまったのではないか、自分のせいでほかの四人を危険にさらしてしまったんじゃないか、そんな考えがヒロトの頭の中を巡り巡る。
それにルヴィクの、ヒロトがなるべく気にしないような言い方、態度それらがますますヒロトの良心を責め立てる。
「で、何で倒れたの?」
沈んでいたヒロトにマルクスが再度、同じ問いを繰り返してくる。
その問いにヒロトは沈んでいた気持ちを一度リセットし、応えようとするがその原因にヒロトに思い当たる節は一切ない。
「……ごめん、分かりません」
「おいおい、そんなしょぼくれんなよ。別にいいんだよ、一回くらいさ」
「そうです、こいつのせいで失敗した依頼なんて山のようにありますからね」
やいやいと寝ているヒロトの横で騒ぐ二人。先ほど安静に、と言っていたルヴィクですらマルクス同様ヒロトの横で騒いでいた。実に仲の良い光景だった。
だがそんなことに構っている余裕は今のヒロトには無かった。
何故、倒れてしまったのか、ヒロトには分からない。だが、ある程度目星はついていた。
『魔力眼』だ。
ヒロトの記憶では『魔力眼』を発動してから大体10分、その時点でヒロトの身に違和感が生じた。
だが、そんな事ウルスラグナから一言も聞いていない。『魔力眼』にデメリット、代償があるなんて。
いや、確か言っていた。頭に負担がかかるとかなんとか。だが、あの時は痛みで何が何だかわかっていない状態だ。
「そんな重要な事はもっとちゃんとしたときに言ってくれよ……」
過去一心のこもった呟きがヒロトの口から零れ落ちた。
4月までには第2章は終わらせたい(願望)




