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幼馴染を助ける為、異世界を行く  作者: 秋葉月
第2章 城塞都市編
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第2章 25.熱

 


「ヒロトッ!!」


 周囲から襲いかかる不可視の風の刃、それらをマルクスは風の流れを読みながら避ける。

 目まぐるしく動き回る視界の中、その端に倒れ込むヒロトの姿が映る。

 主人を失った左腕が宙を舞い、溢れる鮮血が血の雨を降らす。その中心にヒロトがいた。


 マルクスが今いる場所からヒロトまでは大体10メートル程もあり、手を伸ばしたところで届くわけもない。だがそれでもマルクスは手を伸ばす他できなかった。

 何も掴めなかった手が虚しく空を切る。

 そしてそこでマルクスは自身に迫っていた大量の風の刃が消失したことに気がついた。


「——つまらん」


 心底残念そうにアスタが呟いた。

 アスタの顔が陰り、直後その瞳に宿っていた光が消える。命が宿っていた肉体から魂が抜けたような不気味さ、冷たさにマルクスは恐怖を覚える。


 風の刃という障害がなくなり、マルクスは一目散にヒロトの元へと駆け寄る。


「———ッ」


 あまりにひどい状況であった。

 大量の血液が溢れたせいか身体は青白く、血溜まりに沈む身体は真っ赤に染まっていた。力なく開かれた指と光の宿っていない空な瞳。

 微かに命が宿ってはいるものの、今すぐにでも手当てをしなければ大事に至るのは簡単に予想できる。


 マルクスの心境としては今すぐにでも都市内部に戻り、適切な処置を受けさせたかった。それでも無事に助かる可能性は低いだろう。

 ただ、それをアスタが見逃してくれるのだろうか。マルクスを逃してでもヒロトを殺したがっていたアスタの事である、ヒロトを連れて逃げるのは現実的ではないかもしれない。


 一歩、また一歩と距離を詰めてくるアスタ。

 鋭い刃で刺すような殺意と氷のように冷たい目つき。決して大きくはない体躯から放たれる圧が、マルクスの身体の動きを蛇に睨まれたカエルのように、鈍くさせる。


 だがそれでもマルクスにも譲れないものがある。


「——まだ、やる気が?」


 背負っていた弓を構え、矢をつがえる。ゆっくりと呼吸を落ち着け、体のブレが少なくなるように低姿勢で。


「ソイツさえ置いてけば見逃してやる」


 だがアスタはそんなマルクスの行動に何の興味も抱かない。シッシッと手で払う様子を見せ、つまらなさそうに、そう言い放つ。


 だがそれでもマルクスは構える弓を離さない。むしろ、つがえた矢を引き絞りより一層弦を張り詰めさせる。


「クソ喰らえ」


 緊迫した空気で支配された戦場、マルクスはそんな雰囲気をも射抜く程の勢いで矢を放った。

 風魔術の応用により、普通では考えられない程の速度で放たれた矢。それは真っ直ぐにアスタへと飛んでいく。


 手応えは完璧だった。風魔術のタイミングも、弦から離れていく指の摩擦も全てが絶頂だった。そして狙いは胴体。少なくとも人間相手であれば、頭のような小さな急所を狙うよりも効果的で狙いやすい部位である。


 マルクスは完璧に当たったと確信した。今のマルクスが出せる最大のポテンシャル、パフォーマンス、それを発揮できた。


 だが、そんなマルクスの最高の一撃をアスタは危なげなく躱してみせた。上半身を傾け矢の軌道上から自身の身体を外し、身に纏った『風』で矢の弾道をずらす。紙一重の距離でアスタは矢を避けた。


「死にたい、という事か」


 矢を放ち無防備となったマルクスに対してアスタが一気に距離を詰める。先ほどまでマルクス達を大いに苦しめた『風』は使わずに、彼の腕が的確にマルクスの心臓部を捉えていた。


「あぁぁぁッぶねェ!!」


 大きく振りかぶり胸の真ん中、心臓へとその手が突き刺さりそうになった刹那、マルクスは風魔術によって自身とヒロト、アスタの三人を大きく吹き飛ばし距離をとった。


 血まみれで重症であったヒロトにはかなりの負荷がかかってしまったかもしれないが、短くとも生存時間は伸びている。感謝はして欲しい。


「あああぁぁぁぁぁッ!」


 マルクスは吹き飛んだ直後、逆噴射的に風を起こし無理やり姿勢を立て直た後、すぐさま吹き飛んだヒロトの方へと駆け寄ろうとする。

 だがヒロトとマルクスの直線上、アスタは既にそこにいた。


「なかなか小賢しいな。侮っていた事、謝罪してやろうか?」


「謝罪は結構、そのまま回れ右して帰ってくれ」


「言うじゃないか。……その素質、悪くはない。どうだ? 俺のところに来るか? お前だけは生かしておいてやる」


「俺だけかよ……」


 何故か上機嫌なアスタ。その言葉に裏の意味や含んでいるものは何もない、本当に心の底から言っているのだと、そうマルクスは感じていた。

 だが、だからと言ってそれに応じるつもりはマルクスには一ミリもない。そもそも会話する気もなかった。


 だがそれでもアスタの会話に応じたのには訳がある。

 マルクスの最後の抵抗、それには少し時間が欲しかった。つまり時間稼ぎがしたかっただけなのだ。


 アスタの背後、先程マルクスの矢が飛んでいった方向、そこから飛んできている一本の矢。マルクスの十八番である風魔術の応用だ。

 タネは簡単だが難易度が高く対処も難しくない、完全に初見殺しの奇襲攻撃ではあるが、知識のない相手には強力な術だ。


 少しでもアスタには背後への注意を減らして欲しい、その為にマルクスは会話することを選んだのだ。

 だが一つ問題があるとすれば、対処法が簡単である、と言う点だ。


 風魔術は魔力を用いて風を起こしている。より具体的に言えば風を読み、それに合わせて空気を魔力によって変化させている。

 その為、風魔術は使えない場面が往々にしてある。まず水中や真空などの周りに空気がない空間では風魔術は使えない。そもそもの元である空気が無ければ風は起こせない。


 そして、風の流れが読めない場合も制御が極端に難しくなる。嵐の中や燃え盛る森の中といった変則的に風の流れが変わる場所は、風を読むのが一段と厳しくなるからだ。

 そして風魔術の最も有効的な対処法、それは自身も風魔術を使う事だ。


 自然的ではなく、人為的に風を起こし流れを変え止める、その風はたとえどれだけ風魔術に長けていたとしても読むことは難しいだろう。


 今アスタは自身の周囲に展開していた風の壁を取り払っている。それでも矢を逸らした時のように、風を防御に使うことは当然考えられる。最後の手段が防がれた場合、マルクスは殺されヒロトもまた同様にやられてしまう。

 だからこの奇襲だけは成功させなければならなかった。


「その目、何か企んでいるな」


 だがアスタは一切の警戒をも緩めない。

 マルクスの瞳に未だ宿る闘志の炎。その輝きを見逃さず、アスタは警戒をとかない。

 だがその警戒心の大半はマルクスへと向かっていた。だからなのだろう、アスタはマルクスよりも一瞬遅く、とあることに気がついた。



 アスタの背後でゆっくりと立ち上がるヒロトに。



 ◆



 一体どれだけの時間気を失っていたのだろうか。大量の失血、それによって脳があまり働いていないように感じる。周囲の情報がうまく取得できない。

 ただ自身の体が沈んでいる液体は己の血液である事、左腕が切断され断面が焼けるように熱いこと、そして()()()()()()宿()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけがヒロトの脳内を支配する。


 数ヶ月程前、ウルスラグナから『魔力眼』を与えられた時と同じように、再び『魔力眼』が熱を帯びていた。

 それが何故かは分からない。何が原因で痛みと熱が『魔力眼』に走るのか、それは恐らくウルスラグナにしか分からない。


 だがその熱が、痛みがヒロトの意識を徐々に覚醒へと押し上げる。

 そして自身を取り巻く状況、それを次第に理解する。


 恐らくヒロトが気を失ってそこまで時間はたっていないだろう。それは左腕の重い怪我と大量の出血、それらを考慮すると長時間生命活動が続くとは到底思えなかった。


 そして霞む視界の中、目の前にアスタが立っている事を理解した。ヒロトに背を向けマルクスと相対しているアスタ。警戒心のかけらもない油断しまくっているその背中を見て、ヒロトはゆっくりと立ち上がる。


 力の入らない両足と失ったことを忘れて地に着きかけた左腕。うまいこと立ち上がる事はできないが、それでも音を殺し気配を隠しゆっくりと立ち上がる。

 体を染め上げた血液はすでに乾いて固まってしまっており、動きに合わせてパラパラと粉状になって体から剥がれていく。血に濡れた服からは何か嫌な香りがしてきている。


 先にヒロトに気がついたのはマルクスの方だった。アスタの肩越しに目が合い、マルクスの表情が驚きによって固まり目が見張られる。そうしてヒロトが剣の柄に手をかけた瞬間、アスタが勢いよく振り返った。


「生きて——」


 驚きと歓喜の入り混じった表情をしたアスタは背後にいたヒロトの姿を視認した瞬間、自身の周囲に『風』を展開し、マルクスへとやろうとしたのと同じように、自身の右腕をヒロトへと突き刺そうとする。

 しかし、


「今だッ!!」


 アスタの意識がヒロトへと集められた瞬間、アスタの胸へとマルクスの矢が突き刺さる。展開された『風』の影響で狙った心臓の位置ではなくやや右側へと寄ってしまったが、許容範囲内である。

 ヒロトへと突き刺さるはずだったアスタの右腕は矢によって一瞬止まり、その隙にヒロトは腰に刺さった剣を抜く。


 そうして、抜いた勢いを殺さずに振り上げられた剣はアスタの右腕を跳ね飛ばす。

 飛ばされた左腕のお返しと言わんばかりに、切断されたアスタの右腕は宙を舞って地面へと落ちていった。


「——」


 一瞬の空白。音が消え時でも止まったかのような錯覚に陥る程、アスタの右腕を切り飛ばしたと言う事実が衝撃のものだったのだ。絶望する程の実力差があると感じていた相手へのそれぞれの一撃。指揮を上げるには十分であった。


 だがそこでマルクスは違和感を覚え、そしてすぐにその違和感の正体に気がついた。


 アスタの右肩、切断された断面から一切の出血が無かった。


 文字通り一滴の血も流れていない。切り離された右腕からも。


「な、なん——」


 で、とマルクスは最後まで言葉を紡ぐことはできなかった。

 持ち上げられたアスタの脚、それがマルクスの顔面を的確に狙い撃った。

 フワリと浮き上がるマルクスの身体はそのまま後方へと吹き飛び、血に倒れ込む。


「ここまでされたのは、お前達が初めてだ」


 マルクスを蹴り上げた左脚を下ろし、ゆっくりとヒロトへと向き直るアスタ。

 右腕を切り飛ばしてやったと言うのに、その声には姿勢には動きには痛みや苦しみ、恐れといった負の感情が一切表れていない。


「少し惜しいが、ここでおしまいだ」


 落ち着いた低い声、そんな声でアスタは呟きそして風の刃をヒロトへと撃ち出そうとする。その事を顔面を蹴られ痛みで涙の滲む歪んだ視界の中、マルクスは感知した。

 だがそれをヒロトへとマルクスは伝えられない。

 マルクスが分かるのは風の流れだけだ。村の長老達のように目が見えなくとも生活ができるような域にまでは、まだ達していない。


 だからこそヒロトのいる位置やアスタとの距離などが視認できなければ、先ほどのような100%マルクスを信頼しているヒロトを騙してしまう可能性が高かった。

 必死に涙を拭おうと擦るが、蹴られた影響で額を割ってしまったのか涙の代わりに血で視界が覆われるだけで何も変わらない。


 そうしてマルクスが無駄な努力をしている最中、アスタは既に風の刃を使いヒロトへと攻撃を叩き込んでいた。

 ものすごい勢いで飛んで行く刃。それが一箇所を丁寧に切り刻んでいく様子をマルクスはただ感じることしかできなかった。


「ヒロトォォォッッ!」


 急いで額の傷を探し、負傷部に布を当てて止血、その後目付近の血液を拭ってようやくマルクスは視界を開いた。

 そうして明るく正確な現実がマルクスを再び驚愕させる。


 開けた視界の中には何も変わらない光景が映っていたのだった。

 いや、一つ違う点がある。それは変わらず立っているヒロトの足元、そこに大量の一筋の破壊跡があると言う事。それが示すのは放たれた無数の風の刃をヒロトだけで全て避けたと言う事だった。


 風の刃は不可視の攻撃。風の流れを読む風魔術の使い手はともかく、今日初めて風魔術に触れたヒロトにそう簡単に避けられる代物ではない。

 ならばどうして、無数に打ち出された風の刃を避ける事ができたのか。


 偶然ではないはずだ。もし全てが偶然の産物で奇跡の類であるならば、ヒロトは今世紀最大のラッキーボーイである。だがそんなラッキーボーイが左腕を失う訳がない。


 どうして全ての刃を避け切る事ができたのか。


 その疑問がマルクスの頭を埋め尽くす。

 足元から立ち昇る濃い土煙の中、チラリと覗いたヒロトの右眼は燃えるように輝いていた。



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