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幼馴染を助ける為、異世界を行く  作者: 秋葉月
第2章 城塞都市編
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第2章 22.決意

 


「何ぼけっとしてんだ!!」


 一瞬の浮遊感。弾き出された身体が宙を舞い、少し湿り気のある大地がヒロトの体を受け止める。


 本日何度目かの土の味。服のあちこちに付く泥の汚れの湿り気。それを実感しながら、ヒロトは自身を吹き飛ばしたマルクスへと視線を飛ばす。

 ヒロトと同様に地面に倒れ込むマルクス。泥汚れや擦り傷があちこちに付いたその身体は、ヒロトと同じであった。


 しかしマルクスとヒロトとの間に、決定的に違うものが一つあった。

 左足首あたりから吹き出す鮮血。アキレス腱の部分がズボンの裾と共にざっくりと斬れていた。


「大丈夫か!?」


 思わず叫んでしまう。

 何が起きたのか、ヒロトはその場にいたのにも関わらず理解できなかった。

 ただこのマルクスの負傷は目の前の青年の攻撃によるものであり、そしてその攻撃は本来ヒロト自身に向けられていたものであったという事はすぐに分かった。


 溢れ出る紅い体液、それをヒロトは持っていたタオルの清潔な部分を破り必死に押さえ込む。応急処置の仕方など全く知らない素人の処置。その程度で鮮血が止まるわけもなく、ヒロトの手の中にある布切れは、ものの数秒で真っ赤に染まってしまった。


「大丈夫だ、ありがとう……」


「でも、こんなに血が……」


「……こんなの、余裕だ」


 そう言ってマルクスは立ち上がる。口角は上がり、ヒロトに無事をアピールするように立っているが、その姿は明らかに無理をしているとわかるものだった。

 血が足りないのか元々白いマルクスの顔が一層青白くなっており、身体を支える脚も生まれたての子鹿のように、プルプルと震えている。


 そして、マルクスは幾つかの布を取り出し、それを患部と足の付け根に強く巻き付けた。

 溢れ出ていた血が止まる。これ以上マルクスの命の源が溢れることはない。しかしもう既に多くの血液が零れてしまっている以上、これから先マルクスは少しの負傷ですらも致命的なものになってしまう。


「あのまま動かずに、物陰に隠れていればよかったんじゃないか?」


「……ほざいてろ」


 ヒロトを助けるためのマルクスの行動、それを青年は嘲りが混じった声音で馬鹿にする。だがマルクスはそれに対して気丈に振る舞い、一蹴した。


 マルクスは傷を負いながらも、雄々しく堂々と自らを奮い立たせ目の前の脅威(青年)と対峙している。

 だがヒロトは既に戦意を失っていた。


 この世界に来てから、ヒロトはある程度の危機と戦闘を経験し、そしてその全てを乗り越えてきた。

 しかしその全てに対して、現在ほどの恐怖を感じたことがなかった。

 異世界に転移して初めてと言っていい、死との直面。その事実がヒロトの戦意を、抵抗する意志を失わせる。


「なぁ、一つ聞きたいことがある」


「……何だ?」


「お前の目的は何なんだ?俺を殺すのが、目的なのか?」


 そしてヒロトが戦意を失ってしまったもう一つの理由。それが——


「そうだな、目下の目的はお前の命だ。それさえ取れれば……そこの森人族エルフの命くらいは助けてやろう」


「なっ!?」


 ヒロトを庇って負傷した、マルクスの存在だった。


 本来負うはずのなかった大怪我に、直面することの無かった危機。怪我と危機、その両方がヒロトの存在によってもたらされたものだとするならば、今ヒロトがとるべき行動とは何か。


「お前、馬鹿みてぇな真似はするなよ!」


「いや、でも……」


 堅牢な城壁を打ち砕くほどの力を持ち、人を容易く殺せるだけの威力がある訳の分からない攻撃を、何の躊躇もなく放つことのできる存在。それが今、殺気を放ちながら目の前に立っている。

 勝ち目も薄く、マルクスの負傷もある中で、ヒロト一人の命だけで見逃してもらえるのならばそれに乗るほかない。そうヒロトは考えた。


 だがその考えをマルクスは否定する。


「ヒロト、お前とはまだ短い付き合いで、本心では何を思っているのか俺には分からない。でも、今だけはお前の考えが分かる。そんな馬鹿げた考えはやめろ!」


「じゃあ何か、この状況を打開できる策はあるのか? 負傷したお前に、すぐ近くには意味分からん力と殺意を持った奴がいて。俺一人の命だけでこの場が収まるんなら、それでいい。最善じゃ無いかもしれない、でも最悪の結果では無いはずだ」


 ヒロトの言葉にマルクスは一瞬言葉を失う。しかしすぐに何かを決意した顔をすると、ヒロトの両肩をがっしりと掴んだ。離さないと、そう主張するように宏人の肩を掴む力は強かった。


「ヒロト、お前は何も分かっちゃあいない。いいか、一度だけだ。一度だけ言ってやる」


 そう言うとマルクスは大きく息を吸い込んだ。

 膨らむマルクスの胸とのけぞる身体。それらが最高潮に達した時、一気に吐き出される。


「お前の命はお前だけのもんじゃねえんだぞ!」


 それはこの数ヶ月、行動を共にした間に一度も聞いたことな無い程大きな声だった。


「自分一人が苦しめば丸く収まると、そう思ってたら大間違いだからな!」


 その言葉が、ヒロトには深く突き刺さった。


「お前が、俺の事を大切に思ってくれてるのは本当に嬉しい。自分が死んでも、俺が死んで欲しく無いって思ってくれて嬉しいよ」


 マルクスが紡いでいく言葉。連なる音の数々。


「でも今はこの場にいねぇメリダやルヴィク、アンや俺だってお前には死んでほしくないと、そう思っている」


 ヒロトはこの世界に来て、元の世界よりも幾分か自身のことをマシになったと勘違いしていた。自分がマキのために何かできるんだと、初めて役に立てるのだと、そう考えていた。


「それにお前には何か目的があるじゃなかったのか、それは今ここで諦めてもいい程度のものだったのか?」


 だが何も変わっていなかった。心根では自分のことを軽く見て、周りの人には苦しんで欲しくなくて、それでいつも自分が傷付けばいいと考える。

 何も知らない土地で、死ぬかもしれない旅をして、自分自身を傷付けて。大切な人を救うという目的に酔った、惨めな自殺だった。


「なぁ、どうなんだよ、ヒロト」


 そんな考えで本当に大切な人が、守りたい人間が喜ぶわけが無いと知りながら。


 握りしめた両の拳でヒロトは自身の頭を何度も叩き始めた。

 突然の奇行に戸惑いを隠しきれないマルクスなど気にも止めず、ヒロトは執拗に自身の頭を叩き続ける。


「ごめん、俺、何も分かってなかった」


 そしてその奇行が10秒程続いた後、ヒロトはゆっくりと顔を上げる。

 ゆっくりと大きく息を吸い込み、開かれる両目。その瞳に映るのは先程までの暗い光ではなかった。


「俺が誰かに笑って欲しいって思ってるのと同じくらい、その誰かも俺に同じ事を思ってくれてるんだな」


「当たり前だ」


「なら、ここで死んじゃダメだよな」


「ああ」


「ならさ、マルクス」


 その時、ヒロトは改めてマルクスの目を見た。

 普段はふざけていて頼りのないその目に、今は光が灯っているように感じる。力のある眼差しだった。


「二人で、生きて戻ろう」


 その言葉には力があった。先程の力無き弱々しい言葉ではなく、道を切り開く確かな力がそこにはあった。



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