第2章 19.魔術
「この後どうするの?」
いそいそと昼食を食べ終え一息つくヒロトに向かってメリダが問いかけてくる。
その問いかけにヒロトは顎に手を当てる。予定ではこの後も書庫に籠り、情報収集に勤しむ筈だった。だが実際の書庫内の情報の質が期待よりも低く、悩んでいるのだっ
「じ、じゃあ魔術を覚えるなんてどうかな……?」
しばらくの間ヒロトが考え込んでいると、指をもじもじとさせながら段々と小さくなっていく声でメリダがそう提案してきた。
それは願ってもなかった話であった。今のパーティでのヒロトの立ち位置は軽戦士。重装備を着込み最前線で戦うアンの少し後ろで、魔術の準備をするメリダや弓で遠距離攻撃をするマルクスをサポートする役割だ。だからメリダのように大勢を巻き込む魔術ではなく、サポートに特化した小回りのきく魔術を覚えればヒロトの戦力的にもパーティとしても良い選択だろう。
それに最近は体術の上達が行きどまっている気がする。この辺りで一度別の部分を上達させれば、新しい発見があるかもしれない。
「じゃあ、教えてくれるか?」
「分かった!じ、じゃあちょっと待ってて」
ヒロトの返答にパアッと顔を明るくしたメリダは使い終わった食器を戻し、椅子にかけていたローブと傘を手にギルドを小走りで飛び出した。恐らくは宿に何かを取りに行ったのだろう。
そうヒロトが考えた二十分後、メリダは皮でできた薄茶色のショルダーバッグのようなものを持ち、まだ寝癖のついているマルクスと共に現れた。
「お、お待たせ……」
走ってきたのか、額には小粒の汗が滲み肩が上下に揺れていた。息も荒く足が生まれたての子鹿のようにガクガクと震えている。
それとは対照的にマルクスは大して疲れていない。とてもメリダと同じ距離を同じ速さで来たとは思えなかった。それどころかあくびを我慢しているような感じさえある。
「あ、ああ……。な、なんでマルクスが?」
息も絶え絶えになりながらもメリダが放った言葉にヒロトは戸惑いながら相槌を返す。そしてそのまますぐ隣にいるマルクスへと質問をする。
そのヒロトの質問にマルクスは肩をすくめながら、
「俺もわかんねぇよ。メリダが急に起こしに来たからよ、急いで準備したんだよ」
と答えた。そのままマルクスの視線がメリダへと注がれる。それにつられてヒロトの視線もメリダへと移った。
二人の視線を浴びながら呼吸を整えたメリダは、持っていたバッグから拳大の水晶のようなものを取り出す。ゴツゴツとしていて人の手が加えられていない事が容易に判断できた。
「これは?」
「これは『魔水晶』って言うの」
「なんだ、ヒロト。お前魔術使えなかったのか?」
マルクスがヒロトとメリダの会話を遮って話しかけてくる。
「ああ、〈身体強化〉は使えるんだがそれ以外は………」
「……〈身体強化〉ってお前、初歩中の初歩だぞ」
どうやらマルクスにとって、ヒロトが魔術を使えないのが意外だったらしい。その評価自体は喜んでも良いのかもしれないが、どことなくやるせない感じがした。
「もう、別に魔術が使えなくても良いじゃない。ーーわ、私だって〈身体強化〉できないし……」
マルクスの物言いにメリダが声を荒げて反論した。そのメリダの様子に一瞬呆気に取られたヒロトとマルクスであったが、直後にメリダが小声で話した内容を聞いて二人は笑みをこぼした。
グリグリとメリダの頭を撫で回すマルクス。それを鬱陶しそうに引き剥がしたメリダは、テーブルを挟んでヒロトと向き合った。
「この魔水晶を手に取って魔力を流し込んでみて」
ヒロトはメリダに言われるがまま、テーブルの上にあった魔水晶を一つ手に取りそのまま魔力を流し込んだ。
魔力を流し込んだ瞬間、魔水晶が黄色に光る。そしてそのままゆっくりと緑色に変化し、その後は黄→緑→黄→緑→……と変化しながら緩やかに光っていく。
「これは、どうなんだ?」
怪訝そうにヒロトが呟くと、マルクスがへぇと息を漏らした。
「『風』と『地』ね。ちょうど良かったじゃん」
「よかった。これでマルクスを呼んだ甲斐があったよ」
メリダとマルクスが魔水晶の変化に何やら理解を示す。この場で状況を理解できていないのはヒロトだけだった。
「えーと、どういうこと?」
首を傾げながらヒロトが説明を求めると、マルクスがヒロトの手で光る魔水晶を取り上げる。ヒロトの魔力が流されなくなった魔水晶は元の透明なものへと戻った。
マルクスは掴んだ魔水晶を少し眺める。その数瞬後魔水晶は緑に輝いた。だが変化はそれだけだ。ヒロトと同じように色が変化することはない。
「この水晶はね、魔力を流し込むと色が変わるんだ。それでその色の変化で魔術の適性がわかるの。例えばマルクスは緑に光ったから『風』が得意とか」
その他にも赤に光れば『火』、青に光れば『水』、黄色に光れば『地』、とある意味テンプレである四属性があるらしい。またヒロトの水晶が二色に光ったのも、二つの適性を持つという意味でよくあるとの事だった。その場合は魔鉱石の光った順番でどちらがより得意かが分かるようで、今回のヒロトの場合だと『地』がより得意であるとなるようだ。
「でも良かった。私は『地』と『水』だから、私とマルクスで充分補えるね」
メリダの言葉を聞いて、ヒロトはようやくマルクスが呼ばれた訳を理解できた。
つまり彼は講師役としてこの場に御呼ばれしたということだ。確かに彼ならば講師には適任だろう。彼は普段の言動こそふざけていて聞く意味もない戯言ばかりだが、一時でも戦闘スイッチが入ればルヴィクの代わりの第二の頭脳としてパーティを支えてくれる頼れる仲間であることをヒロトは理解していた。
「それで、今からすんの?」
マルクスの問いにヒロトはああ、と頷く。それを見たマルクスはよし、とつぶやきギルドの入口へと歩いていく。
「どこか行くのか?」
「こんなところで魔術の練習なんかしたら危ないだろ?」
確かにそれもそうだと納得しヒロトは立ち上がる。そばに置いてあった傘を手に取ろうとすると、メリダがそれを素早く取り上げた。
「私は一度宿に戻ってルヴィク達に声をかけてから行くよ。だから先に行ってて」
その素早さにヒロトは一瞬呆気にとられたが、小走りで駆けていくメリダの背中に感謝の言葉を投げかけた。
ヒロトはそのままマルクスの待つギルドの玄関付近へと駆け寄る。
「よし、じゃあ行こうか」
そう言ってマルクスは城塞都市の外部へと向かっていった。
◆
城塞都市ベイルートの近郊、ビルスク大森林に入るその手前に二人の人影があった。一人は白い髪を後ろに流し束ねた髪型の森人族の青年、マルクス。そしてもう一人は黒い髪に黒の両目の少年、ヒロトだった。
彼らは二人で睨み合う様に立っていた。
「よし、ヒロト。風魔術を扱うときに重要な事、何か分かるか?」
マルクスのやや芝居がかった質問に、ヒロトはしばしの間思考を巡らせる。
風の魔術を使用するときに留意すること。それが何か、今までのヒロトの経験と知識で導こうとする。
「……魔力の流れを意識する?」
「違う!」
恐る恐る絞り出したヒロトの回答を、マルクスは声を張り上げて否定した。
マルクスの声が風に乗り反響しながら、森の木々の間を通り抜けていく。
「そ、そんな否定しなくてもいいだろ……」
「『風』を扱うときに重要な事、それはずばり風を読むことだ」
先ほどの自身の質問に答えながらマルクスは、大げさな身振りと共に渾身のドヤ顔を披露する。
だが、風を読む?とでも言いたげなヒロトの顔を見て、マルクスはフッと息を吐いた。
「分からなかった?」
「まったく」
どうやらあの説明で伝わると本気で思っていたらしい。マジかぁ……と呟きながらマルクスは恥ずかしそうに顔を手で覆う。掌で覆われた顔は分からないが、尖った彼の耳は真っ赤になっていた。
「そうだなぁ、『風』は他の魔術と違って目に見えない。はっきりとした形もないから維持するのも難しいんだ」
マルクスが言うには他の魔術は目に見える為、魔力のや操作が比較的簡単らしい。だが風魔術は 文字通り風を操る。目に見えないという事は十分に強力な長所だが、使いこなせるようになるには中々厄介な欠点である。
「理屈は分かったが、風を読むってのが分からん。コツとかあるのか?」
「そんなこと言われても、俺はそんなこと考えたことないしなぁ。『風』もすぐ使えるようになったし」
そんなマルクスの言葉にヒロトは大きくため息をつく。昔から感覚派の言うことはヒロトには理解しがたいものだった。特にマキは普段から擬音とかを会話に織り込んでくるので苦労していた。
「あ、そういえば里のガキどもがやってた練習法があったな」
そう言ってマルクスは森のほうへと入っていく。そして森から出てきた彼の手の中には、手のひらサイズの葉っぱが五枚ほど握られていた。
マルクスはその葉っぱを一枚つまみ、空へと放り投げる。ひらひらと落ちてくる葉っぱはマルクスの目の前でその落下を止め、空中で静止する。
その不可思議な光景をヒロトは感嘆の目で見入っていた。
「とまぁ、こんな感じで直接風を読まなくてもいろいろな方法で風の流れを知ることができる。これを何回か繰り返して感覚が掴めたらあとは簡単だ」
マルクスの目の前で静止していた葉っぱが徐々にヒロトのほうへと近づいてくる。その葉っぱを手に取り、ヒロトはイメージする。身体強化の時もそうだったが、魔術を使うにはイメージが大切だ。その魔術を操るにはどういう風に魔力を操作するのか、どうすればその現象を引き起こせるか。
ヒロトはゆっくりと息を吐き、右眼にある『魔力眼』を発動する。
そして自身の魔力を操作しようとしたその瞬間。
ー-都市を囲む堅牢な城壁が大量の土煙と轟音と共に崩れ落ちた。




