第2章 17.食事
日が沈み、大小様々な輝きを放つ星々が空に現れ始めた頃、城塞都市ベイルートのその一角。酒場バーエルンは多くの冒険者たちによって賑わっていた。
多くの冒険者が片手にビールの入ったジョッキを持ち、真っ赤に染まった顔持ちで大騒ぎしている。その話の種の多くが、この日の昼に行われた昇格試験にある。
酒場には勝った負けたを話し合う冒険者や、勝敗について賭けていたのか、落ち込む者と金払いの良い者、ヤケ酒に溺れる仲間を介抱する者まで様々な冒険者がいる。
そしてその酒場の隅のには、六人席のテーブルにつく五人の男女の姿がある。
テーブルの上には多くの肉や野菜が盛り付けられている皿が大量にあり、それぞれの手元にはジャッキに並々と注がれた酒やジュースが並べられている。
「それじゃあ、ヒロトのDランク昇級を祝して乾杯!」
五つの木製のジョッキがテーブルの上で互いに打ち合わされ、その衝撃で中身の液体が少量テーブルに溢れる。
「いやーそれにしても、ヒロトは圧勝だったなぁ」
グビグビといい音を鳴らしながらジョッキを傾けたアンは、口元に泡をつけてそう嬉しそうに話し始める。
それに対してヒロトは若干居心地が悪そうに苦笑していた。
「あの動きは戦い始めたばっかのニュービーにはできないね。そういえば前から思ってたんだけど、あれは独学かい?あんな動きの流派はなかったと思うけど」
「それは俺も気になってたわ。森にいた時からそうだったよな」
ヒロトの戦い方に疑問を呈するマルクスとアン。
「アレは、森の中で身につけた動きだよ。戦い方を教えてくれた人が教えてくれたんだ」
実際のところ、この答えは半分真実半分嘘である。
本当は剣道とか空手の型をヒロトがなんとなしにやってみたところ、それをみていたウルスラグナによって考案されたものであった。
「それに比べてルヴィクのあの負けっぷりは、それはそれは面白いモンだったよ」
「途中までは良かっんだけどなー」
一回戦目を余裕綽々と突破したルヴィクはその後も順調に勝ち進んでいっていた。それは、普段の彼からは考えられないような俊敏な足捌きと的確な攻撃によるものだった。
そして運命のベスト8を決める試合。それまでの無茶の代償が一気に襲ったのだろう。彼は試合開始直後に速攻、そして転倒というコントかと思わせるようなオチを作ってしまったのだ。
「ホント恥ずかしい、無理」
「普段あんまり動かないからさ。これに懲りたらアンタももっと体鍛えとくんだよ」
テーブルに突っ伏し、小さな声で呟くルヴィクへ、アンは笑いながらそう言い放ちジョッキを傾ける。
「ま、まぁ私は指示を出す役割ですからね。戦闘はアンとルヴィクに任せれば……」
「いざとなった時、自分を守れるのは自分だけだぞルヴィク」
「マ、マルクスにマトモな事を言われた……」
「おい!」
ルヴィクの軽口にマルクスが食い気味に突っ込む。その様子を見ながら、ヒロトはちびちびと水を飲みながら料理を口へと運んでいく。
そして盛り上がりがひと段落ついた頃、ヒロトは四人に対してある提案をした。
「明日は休みにしたいんだけどいいか?」
その言葉に反対するものは誰もいなかった。
皆、というかヒロトとルヴィクの両名は疲労困憊であり、依頼を受けるにはクールタイムが必要である。それに、今回の試合で得た経験もある。それを忘れない内に吸収・消化したいところだった。
「それじゃあ明日は、各自自由という事でそろそろお開きにしてもいいですかね」
ルヴィクの言葉に各々が準備を済まし、席を立つ。
酒場を出た時、ふと夜空を見上げると空一面を雲が覆っていた。
明日は雨が降るかもしれない。そんな考えを浮かべながら、ヒロトは宿屋へと帰っていった。
◆
夜が明けて翌日。窓を開けると、昨日の予想通り雨が降り路面を濡らしていた。少量のパラパラと降る雨であったが、街の外に出ている冒険者たちにとっては好ましくない天候であった。
そんな日、いつもより少し遅めに起きたヒロトはいつもと同じように階段を降り、一階の正面玄関へと向かう。
途中で宿屋のサービス(銅貨二枚)で傘を借り、街へと繰り出そうとすると、
「ど、どこ行くの?」
と、先程のヒロト同様階段を降りてきていたメリダが、そう聞いてきた。
「ああ、ちょっと冒険者ギルドに」
そのヒロトの返答に、メリダは少し首を傾げた。
「今日は休日じゃ?」
「依頼じゃなくてちょっと調べ物を」
その言葉にメリダは少し嬉しそうな表情を浮かべ、
「わ、私も行っていい?」
若干上擦った声で聞いてくる。
その言葉にヒロトが肯定すると、メリダはちょっと待っててと言いながら、アンと共に泊まっている部屋へとパタパタと走っていった。
そしてそれからおよそ五分後、いつものローブを身につけたメリダが現れる。
メリダも同様に宿の人から傘を借り(何故か銅貨一枚だった)、ヒロトと一緒に街へと出かける。
道中、これといって会話はなかったが傘にぶつかる雨の音と、石畳の路面を歩くコツコツとした靴の音が心地よくあたりに響く。
静かな世界であった。まるで世界に一人しかいないような孤独感。それが傘で遮られる視界によってより一層際立っている。
元の世界ではこんな気持ちを抱くこともなかった。いつも騒々しく賑やかで。
そう思うと、いかに自分の中で彼女が占める割合が大きいことに気付かされた。
そのことに少し笑みを浮かべながら、目的の冒険者ギルドへと向かっていく。
「早く、手がかりを見つけないとな」
ポツリと呟いたその言葉は雨の音の中に溶けていった。




