第2章 13.登録
「あ、ヒロトさん。どうでしたか?」
「ああ、無事作って貰ったよ」
戸を開け、ベイルートの街に足を踏み入れると、宏人を待っていたルヴィクが聞こえるように大声で話しかけてくる。
それに対して宏人は手に持ったプレートを掲げ、近づいていく。
「待たせたな」
「いえ。そこまで長くなかったですし、私達も色々とする事があったので」
「そうか、なら良かったよ。ーーところで他の連中は?」
「みんな、依頼の事後処理に行っています。ところでヒロトさん。ベイルートに着いたのはいいんですが、どこか行く場所でもあるんですか?」
そのルヴィクの言葉に宏人はしばし思案する。
金銭はウルスラグナのお陰で多少持ち合わせはある。だがそれでも食費や、宿代などの出費ですぐに無くなってしまうだろう。
ならばこの街で働くのが良いのかと言われれば、それも考えものである。
この街に来たが、ここで長い時間を過ごすつもりはない。宏人の最も優先すべきことは麻希を助けるための情報収集なのだから。
それに、宏人には就労経験など無い。ならばできるのは肉体労働辺りか。
「行く場所がないなら、私と共に来ませんか?」
「どこに行くんだ?」
「この街の、冒険者ギルドです。ヒロトさんなら実力も確かですし、それならば冒険者としてもやっていけるかと」
「確かに、一理あるな。じゃあ案内してくれ」
「はい、分かりました」
そう言ってルヴィクは街の中心部へと歩き始める。宏人はルヴィクに遅れないように後ろを歩く。
左右を見渡すと、木造の住宅や石造りの建物が確認できる。時代はファンタジーでよくある中世のものだ。往来を行く人々は活気にあふれており、其処彼処から客を引く威勢の良い声が聞こえてきた。
「いい街だな」
宏人がそう呟くと、その呟きが聞こえていたのか前を歩くルヴィクが振り返り宏人に話しかけてくる。
「何せ人が多いですからね。人口が多いとそれだけ街が活気付きますから」
「確かに、中世程度の文化レベルでその数なら、最大規模て所か」
「最大規模であることに間違いはありませんね」
宏人はこの街に来る途中に、メリダ達から一通り聞いていた城塞都市ベイルートの説明を頭の中で反芻しながら呟いた。
その言葉にルヴィクは苦笑しながら相打ちを打つ。
それから暫く歩き十分ほど経った頃、それまでの建造物とは明らかに異なる大きさの建物が現れた。
見たところでは二階建ての建物だった。木でできた黒塗りの重厚な扉が、その建物に入る者を拒むように閉ざしている。
レンガを積み立てられて形成された壁は、並の攻撃ではビクともしなさそうな堅牢さが見て取れる。
その建物へとルヴィクは足を進める。宏人もそれに続いた。
ルヴィクがゆっくりと黒塗りの扉を押し開いていく。すると、扉の奥から熱気のようなものが宏人達の身体を通り抜けていくような気がした。
中に入るといくつもの視線が宏人に、ルヴィクに向けられる。それらからは宏人達を値踏みするような、鋭いなにかを感じた。
ルヴィクはその中を堂々と歩いていく。一瞬だが身体が強張るのを感じた宏人だったが、遅れないよう足早にルヴィクの後ろを付いていった。
正直に言えば、このような雰囲気は苦手だ。
中学の時のことを思い出してしまうから。
敵意ある視線が自分に集まるあの感覚。数年経った今でも時折思い出してしまう。一時期は不登校にまで陥ってしまった程だった。
あれはどうやって解決したんだったっけか。いまいち思い出せない。
そんな事を考えている間にも、ルヴィクは先へ進んでいく。そしてその先に見慣れた三人組がいるのが目視できた。
白い髪をした弓矢を担いだ長身の男、赤みがかった茶髪でがっしりとした身体をしている女、そして手に小さく細い杖を握りしめる少女。マルクスとアンとメリダの三人組だ。
三人はカウンターで女性と話している。
「待たせたな」
ルヴィクがそう三人に声をかけた。
その声に反応して三人が振り返る。そのおかげで、彼らの身体で遮られて見ることができなかったものが見えるようになった。
カウンターの上に置かれてあったのは一枚の紙だった。遠目からでは詳細は分からないが何か書かれている。所々に数字が書かれてあるため、恐らくは冒険者の依頼書あたりだと推測する。
「それで、どうしたんだ?」
「今、報酬の用意をしてもらっているところです。今回の依頼はかなり高額でしたから、楽しみです」
笑みを浮かべながらメリダが楽しそうに説明してくれた。
最近は宏人にも慣れてきたのか、始めの頃よりも感情をまっすぐに表現してくれるようになってくれた。森を抜ける際、気まずい空気になった事があったが、それもあってかかなり親しくなれたと思う。
「そうなのか。ところで、新規登録ってどこで出来るんだ?」
「冒険者登録なら、このカウンターの右端で出来るよ」
「そうか、ありがとう」
「いいってことよ」
キョロキョロと首を動かしながら辺りを見回しながらそう聞くと、アンが指をさしながら教えてくれた。
礼を伝えると、笑いながら手で宏人の肩を叩いた。
宏人はその場を離れるのに若干の寂しさを感じながらも、教えられた場所へと移動を開始する。
「登録したいんだが」
「はい、冒険者登録ですね。それではまず登録料として銀貨五枚を頂戴します」
移動すると、宏人は用件を話した。それに対して金髪の受付嬢は言葉を返す。
その言葉を受け宏人は鞄から小さな皮袋を取り出した。カウンターの上に置かれたその皮袋は、チャリという硬く高い音を響かせる。
皮袋の口を閉じていた紐を解くと、中からキラキラとしたものが現れる。
「これでいいか?」
宏人が中から取り出したもの、それは銀貨だった。五百円玉程の大きさのそれは、照明の明かりをキラキラと反射していた。
「はい、問題ありません。それではプレートをここに置いてください」
受付嬢は宏人の出した銀貨を確認し、そして見知った水晶を取り出した。セドリックが持っていたあの水晶だ。宏人はプレートを差し出し、水晶に魔力を込めた。
「はい、確認できました。それでは次に登録名をお聞きします」
「登録名?」
「はい。登録名は、冒険者として活躍する貴方の名前のことです。登録名は本名でなくても良いので、気軽に決めてください。ただ、一度決めた登録名は冒険者を引退するまで変えることができないので、注意してください」
ペンネームや芸名のようなものだと宏人は判断する。
「じゃあ、ヒロトで」
「はい承りました。それでは確認させていただきます。登録名ヒロトでよろしいですね」
宏人はその受付嬢の言葉に首を縦に振る。
「それでは次に説明に移らせていただきます。我等が冒険者ギルドでは、冒険者の方々への仕事を斡旋しています。主な仕事内容は魔獣の討伐、または撃退です。もちろんその他にも危険な仕事を多数取り扱っています。ギルドを通さないで依頼を受けることもできますが、その際にはギルドは一切の責任を置いませんのでご了承ください。また仕事の難易度によって受けられるランクの冒険者が決まっています。宏人さんはEランクスタートなので受けられる仕事は、推奨E、Dランクの仕事だけです。ランクは高ければ高いほどより多くの仕事を受けられるので頑張ってランクを上げて下さい。ここまでで何か質問はありますか?」
「ランクはどうやったら上げられるんだ?」
「冒険者の方々のランクは、日々の活動の内容と月に一度各国のギルドで行われる進級試験を突破することで上げることができます。もちろん、進級試験を受けずとも日々仕事を頑張っていれば、その内ランクも上がります。ただ進級試験の方が早くそして確実ですね」
「その進級試験はいつ行われるんだ?」
「そうですね、次の試験は今日から二週間後ですね。参加されますか?でしたら参加費を用意していただく必要があるので、準備しておいてください」
「分かった。他には何か無いのか?」
「はい、説明は以上になります。それでは貴方の冒険者人生が輝かしいものになることを、お祈りします」
◆
ギルドを去り、入り口付近で外の空気を吸っていると、扉が開けられる音が聞こえてきた。振り返ると、ルヴィク達がいた。手にはパンパンに膨れた皮袋を持っている。
「終わったのか」
「ええ、何事もなく。ヒロトさんも無事終わったみたいですね。それでヒロトさん、さっきみんなで話し合ったんですが」
「なんだ?」
「今回の報酬、私たちは何もしていないのでヒロトさんにも分けておかなければと思いまして」
そう言ってルヴィクは手に持っている皮袋とは別の、そして先程の皮袋よりもさらに膨れた皮袋を、腰に当てているポーチから取り出した。
取り出す際、一切の音が立っていない。隙間がないぐらい貨幣で詰まっているのだろう。
「私たちの分も分けているので、全てというわけにはいきませんが、六:四でヒロトさんが六程度の額になっています」
そう言ってルヴィクは手に持っているパンパンに膨れた皮袋を差し出してきた。
それを宏人は受け取らない。
「あれは俺が勝手にしたことだ。むしろ仕事の邪魔をしたんだから俺が悪かった。だから受け取れない」
「ですが、それでは私達も申し訳ないですよ」
そこからは水掛け論だった。受け取ってほしいルヴィク達と受け取らない宏人。その話し合いはいつまでも続き、終わりが見えないものへとなっていた。
段々と周囲を歩く住民の目が奇異なものを見るようなものへと変わっていくのを、ルヴィク達も宏人も感じ取っていた。それでも互いの主張を変えることはなかったが。
そして日が暮れ始めた頃、とうとう宏人が折れた。
「分かった、受け取る。その代わり提案なんだが」
「はい、私達に出来ることならなんでもいいですが……」
宏人は息を大きく吸い、そして意を決してその言葉を口に出す。
「俺をこのパーティーに入れてくれないか?」
それに対してルヴィク達は――




