すぺーーすきゃっと
「はあぁ〜⋯⋯」
机に力なく倒れ込み、ため息をはき出す。
状況をいくら整理しても、訳の分からないことしか起きておらず、さらにこれは夢でもない。
つまりは受け入れるしかない、のだが⋯⋯。
「服着たくないよ〜〜⋯⋯」
もう全て諦めて癒しを求め猫カフェに行こうとタンスを開けるが女性物の衣服しかなく、元男の俺からしたら相当な抵抗感を覚えてしまう。
「お風呂とかもどうしたら⋯⋯」
服を着替えるのは嫌だし、パジャマ姿のままで外をふらつく訳にも行かないから猫カフェに逃げることはできない、となればもう⋯⋯
「よし⋯⋯なんか描いて気を紛らかせよう!」
両手をきゅっと握りしめ、もうどうにでもなれと言うかのように、両腕でガッツポーズを決め、私は起き上がり画面の前へと足を運ぶ。
「そうだ、娘ちゃん描いちゃお〜」
そう意気込みながら電源ボタンを押したが、なぜか充電切れになっていて充電待ちしないといけなくなり、女の子の生活をスマホで必死に調べていたのは秘密話。
「ん⋯⋯あれ、いつの間にか寝てた⋯?」
目を開けると、充電ケーブルを差しっぱなしにした液タブを枕にして眠ってしまっていたらしく、体のあちこちが少し痛む。
「ん〜〜!今の時間は⋯⋯16時、か」
伸びをしてからスマホで現在の時間を確認すると、もう夕焼けの時間帯だった。
「よし、もうイラストは完成してるし投稿するだけして出前取ろう!」
──私は女の子になってしまってからある重大な情報を見逃していたのだがそれに私は気がつく様子もなく、パソコン画面から目を離しうきうきになって何を食べようかと考え、その通知音に気が付きもしないのだった。
◇
「え⋯っ!!?」
《え?なに?》
《あれ?》
《ん??ちょっと待って》
《え、え!?》
「ふ、冬さんが⋯冬さんが復活してますよ皆さん!!」
リスナーさん達も同じことを思ったのか、私と一緒に驚きの声をあげる。
それもそのはずで、なんてったって最後の投稿日は──
「1年半も更新が無かったから不安だったんですけど、良かったです⋯⋯」
《おかえり冬先生!!》
《まじか、もう投稿しないかと⋯》
《ほんとよかった、また先生のイラストが見れるんだ⋯》
《しかも、久しぶりの投稿が永遠ちゃんって⋯泣かせに来てるよ永遠ちゃん推しを泣かせに来てる》
「そうですね⋯⋯」
《ん?》
《なにかしてる?》
《先生の投稿にコメントとか?》
私の名前は夜空ノ永遠、1年半前にデビューして、運良く皆さんに見てもらえてチャンネル登録者数30万人まで伸ばせたVTuberです。
「いえ、もしかしたら今メッセージしたら冬さん返事返してくれないかなぁ〜と思い⋯⋯チャットを送ってみてます」
この一年半もの間、私が何件送っても返事がなかった上にSNSも完全にその時から停止していて、全く返事を返してくれる素振りはありませんでした。
だけど、それは今日までのお話。
SNS活動が再開した今、もしかしたら⋯思い、メッセージを何度か送ることにしました。
【こんばんは、今日はいい夜ですね。】
【先程あげたイラスト見ました、私⋯ですよね?久しぶりに投稿してくれたと思ったら、まさか私を描いてくださって、とても嬉しいです⋯!】
【良ければ、お返事いただけると嬉しいです】
【あ】
【強制してるわけではなくて、お話したいなぁって思ってただけなので、忙しかったらもちろん大丈夫です】
⋯⋯少し、テンションが上がって送りすぎてしまいましたが、冬さんならまぁ⋯きっと許してくれます、よね?
中々既読がつかず不安になってしまい、お返事を急かすかのような文を送ってしまいましたが、それぐらい私にとっては嬉しいことなのです。
◇
お寿司を見てたら食べたい気分になり、お寿司を出前にとることにした。
「なんか、久しぶりのお寿司ってテンションあがるな⋯⋯」
手ぶらになった俺はパソコンを開き届くまでの間適当にSNSを見ることにしたのだが、やたらと鳴る通知音が気になり開いてみた。
「怖っ⋯⋯」
俺が手がけた娘の夜空さんから大量にメッセージが届いていた。
「俺と話したいって⋯?な、なにを話すって言うんだ⋯⋯」
学生時代から今まで、女性と話すことなんて滅多になかったし、どんな話をすればいいのかなんて全く知らないんだが⋯?
「あ、なんかまだ上にもメッセージが⋯返してなかったものでもあったのか⋯な?」
思っていたより多く送って貰っていたチャットに少し罪悪感が湧いていた時、あることに気がついてしまった。
最初はただの見過ごしてしまったメッセージだと思っていたのだが、その書かれた日付をみるとそうではないらしく⋯
「え、嘘⋯ちょっと待って、俺もしかして死んでから1年半経ってる⋯⋯!?」
まさか夜空さんからのメッセージでこんな重大なことを知るなんて思ってもみなかった俺の脳内はしばらく宇宙を感じていた。
【あの⋯冬さん?】
「あ、あぁ⋯へ、返事返さないと」
【ありがとうございます、返事を返せず申し訳ございません。お話というと⋯?】
宇宙の中にどこからか可愛らしい見覚えのある猫が生え始めてきてしまった、マズイマズイ⋯。
【そうですね⋯⋯通話とかどうでしょうか?】
【ほら、私達ってほんの少しチャットはしたことありますが通話はありませんでしたし⋯!】
「通話、通話か⋯⋯」
友達のあんまりいない俺には無縁の話だと思っていたのだが、思いの外そうでもなかったらしい。
けど⋯⋯
「今女なんだよな、俺⋯⋯」
こんな声で話して良いものなのだろうか、夜空さんは俺のことを男性だと思ってそうなチャットを上の方で見かけたし、驚かれないだろうか。
【冬さんって、どんな声してるんでしょう?低めの声とか?いやでも、高めの優しそうな声も似合いますよね⋯⋯】
というわけのわからない文もあったし⋯⋯。
夜空さんは、人との距離感というものをまるで知らないのかもしれない。
こちとらただの陰キャイラストレーターだぞ、と思いながら返事を書くことにした。
「やっぱこの人こわっ⋯!」
8分間も待たせてしまったから急いで返事を書いて送り返すと一瞬で既読がつき、ビビる俺なのであった⋯⋯。




