第9話「栄光の終わりと惨めな代償」
重暗い灰色の雲が中天を満たし、冷たい雨の細い糸が無数に地上へと降り注いでいる。
王都の喧騒から遠く離れ、辺境の未開拓領域とを隔てる最後の深い森。
その一本道の真ん中を、ガルドは膝の関節から生じる悲鳴も無視して引きずるように歩兵のごとき歩みを進めていた。
水を含んで重みを増した外套の布地が彼の背中から体温をごっそりと奪い続けている。
かつて磨き抜かれていた大剣は刃こぼれを起こし、幾度となく転倒したせいで柄の革はめくれ上がって泥土にまみれた状態のままだ。
王都での生活をかなぐり捨ててカイの行方を占い師と情報屋にすべてを投げ打って聞き出した後、彼は単身でこの北方へと向っていた。
道中での度重なる魔物からの襲撃に彼はもはや立ち向かうだけの筋力も、以前のように弾き飛ばすほどの技術も伴ってはいなかった。
剣を振るうことの恐怖。
自分自身があまりにも脆弱な肉の塊であるという残酷な真実を、魔物の爪から逃れようと泥にまみれた四這いの行動のたびに教え込まれ続けてきたのだ。
傷を治すためのわずかな魔薬でなんとか命を繋ぎながら、彼を突き動かしていたのは狂気に近いようなかつての日常への固執であった。
「あいつさえ見つかれば……あの無能がいれば、おれの力は元通りになるんだ。またこの剣で竜の首だって一撃で落とせるように……」
震える口の端から垂れる粘つく思考は、どれだけ没落しようとも自分自身へ矢印を向けることのできない愚者の哀れな末路そのものである。
数日間の地獄のような泥行の末、森の切れ目から彼方の平野が一気に広がる地点へとガルドの視界がこじ開けられた。
その瞬間。
彼の歩幅はピタリと止まり、雨に打たれていた瞼が信じられない光景を前に大きく見開かれた。
荒廃し土が全て赤く枯れ果てていると記録にあったはずの辺境の地。
だが暗い雲間をあざ笑うかのようにそこだけが別世界であった。
巨大で強烈な生命力が緑色の陽炎として発光しているかのようにうねり、巨大な岩造りを模した輝く白い宮殿が神の御座所のごとく静かにそびえ立っているのだ。
そこへ続く道には黄金色の作物の穂が、一陣の風に揺れるごとに柔らかな音楽のような高い音を含んで揺らめいている様子が見てとれる。
「あそこだ……あそこが、あいつの買ったくだらない土いじりの場所だ」
見世物小屋で作られた偽りの景色だとしか到底認知できないほどの異様さ。
ただ、彼の足掻いてきた疲労の向こうにはそれだけが唯一の逃げ場だった。
ガルドは乱暴に自分の両頬を張り飛ばして気合と血の気を呼び戻し、その白亜の宮殿と麦畑へと向かって走り出したのである。
しかし彼の足が、彼岸から手前のただの道として続く土の目地へ踏み入ろうとしたそのときだ。
目に見えない凄まじい鉄塊のような不可視の壁が、彼の踏み込んだ顔面と分厚い胸当てを真正面から打ち据えて弾き飛ばした。
空中で数度きりもみを打って地面へ叩きつけられた彼は、口の中からこみ上げる鉄の味にせき込みながら仰向けで空を睨んだ。
何が起きたのか全くわからないままだ。
ただそこにあるのは、作物の葉一つ揺らぐことのない静寂な結界だけ。
カイが畑周辺の風邪を引き起こす冷気をシャットアウトするために、害になる成分を通さない壁として書き換えたステータスの結果。
害意と保身の執着のみで腐臭をまき散らす男の浸食など、土壌の微生物未満の不純物として拒絶が完了された壁の機能であった。
「なんだこの……なんだよ。ふざけるな、開けろ。おれだぞ! ガルド様だぞ。カイはおれの仲間なんだよ!」
彼は自身の剣を大上段から見えない断層へ何度も叩きつけた。
だが火花一つ散ることもなく、力学的な反力を三倍にして返される結界の反弾によって、彼の手の中にある自慢の剣は粉々に粉砕して風に消えていった。
柄だけを握りしめ、両手首の骨を脱臼させた男は、その泥濘の前で血と雨にまみれて絶望の有様を描き出すようだった。
遠く緑の奥。
カイが何気なく作物の様子を見るために農具を手にして現れた影が、ほんの小さく見えた気がした。
ガルドは肺の空気をすべて使い切って声の限りに叫び、助けを要求しようとする。
だが声音は不可視の結界の前で虫の羽音にも満たない波長へとすり潰され、全く届く気配もない。
当然だ。
神域で開花の喜びを楽しむ日々の営みに、外界のひび割れた不浄が干渉できる道理など一つもないのである。
「カイ……。お前なんかいなくても……おれは……」
虚無を見つめるように瞳孔を開き、彼は背後に潜む森の住人である飢えた牙の群れが自らの影へ飛びかかってくる直前。
最後に見た美しすぎる光景の中で失神へと落ちていった。
追放という刃を他者に向けた者は、自慢にしていた自己の手札が実はすべて借り物だったという冷や水のような清算によって、ひっそりと舞台の裏側から永久に消え去ることで一つの決着を済ませたのである。




