第8話「一晩で創造された楽園」
夜間の深い闇が大地を広く覆い尽くす中、カイたちは買い取ったその地で見つけた崩れかけの塔の直下を野営場所としていた。
星々が無数にまたたく上空の鮮烈さは、王城の高い石壁の中では決して目にすることのできない光景であった。
少し多めに撒き散らされた種は、カイの手によってただ土の下へ浅く埋められただけの初歩作業だが、彼にとっては自分の所有地への愛着を湧き立たせる最高の一歩である。
深夜の静寂の中、ルシアは焚き火の近くの小さな毛布の上で穏やかな寝息を立てていた。
そんな彼女を起こさないよう配慮をつなぎつつ、カイはひとり暗がりの中で古い角石をいくつか拾い集める。
「やっぱり寝る場所が何の意味もない壁一枚じゃ風を通しすぎるな。少しだけ土壁代わりにしておこうか」
集めた石を並べ、土を上からまぶすように重ねただけの低い四角の陣。
彼はその作業を終えると、視界の上で再びシステムの表示画面を起動させた。
建物の耐久力を示す強度構築のステータスがそこに浮かんでいる。
カイとしては冷たい隙間風を和らげるため、風よけの数字を限界まで高く設定し直すつもりでいた。
だが思考の中で彼の下した調整は、すでに一般法則の建材の概念を遠く突き抜けたものだった。
風を弾き、熱を滞留せず適温を保つ構造体への強制介入。
さらには地面そのものへの魔力連結指示までもが、自然な家づくり手伝い機能という名の勘違いのまま反映された。
その変更が適応された途端だ。
音もなく。
地面が重さそのものを置き直すような低周波のうなりが地下から立ち上った。
カイが重ねたのはただのいびつな岩肌の二段積みの列だったはずである。
だがそれに同調するように土中から隆起した高純度の鉱石や硬く精錬された魔成の木質化現象が、まるで生き物のように編み込まれ外周を一挙に組み上げていく。
彼が二歩下がってその壁の行方を確認するまでに。
そこには見栄えの美しい艶のある巨木の柱と純白の石肌が完璧な比率で絡まり合う、巨大な装甲家屋、あるいは堅牢な小さな山の城郭と呼べる次元の要塞が一瞬にして建設されたのだ。
「あれ。ちょっと石を補強しただけのはずだったんだけどな」
一抹の首のかしげ。
だが、疲労もなく風がしのげるなら少しばかり便利すぎる機能でもいいかと彼は思考の箱を小さく締め直す。
自分の横でルシアが起きてしまわぬうちに、彼女ごと毛布を大事に抱きかかえて完成したばかりの暖かな床の上に静かに移動させた。
広すぎる室内には灯りがなくても大自然のマナが壁から淡い燐光を優しく送り出し、極上の静けさを確約している。
彼は部屋の隅の柔らかい素材に寄りかかり、目を閉じて深く安堵のため息をこぼした。
数時間後、東の空が少しだけ白んで鳥のような魔物が遠鳴きをする時期。
目を覚ましたルシアの視界に飛び込んできたのは、昨日まで自分たちがいた荒れ果てた野外の残骸ではなかった。
美しい彫刻じみた天上からの光。
そして、外の戸を開けた途端に肺を埋め尽くした、強烈なまでの生命への活力だった。
「カイ……。これは、どういう」
半身を身震いさせながら、彼女は戸の外へ足を一歩進める。
荒野という言葉があった土地はすでにどこにもなくなっていた。
カイがほんのわずかに種を巻き、土を指でなぞったその平原一帯が。
文字通り濃緑の波となってうねり、足の甲までしなやかに成長しきった美しい緑草と穀物の葉がどこまでも延々と生い茂っていたのである。
大気中の過った魔力ではなく、星全体が彼という一つを満たすために全精力を一律につぎ込んだ上位の世界線の中だけの箱庭。
朝の露が弾けるたびに、それが高品質の秘薬にも匹敵する清涼な治癒の波をルシアの肌へ擦り込んでいるのがわかる。
毒や呪いどころか、数キロ先に漂うあらゆる干渉を退ける不抜のエデンの中枢だ。
たった一晩。
彼がただ少し寝やすくしただけの結果がこれなのだと彼女は頭の回路を停止させてひれ伏すしかできない。
少しして、家屋の奥から伸びをしてカイが出てきた。
青々とした波打つ畑を前に、満足気に眉を和らげて両手を腰に当てている。
「すごいな、ここの土壌。栄養ある成分に少し変えただけで一夜でこんなに芽吹くなんて。やっぱり農業に少し適性があった証拠だな」
「ええ。あなたが望めば、神でさえひざまずいてその慈雨を降らせるに決まっております……」
熱を含んだ潤いの眼で心から崇拝を述べるルシア。
「いやいや。神じゃなくてただの肥料の知識だよ。それより朝ごはんにしよう。昨日持ってきた保存食もあるし、この辺りの葉っぱも少しつまめばいい味がしそうだな」
カイの軽やかな返答が、彼がいかに自分の行使に無自覚であり続けているかの裏付けとして朝の風の中に溶けていく。
かくして、放棄された地平の彼方に巨大な生命の本山が出現した事実。
それがやがて世界の様々な枠組みを惹きつけ、破壊し、そして治めるための一日目の始まりを迎えたのである。




