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追放された荷物持ちの無自覚な世界改変。荒野を耕していたら、いつの間にか魔王も平伏す楽園が完成していた  作者: 黒崎 隼人


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第6話「ギルドを揺るがす最高昇級」

 午後特有の赤い陽射しが、リグドールの街中を長く鋭い影の線で切り取って分断していた。

 ギルドへと帰還したカイとルシアは、討伐対象の巨体が丸ごと気化してしまったため証拠となる部位を持ち帰ることができなかったが、地下奥深くから回収した高熱を帯びる深層岩石の巨大な破片をカウンターに置くことで報告代わりとした。

 ギルドのホールは、昨日までカイをいぶかしく感じていた喧騒から様変わりし、異様なほど張り詰めた静寂と周囲からの痛いほどの視線の集中に支配されていた。

 大の大人が何十人で束になっても攻略に一ヶ月を要すと言われた迷宮を、たった二人の新人が日の入り前に無傷で踏破したなどという事実は、彼らが今日まで培ってきた常識という枠への明確な冒涜であった。

 受付側の席からは、昨日魔眼の身分証を手渡してくれたばかりのギルドマスター、レオンが音を殺した歩法でこちらへと近づいてきていた。

 彼の右手の指一本には微細な震顫が走っており、眼光のみをギリギリの冷静さで保って二人の姿を収めている。

 カイが一歩引こうとする気配よりも早く、歴戦の達人であるレオンは直角に腰を深く折り曲げる姿勢を取った。


「その岩。あの主が巣食う核の地底でしか生成されない岩脈のもの。それを無傷でもぎ取ってきたのだな。早急なる仕事、敬服に値する」


「いや。たまたま道も空いてて迷わなかっただけだし、連れの魔法が一撃で掃除してくれただけで俺は何の実績も出していないよ」


 謙虚というよりも、本気で本心からそう漏らしているだけの口調が、かえってレオンの心奥の内にある自己防衛本能を苛烈に逆撫でした。

 昨日、試験官が一瞥の力すらなしに内側から崩落させられた場面を見させられてから、彼の理解力は目前の青年を災害指定の一種としか解読できなくなっていたのである。


「謙遜は時の中では意味をなさぬ。お二人のギルドでの扱いは規定を飛び越え特例の白金上位級までの引き上げを本審査なしで私が許可しよう。今後のいかなる束縛も、お二人に適用されることはない」


 ギルドマスター自らが最上位の存在としてかしずいた事実を前に、背後で様子を伺っていた他の冒険者たちは口の中を限界まで開いたまま何一つの言葉さえ構築することができなかった。

 カイにとっては報酬金が予想以上に積み上がることで、今後の土地購入への元本が出来上がった程度の実感しか持てない。

 渡された真新しい貨幣の重みが入った麻の袋を首から下げ直すと、彼はルシアへ向かって帰路へ着くことを目で促した。

 彼女は深くはうなずかず、当然であることを受け入れる高尚な身のこなしで彼の真後ろに静かにつき従い回転した。

 木作りの扉をすり抜け、彼らが街の北区画へ向かう暗めの路地裏に身を隠すように歩いていたときである。

 道の陰の中から、酒気がこじれたひどく不快な異臭と共に、数名の粗野な男たちが前方へ回り込んできた。

 前日にルシアへ嘲笑をあびせていた、万年下積みから脱せない落ちぶれたチームの生き残りたちである。

 彼らの手にはサビの散った幅の広い鉈や、手入れを怠った鈍りの短剣が揺れていた。

 金を得て特別な地位を手に入れた弱そうな女と連れの男への苛立ちが、理性を上回ってしまったのだろう。


「いい気になってもらっちゃ困るんだよ。どこの不正で上へ取りいったか知らねえが、こちとら十年間も這いつくばって――」


 男が刃物付きの乱暴な主張を完結させるよりも前だった。

 路地の周囲を取り囲む屋根の瓦礫が、凄まじい轟音とともに粉々に破裂したのである。

 月光をさえぎり、上空から質量をもって急降下してきた巨大な影があった。

 空気を引き裂きながら着地したのは、全身の皮膚から赤い蒸気を放出させ、筋骨だけを際限なく強化延長させた変異なる魔獣、四脚の黒豹種であった。

 防壁の外縁を越境し、住人の匂いに誘われて入り込んできた災害の一匹だ。

 路地を塞いでいた男たちの酔いは心拍の激しさによって一瞬で強制的に冷却され、目を見開いて膝から路上の泥の中へと崩れ落ちた。

 武器を手放した両手が信じられないほど細かく痙攣し、迫り来る強烈な捕食の意志から這って逃げることすら脳回路が遮断されていた。

 黒豹の変異種が血の匂いを好む本能のまま、転がる男たちよりも奥。

 立っているルシアとカイのもとを見つめ標的として筋肉を軋ませ飛び上がった。

 それは街の景色を一息で分断するほどの猛絶な跳躍であったはずだ。

 だが、カイの喉からすり抜けたのはただひとつ。

 ひどく迷惑そうな短い息と小さな呟きに近い拒絶のみであった。


「ちょっと邪魔だな」


 彼の視線が空中で静止した変異獣へほんの一瞬、ただ眼球の向きを定めたその瞬間であった。

 青年が行ったのは能力の行使ですらなかった。

 指すら動かさず、自身の網膜の中でその獣に付けられた存在保全の強固な構造方程式を、ただ埃を払うかのように視覚情報内で撫で消したに過ぎないのだ。

 世界そのものが、彼のその些細な感情の動きに対して完全な恭順を示した。

 猛烈なスピードと質量で襲い来る凶獣から、色、形、そして強靭な骨細胞の連携という存在証明が一挙に空の彼方へ没収されていく。

 時として無自覚な神である彼の意志の前に、いかなる万物の理と抵抗すら無意味な残響と散るしかない。

 大気の上で、魔獣は断末魔の一滴や抵抗する熱血の飛沫さえも残すことを許されなかった。

 そこにあったというただの意味合いのみが空間ごとごっそりと消去され、黒い灰にすら還元されない透明な風の通り道へと完全に置き換わったのである。

 それは、暴力を以て対決する次元を置き去りにした、あらゆる意味での終息の強引な決定権であった。

 あとには夜風が虚空から抜け落ちて通りすぎるしんとした音だけしかない。

 直前まで男たちの顔面に迫っていた死因が、何ら痕跡も残さずになかったことになっている現実。

 転がったまま膝をすりむき這いつくばっていた冒険者たちは、顎を下ろし口から泡のような呼気を漏らしつつ、眼の前で誰の身振りもなく神罰を見下ろしている青年の顔から永遠に視線を外せなくなっていた。

 彼らはもはや言葉を発することもできないほど内なる精神をすり潰されて動けなくなっている。

 カイは特に気に留めることもなく、道が開けただの偶然の恩恵だと自らの認識内で強引に結露させつつ足を動かし始めた。

 背中側についてきている少女を守る立ち位置になりながら、路地の出口の方角を見据える。

 路面から拾い上げた小石を蹴り飛ばしつつ語りかける声帯のリズムは、凄惨さなどまるでない安らかな温度を携えていた。


「とりあえずこの資金があれば、誰からも文句を言われない遠くの荒野の土地を丸ごと買って開拓の拠点になれるな。ルシアも土いじりは嫌いじゃないだろう」


「ええ……あなたが私へ命じてくださる地であれば、どこであっても」


 少女の微笑みには、先ほど見た恐ろしい事象の消去に対する恐怖の感情などこれっぽっちも干渉していなかった。

 すべての超越する強さは、ただ優しさのためにある。

 その真実のみが彼女の体温を永遠のぬくもりで肯定させているからだ。

 彼らはそのまま静寂を取り戻した石だたみの外れに向かい、ただ二人だけの確たる明日を地続きに歩き続けて風の中に消えていった。

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