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追放された荷物持ちの無自覚な世界改変。荒野を耕していたら、いつの間にか魔王も平伏す楽園が完成していた  作者: 黒崎 隼人


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第4話「万年見習いの天才魔導師」

 ひどい自損事故を間近で目撃してしまったという後味の悪さを胸の奥へしまい込みながら、カイはギルドの広いホールへと足を戻した。

 裏側での壁破壊騒動について、周囲の数名から訝しげな視線を軽く投げられただけで深刻な追求の手が及ぶことはなかった。

 設備修繕のための臨時停止という口実で数十歩ほど椅子に座らされた後、数分前まで血相を顔面から失わせていたレオンの手によって、なぜか最高品質の魔眼認証が施された本登録済みの真新しい輝く身分証を恭しく渡される運びとなった。

 古い身分証の時代から一度も到達しなかった最上位の紋章が刻まれた不思議な重みを感じながら、カイはそれを腰の防湿帯の奥底へ滑り込ませた。

 彼が建物の出口へ向かいながら、すぐ近くにある魔獣依頼の多数張り出された大きな木の掲示板へと何気なく顔の角度を向けたときである。

 低い野次と意地の悪い感情をたっぷり孕んだ中傷が、淀んだ酒場のような空間の一部から嫌悪感をまき散らすように低音で放たれていた。

 横に長い中央テーブルの端を陣取った柄の悪い男たちの集団が、一つ置かれた手前の空き椅子にただうつむき続けるだけの少女の方向に向けて視線と非難を放ち続けている。

 そこには淡々とした銀色の直毛を背中まで垂らした小柄な少女が一言も語らずに身を硬くして縮こまっていた。

 簡素で色味のない灰色の布製ローブ。

 袖口の部分がひどく解れており、彼女の経済状況が決して楽な道筋を辿っていないことが微細な部分から痛いほどに伝わってくる。


「いつまで目障りな顔を下げているつもりだ。そんな泥の集水路みたいな体質のままじゃ、そこらのドブネズミ一匹だって燃やせないだろ。大人しく街はずれで枯れ木でも拾っていればいいんだ。頭の奥に行き場のない魔力を無駄に溜め込んでおきながら一つも外に出せない狂いかけの道具なんて。ただ一緒に巻き込まれて死にに行くだけの欠陥品だ」


 男たちの嘲笑を含んだ罵倒が広場の隅まで汚水のように広がり続ける。

 少女は薄く形の良い桜色の唇をさらに内側へ強く巻き込んで血の気を失わせている。

 彼女の小さな肩が、堪えきれない数多の悔しさを自制する反動でひどく小刻みな震えを伴っていた。

 光を通した美しい睫毛のふちには、抑え切れない水晶のような水の膜が完成される寸前のままである。

 カイの歩幅は思考よりも先に彼女の真横方向へ滑り出すように踏み込まれていた。

 無理解な多数派による一方的な能力の断定と迫害の様子が、少し前の彼自身を締め出してきた連中の顔の筋と痛いまま見事に合致したのだろう。

 彼は少女の横から見下ろす威圧を作らないよう、すぐ近くにあった別の丸太椅子を手で手繰り寄せて彼女と垂直になる同じ目線の高さまで腰を下ろした。


「ずいぶんと騒音を生み出すのが好きな連中が多いな。ずっと一人でいるのか」


 不意に、今まで投げつけられてきた声とはまったく違う柔らかさと湿度を持った声音が傍らを満たしたことへ驚いたのか。

 少女は微かに肩を跳ねさせつつ、横でしゃがみ込んでいる見知らぬ青年のほうへ顔を向けた。

 赤い縁を痛々しく帯びた紫色の綺麗な瞳であった。

 無遠慮に傷つけられることを未だに恐れ続ける小動物が観察するように、青年のおだやかな線の引かれた整った相貌をじっと見比べている。


「あ……はい。私のことは、ずっと……誰からも必要のない存在として弾かれてきましたから」


 涙の粒を落とすように少女が発した自らの答えは、どれだけ沈黙の期間が長かったのかが伝わるほどに喉の奥が乾涸びたかすれに満ちていた。

 彼女自身が自己の弱さを否定しきれていないかのように膝の上で布地を細い手のひらで固く握り締める。

 その手が小さく上下する動作が切実な事実を静かに雄弁に代弁していた。


「私、生まれつき身体の内側に秘めている魔力の総量だけは常識の範疇に入り切らないんです。ただどうしてもうまく経路を通って外へ送り出す管の部分の機能が一カ所も流用できないままでして。どれだけ簡単な点火の言葉を唱えて回路を整えようとしても、途切れた場所で熱が行き場を失って自分の体を焼くばかりなのです」


 初対面の見知らぬ男に対してまで堰を切ったように本心が洩れたのは、先日の彼が微塵も軽蔑の視線を知ろうとしなかったからかもしれない。

 カイの視界の中にのみ特殊な法則が形を与えられつつあった。

 青白い冷気のような枠線で四角く切り取られた情報の枠組みが、彼女自身の輪郭に沿って並はずれた文字数で表示展開されている。

 彼女の状態を説明している項目群の中に魔力経路の運用度というひどく圧迫された赤黒い行を見つけ出した。

 文字列の数値はごく薄い色合いのままで閉鎖停滞という深刻な意味を表示し続けている。

 大きな川にそびえ立つ防波堤が隙間なく閉ざされ、後方から押しかける激流水をひりつくほどに耐えている状態。

 そんな光景が自然と推察できる。

 カイの感情には特に崇高な他者への干渉の意図もなかった。


『なんだ、流れの部分に大きな老廃物の栓が詰まっているようなものだろうか。少しだけ通り道の通りを良くしてやろう』


 彼は無意識のうちに誰の目にも見えないまま、空間へと親指をわずかに触れさせた。

 下部に停滞し続ける数字列の赤い警告へと優しく押し当て、重厚なくすみを取り払うような滑らかな上への挙動に沿ったなぞりを行う。

 ひび割れた閉塞の文字枠のすべてが消滅し、新たな上限への指定数値が無音で上書きされた。


『一〇〇%最大稼働への恒久解放』


 彼の手の中だけの認識で書き換えの実行が決定された直後であった。

 ギルドの薄汚れた空気の澱みと、遠くで続いていた外野の罵声や物音を巻き込んで大気そのものが中心点から強制的に排斥を食らった。

 室内の風向きが一気に下から上へと強い渦を引きおこし始めたのだ。

 急激な気圧の変化に伴う振動が、彼女が座っている椅子を中心点にして室内にいる全ての者たちの足裏へ震動として叩きつけられた。

 男たちは何が起きているのか顔を青紫に変色させ口をだらしなく半開きにして絶句の姿勢を取っている。

 当の少女自身のみが自らの身体への理解の領域の跳躍に、信じられない驚愕を見開いていた。

 自らの中の指先の隅から臓腑を取り巻く中枢の欠陥部まで。

 すべてに行き場をなくして圧力を滞らせていた高純度な力が熱風となって何の遮りもなく縦横無尽に流れ出している。

 分厚い鋼鉄の壁となっていた魔力の隔壁が最初から存在しなかったかのように綺麗に取り払われ、内側を満たす無限の光が毛根の先まで行き渡るゆるぎない統制の喜び。

 胸の奥から響き渡る痛みがすべて温かな魔力流への変換へ移行する心地よさだった。

 激しく喘いでいた肺葉の中に美しい空気が澄み渡っていく。

 彼女は自分の手の位置にある五本の指の震えを見つめながら身体中の力が生首のように開放される歓喜への感涙を溜めるだけしかできなくなっていた。


「だいぶ滞留していたものが減ったんじゃないか。少しは血行の流れが整って冷えはマシになっただろう」


「血行……それだけのことでは。私の経路を締め付けていた呪いにも等しい障壁が完全に嘘の世界みたいに全て」


 歓喜ゆえの嗚咽も混じって声が震えを帯びて鳴っている。

 カイは彼女の肩口に自分の手を軽く這わせて力づけるようにうなずき、彼自身が見たばかりの裏の修練場への太い支柱をあごの向こうへ指し示した。


「溜め込み続けて熱くなっちまったものの後処理ならあそこで何か放り投げて少し発散させるといいさ。いくら大きな壁を壊しても誰も何も言わないから安心しろ」


 おぼつかないまま何度も首を振ってはうなずき、彼女は幻の中で舞踏する姫のように足を踏み出し裏手へと通じる木の扉を押した。

 カイはその後ろを護衛のように静かに付いて行く。

 風の吹き込む広い裏の訓練場には、遠くにそびえ立つ数十もの背の高い硬岩が連なっている。

 少女が小さな足を踏み出して左胸に手を押し込むように触れた。

 膨大になりすぎた力を引き出すのにこれといった長い工程は必要なく外に出すことのみへ向けて願いを出した。

 指の先が宙へ差し伸べられる。

 極細い声のような短い魔法の構築から始まるか始まらないかのときである。

 彼女の周囲に複雑で美しい円形のルーンがいくつも重なって発現し、空間の中で無音の膨張を急速に限界まで到達させた。

 極寒を溶かし尽くすような超光熱。

 本来は数人の最高位魔導師がいなければ維持すら不可能な高密度魔法の一撃が完全なるコントロール下で前進を命じられる。

 白熱を持った巨大な熱風の塊が閃光となって直線を爆発的に食い尽くし駆け抜けた。

 標的となる三つの剛石を含む山際までのすべての光景の直線上の物質が、一瞬で熱に溶け落ち、跡形もなく空気に置き換えられて消滅したのだった。

 はるか上の空を流線で塞いでいた水色の大きな雲すらも不格好な半月状へえぐるようにして削り消されているのがわかる。

 焦がされた地面から香る重たい熱の残り香の中。

 魔法の後遺症など存在しない全開放を成し遂げた少女は一歩も後ろへ弾かれず、その桁外れな力行の解放感のままへたりと座り込むように両の手で顔を抑えた。


「こんな魔法が、私の中だけで抑え込まれて。全部思うように飛び出してくれたなんて」


 熱の余韻に乗せられて流れるとめどない水玉が、土の上へ音もなく落ち込んで彼女の頬を温かく輝かせた。

 彼女の眼の前はすでに先ほどの魔法の跡地などなく。

 ただ自分に振り向いて見せないまま人生という最大の業を取り払ってくれたあの青年にすがることしか見えず、少女は体を捻って彼の裾に小さな手で力を思いきり込めて拝み下したのである。

 これが自分自身の一切を彼の永遠として捧げる忠誠の誓いが胸の奥深く焼き付いた決定的な最初であった。

 だが当のカイ本人は。


『簡単なマッサージを施した程度なのに。あそこまですぐに巨大すぎる魔力を打てるなんて本当に天才肌の努力家だったんだな』


 自分の行為への責任を一切外側へ追いやった思考を漂わせてその柔らかな髪をなで続けるのだった。

 こうして二人のあまりにも噛み合わない規格外の新たな出会いは無秩序な世界の一部分を綺麗に見えざるまま完備していった。

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