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追放された荷物持ちの無自覚な世界改変。荒野を耕していたら、いつの間にか魔王も平伏す楽園が完成していた  作者: 黒崎 隼人


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第14話「世界の規格を書き換える者」

 星空が幾重にも美しい天球儀の文様を書き連ねた真夜中になっても。

 開拓地の熱を帯びる生活音は安らかさを維持したままであった。

 魔王フェルリスは自分の国へ引き返すことも、カイへの刃を再び研ぎ直す気概さえ完全に失われていた。

 彼との出会いが彼女にとって唯一の魂の帰還場所となってしまったのだから。

 夕食の片付けを手伝おうとまめまめしく食器を運ぶ彼女に対して、ルシアは少しだけ魔法使い特有の排他意識を垣間見せつつある牽制を放っていたものの。

 カイが無造作に二人で手伝ってくれると大助かりだと言った一言で二人の女たちは完璧な協力体系をお披露目して台所仕事をこなしてしまった。

 世界の中枢を変えるほどの者たちが三人、ただ日常の中にある雑用を回している光景は星の目線から見れば喜劇そのものの箱庭となっていることだろう。

 カイは夜の静かな微風にあたりたくて、自分たちの作った豪華すぎる邸宅の広く長い庭木の回廊近くまで歩み出ていた。

 振り返ればそこには王城ですら到達しえない強固で美しい白石の居館がそびえ、遠く前方を見降ろせば百を超えるテントと常設の商人たちの市場の灯りが星と対岸のようにきらめいている場所。

 ほんの一週間少し前まで、不要な荷物持ちとして片隅へ突き落された泥水の記憶さえ残っていたはずが、手にした一つの能力の拡大解釈によってここまで自分にとって居心地のいい生活拠点に拡大した。

 自分の左耳元に漂うシステムの小さな表示領域を彼はもう一度指の第一関節を使って優しくはじこうとした。

 しかし、これほどの無傷な日常を手には入れた以上、他者の数字や空間の法則をいじるという名目の農作業の手間さえ。

 もはやそんなに頻繁に行う必要はどこにもないように感じていた。

 これ以上変えるべき足りない部分など生活の中に一つも見当たらないのだ。

 回廊の中心へ足を一つ降ろし。

 彼がふと空見上げるより前に。

 邸宅の方角から二人の女の子たちが連れ立って小回りの良い足でかけてやってきたのであった。

 ルシアの薄く編まれた銀の髪の列が月光に透き通るような白へ転写され、フェルリスの上等な深淵の衣服もこの平原へと根付いた一つの小さな町の装飾として美しく馴染んでいる様子が彼の目を細めさせたのだった。


「カイ様。冷え込まれる前に戻られますようと思いまして上着を持ってきました」


 ルシアの手から渡される生成りの外套を肩口にありがたく引っ張る。


「ありがとう。ちょうど外にいて、こんな何もない荒地からよくここまで人が住めるほどの環境に整ったものだと遠くから見て感心していたところだったんだ」


 そうこぼす彼に向かい。

 横に小さな歩幅を持って進み出たかつての魔王は心から安堵した深い祈りの手を彼へ返しのべる。


「あなたがいれば、このただの土地はもともと持っていた規格の外側。もう誰もが戦わなくて済む真の世界の玉座にすりかわったの。……私も、二度と遠くの玉座の冷たい椅子へ帰ることはないわ」


 フェルリスはその身をすっかりこの地への永遠の忠誠とともに落着けることを言葉通り決意した一言だった。

 人間界の一切の魔との争いが、この数日の畑の開墾によって人知れず停止の刻印を打たれたということを青年に一切理解させることないまま響しませてである。

 この土地の法則と繁栄。

 すべての事象干渉をも無視して行われたシステム越え。

 ルシアが一歩前に前進して彼の厚い右の腕を両手から抱え込むように頬を寄せつけた。

 少し温度の高くなった自身の視線を彼の整った横顔へ送り続ける。


「ここからが、始まりのすべてですね」


 小さな声音だが、世界の底にある中枢の承認をも巻き込んだ確たる宣誓に聞こえたのだった。

 カイは彼女たちの真の重さへ対する尊敬など知らず。

 ただこれからも少しずつ開墾への畑を作って自分でお手伝いを続けていけば、もっと穏やかに暮らせるかもしれないといった、素朴きわまりない明日への勘違いを固めたまま、やわらかく星の一面と笑い返したのだった。

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