偉そうな4日 ≪遥か彼方の君≫
冷たい水と熱い炎、枯れた木々と強い光が交われば、きっと何もかも消えてしまう。だから多分、私たちは近づけないのだ。
偉そうな4日 ≪遥か彼方の君≫
朝になると、一台の最高級セダンが校門の前に滑り込む。政府から派遣された職員たちが素早く車を降り、慣れた手つきでレッドカーペットを敷いた。それはみずえにとって、当たり前の日常。みずえはカーペットの上を歩き、校門をくぐる。
「わっ、みずえちゃんだ!」
「ほんとだ、可愛い~!」
「お姫様みたい!」
「魔法少女だから、勉強しなくても進学できるんでしょ?」
「魔法少女になるのって、すごく大変らしいよ?」
「やっぱりすごいなぁ」
「でも、他の魔法少女は普通に歩いて登校してるよね?」
「みずえちゃんが一番すごいからじゃない?」
通りすがりの子どもたちの会話に、サンは露骨に不満を露わにする。
「朝からうるさいね」
「落ち着いてよ、サンちゃん」
そらが苦々しく笑う。
「だってさ。あいつのせいで、『魔法少女って高級車で登校するんだ』って思われてるじゃん。魔法少女じゃなくて、どこかの国のお姫様かよ」
「みずえちゃん、目立つの大好きだもんね」
「それはそうなんだけど……」
サンは不機嫌そうに頬を膨らませた。その時、サンの友達がぽつりと言う。
「放っとけば? どうせ私たちとは、あんまり関わらない相手だし」
サンの表情はみるみる明るくなり、春の日差しみたいな笑顔が戻る。
「それもそうだね」
別行動というか、魔法少女たちは皆ばらばら。同級生であっても、休み時間に集まることさえない。昼休みになれば、それぞれ仲のいい子と机を寄せ合って給食を食べる。例えば――
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「みずえちゃーん!」
「一緒に給食食べよう!」
二人の女子がみずえの席に近づく。その光景を見て、サンは呆れたようにため息をついた。
(あの馬鹿の隣でご飯食べるなんて信じられない……)
みずえはため息の音を完全に無視しながら答える。
「私、最近ダイエットしてるんだ。だから今日は何も食べずに縄跳びしようと思ってたけど」
「そ、そうなの?」
「まあ、少しくらいなら付き合ってあげてもいいかな~」
「本当?」
「超うれしい!」
二人は感激したように目を潤ませた。それを見て、サンは鼻で笑う。
「友達なのか部下なのか、分かりにくいね~」
「サンちゃん、声大きすぎ……!」
「いいんだよ、べつに」
サンがみずえを睨む。みずえも負けじと睨み返した。
「無視しようよ、みずえちゃん」
「きっとみずえちゃんに嫉妬してるだけ」
「そうそう、うらやましいから!」
その言葉を聞いて、サンは勢いよく立ち上がる。
「まさか、あんなお姫様ごっこに私が憧れてるとでも言うの!?」
「はぁ? 今なんて言った?」
「あなたなんか全然うらやましくないって言ったんだ!」
「二人ともやめなさい!」
そらが慌てて割って入る。ふと気がついた二人は、周りを見回す。教室中の視線が二人に集中していた。
「……ふんっ!」
「ふん!」
二人は同時に顔を背け、それぞれの席へ戻っていった。
(うるさい……)
しおりはイヤホンを耳に差し込んだ。すると、子どもたちの声が遠ざかる。音楽が雑音を遮断する。何もかも消えた世界で意識を本へ向ければ、憧れの小説の主人公だけが残った。
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その日、四人は政府広報CMの撮影のため、学校を早退した。撮影スタジオへ向かう車の前に着いても、サンとみずえはまだ仲直りしていない。
「……乗れ」
国家公務員が短く言う。
「はい」
そらとしおりが先に車に乗る。その後ろで、サンとみずえは睨み合ったままだった。
「光と水は乗らないのか」
公務員の質問を待っていたみずえが、素早く口を開いた。
「あいつの隣じゃいやなんです」
「は?」
サンの目元がぴくりと痙攣する。サンを振り返ったみずえは、まるで教室に入ってきた蠅でも見るような顔をしている。
「ちょっと! 私だってあんたの隣なんか嫌なんだけど!」
「先に乗れば済んだ話でしょ?」
「そっちこそ、なんで乗らずに睨んでんのよ!」
「喧嘩売ってるのはあなたでしょ!」
「いいから乗れ」
冷たい声が飛んでくる。二人は不愉快そうに車に乗った。残念ながら、同時に。
「いたっ!」
「ちょっと!」
肩と肩がぶつかり、二人は顔をしかめた。
「なんだ、今の!」
「そっちこそなんなのよっ!」
「乗らないのか」
「乗ります! 乗りますよ!」
「ま、待ってくださいっ! すぐ乗りますので……!」
予想通り、二人は再びぶつかった。一人のために開けられた車のドアに、二人で挟まれている。一人ずつ乗れば何の問題もないのに、決して譲ろうとしない。無理やり車の中に押し入った二人は、疲れたような顔をしていた。
「……出発する」
国家公務員の命令で車のドアが閉められた。目的地に着くまで、みずえとサンはずっと睨み合っていた。
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魔法少女たちが衣装に着替えている途中、スタジオの向こうから甘い声が聞こえてきた。
「こんにちはー!」
「Hot☆Chocoでーす!」
「きゃああああああっ!」
失神寸前になったみずえは、声まで上ずった。ずっと夢見ていたアイドルとの出会いなんて信じられない。だから両手で口を押さえ、足で何度も床を踏み鳴らす。その声が大きすぎて耳が痛くなったしおりは、そっと耳を塞いだ。
「おや? 水の子かな?」
「は、はいっ! 私のこと知ってますか!?」
「もちろん。この国を守る魔法少女だろ?」
親しげに声をかけてくれたHotに、みずえは感激の涙を流した。倒れそうになる意識を必死に繋ぎ止める。
「Hotさんに、わかってもらえたなんて、私、嬉しくて……!」
「何言ってるのよ、あなた。あの芸能人と知り合いでもなんでもないくせに」
そんなみずえを嘲笑ったのは、もちろんサン。
「サンちゃん、しーっ!」
「は? 私、なんにも悪くないけど?」
「悪いとか悪くないとかじゃなくて、ここはスタジオだから静かにしないと」
おとなしいそらの言葉を聞いて、Hot☆Chocoの視線がそらへ向く。
「あっ、君が炎の子?」
「あ、はいっ!」
「リーダーっぽくてかっこいいな」
「リ、リーダーって……」
「レッドはリーダー! リーダーはレッド! そう決まっているのだろう?」
Chocoが軽く握りしめた拳を突き出した。いたずらっぽいChocoに、そらは困ったように笑った。
(時間の無駄……)
しおりは座る場所を探したが、簡単には見つからない。諦めたしおりは結局、床にしゃがみ込んだ。ランドセルから英語の科学雑誌を出したしおりは、真剣な顔で文字を目で追う。
HotとChocoがそらと話している間、みずえはどうしても自分にも注目してほしかった。爪を噛んでいたみずえは、二人の間に割り込んだ。
「実は私、Hot☆Chocoの大ファンなんです! よかったらサインを――」
「すみません」
サンが不機嫌そうに手を挙げた。
「撮影って、いつ始まるんですか?」
「ちょっと、失礼でしょ!」
みずえが怒る。
「いまの言葉、あなたにそっくりそのまま返す」
「なっ!」
「もう、やめなさいよ!」
怒りをむき出しにする二人の間に、またしてもそらが割って入った。
「今日は喧嘩しに来たんじゃないよね? ちゃんと広告を撮れば、見てくれた人たちも、私たちを信じて頑張ってくれる。私はそう信じてる!」
だけど、そのキラキラした理屈は眩しすぎて、また目立ってしまった。
「おおー!」
「さすがリーダー!」
HotとChocoがそらへ拍手を送った。
「いや、そんな……」
当然のことをしているのに褒められてしまったそらは、かなり慌ててしまった。だって、いまのそらに一番大事なことは騒ぎを収めること。なのに話すたびに騒がしくなりそうで、どうすればいいのかわからない。
(あいつ、自分だけいい子ぶってる……!)
人気を独り占めするそらを見て、みずえはイライラする。どれくらいかと言えば、「今すぐ目の前から消えてほしい」と言いたげな視線を送るくらい。そんなみずえをよそに、Hot☆Chocoはそらを褒め続けた。
(なんか居心地悪いな……)
そらはみずえの視線にすぐ気づいた。
(撮影、無事に終わるかな……)
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「カット!」
そらの予想通り、撮影は難航していた。みずえはずっとHot☆Chocoの近くをうろうろし、しおりは夢でも見ているようにぼんやり立っている。何度撮り直しても状況は変わらない。
「休憩入りまーす!」
その声を聞くや否や、みずえは一直線にHot☆Chocoのもとへ駆けていった。
「あ、あの! お時間ありますか?」
「残念だけど、控え室は男女で別なんだ」
「しばしのお別れだよ、マイレディー」
「マ、マ、マイレディー!?」
みずえの心臓が爆発しそうになった頃には、Hot☆Chocoはすでに男子控え室へ逃げ込んでいた。そんなことにも気づかず、みずえは幸せそうに笑い続ける。女子控え室へ戻るまでは、ね。
「ちょっと、樹色!」
座り込んでいるしおりに、みずえが近づいた。みずえには使命がある。ぼうっとしているしおりを正気に戻す使命が。そうすればきっと撮影から解放される。なにより、撮り直しで疲れているHot☆Chocoに褒められる。おかげさまで助かった、と。
「ちゃんとしなさいよ。あんたのせいで撮り直しばっかりじゃん!」
雑誌を読んでいるしおりには、撮影なんてどうでもいい。だから返事なんかしない。みずえが何もかもをしおりのせいにしても、無視すればいいから。
(なんだ、あいつ。樹色に八つ当たりして!)
学校でも、車でも、スタジオでも。今日のみずえは、とにかくサンの癪に障った。まるでサンの機嫌をつま先で蹴飛ばすために生まれてきた悪魔みたい。
「お互い様じゃないの?」
だからサンは、親しい相手でもないしおりの代わりに、今日だけはみずえに立ち向かってあげる。
「芸能人にべったりしてるの、かなりみっともないのよ」
「こら!」
みずえが爆発した瞬間、ペットボトルの中の水が大きく揺れた。水の少女の魔力が揺らいでいる。
「この私が、みっともないだと? ふざけないで! もうHot☆Chocoは私にメロメロだから!」
「へぇ、そうなんでちゅか?」
サンは呆れたような目でみずえを見下ろした。その目つきが耐えられなかったみずえは、控え室を飛び出した。
バタン!
乱暴に閉まったドアに、全員が顔をしかめる。
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「誰が張り付いてるっていうのよ! 私はHot☆Chocoの最愛の魔法少女なのよ!」
みずえは廊下を歩きながら、ぶつぶつ文句を言う。たぶん、その時だった。男子控え室から、はっきりと悪口が聞こえてきたのは。
「最近のガキって、めちゃくちゃうるせえんだな。俺らがガキの頃は、あんな面倒なキャラじゃなかったけど」
「世紀末だし、時代が変わったのかもな」
「特にあの水の子。ずっとくっついてきて迷惑なんだよな。水ならクールでいろよ!」
「自然の子だって、ボーッとしてNG連発。見てるこっちまで疲れるわ……」
両手が震えてくる。この感情の名は、怒りなのか、悲しみなのか、それとも恐怖なのか。
(私が、迷惑……?)
唇をかみしめたみずえは、悪夢から逃げ出すため、早足で女子控え室へ戻った。乱暴に開かれたドアが、みずえの意志を代弁した。
「ほら、光! 全部あんたのせいじゃない!」
「いきなりなんだよ」
「あんたのせいで、Hot☆Chocoに私たち全員が嫌われてるんだよ!」
「は? なんでそれ、私のせいなの?」
「あんたが、べったりとか言うから!」
「だから何?」
「そんなこと言うから、こうなったんでしょ?」
「落ち着いて!」
そらがソファから立ち上がった。立ちはだかるそらを、みずえは鋭い目で睨みつけた。
「確かにサンちゃんの言い方は間違ってる。だけど、今のとは全然関係ない!」
「そっか、あんたには関係ないよね! たくさん可愛がられて、愛されて、注目されてるから!」
「何の話――」
「自分だけ幸せになればいいよね! 最悪だわ!」
「待ちなさい、みずえ!」
次の瞬間、みずえは合言葉すら唱えず変身して、そのまま窓から飛び出し、空へ消えてしまった。しおりはそれを見送りながら、小さくため息をついた。
(いつ終わるんだろ、これ)
みずえが消えたせいで、撮影は中断。再開できたのは、かなり後になってからだった。
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魔法少女たちが撮影を続けている頃。国家公務員は人けのない場所で電話をしていた。
「はい。現在撮影中です」
スマホの向こうで不機嫌な声が響いても、彼はわずかに笑うだけ。
「よろしいでしょう、この程度のサービスなら」
男は窓の外を見た。撮影を続ける魔法少女たちの姿が見える。
「……どうせ、魔法少女の時代も長くは持ちませんので」




