偉そうな3日 ≪太陽は月に追いつけない≫
届かない。届いていない。
偉そうな3日 ≪太陽は月に追いつけない≫
西暦2999年になっても、休み時間は存在する。授業が終わると、子どもたちはクラスで一番人気のある子の周りへ集まり、目を輝かせる。短い休み時間を、少しでも有意義に過ごしたいからだ。
「ねえねえ、私ね! Hot☆Chocoのみんなと一緒にCMに出ることになったの!」
泉みずえは胸を張ってそう言った。大きな声が教室中に響き渡り、友達と遊んでいた子どもたちまで振り返る。
「えっ、本当!?」
「すごーい!」
(魔法少女全員で出るCMなのに、一人だけの手柄みたいに言ってる)
目を輝かせている二人の同級生と違って、樹色しおりは本から目も離さず、小さくため息をついた。
「じゃあ、みずえちゃんって、魔法少女で初めて芸能人に会う人になるんだ!」
「え? まあ、その……」
「みんなにも教えてあげよう!」
「ちょ、ちょっと待っ――」
「みんなーっ! みずえちゃんがHot☆Chocoと一緒にCMに出るんだってー!」
みずえが止めるより早く、友達の声は教室中に響き渡った。
「ええ……どうなの、サンちゃん?」
真っ先に反応したのは、日音サンの友達だった。
「まあ、嘘じゃないかな」
自己中で我が儘なみずえの言うことは信じられないけれど、サンの言うことならきっと本当。だから、よそ見をしていた風吹そらの友達まで驚いてしまう。
「CMのこと、本当に本当なの?」
「うん。私たち全員で公共広告を撮るんだよ」
「みんなで……?」
そらたちの話を聞いて、今度はサンたちがざわざわし始めた。
「それじゃ、サンちゃんも出るの?」
「うん」
「なーんだ。みんな一緒なんじゃん。別に大したことないんだよね」
誰かがつまらなそうに舌を鳴らした。まるで『時間の無駄!』と言うようだ。その一言を合図にしたように、みずえの周りに集まっていた子どもたちも、自分の席へ戻っていく。
(よくも恥をかかせてくれたわね)
みずえの手がぷるぷると震える。鋭い視線を向けられた二人の取り巻きは、顔を真っ青にした。
「ご、ごめん……」
「私たち、余計なことしちゃって……」
みずえは唇を噛みながら顔を背けた。二人は慌てて、みずえの機嫌を取ろうとする。
「でも、みずえちゃんの新しいドレス、すごく似合ってるもんね!」
「そうそう! 絶対いちばん輝いちゃう! お姫様みたいに!」
その様子を見ていたサンは、呆れたように鼻を鳴らした。
「なにそれ。ほんっと情けない」
サンの言葉に、友達もひそひそと同意する。
「だよね」
「公共広告なら、サンちゃんのお姉さんも関係してたじゃん?」
「違うの! ただCMソングを歌っただけだし!」
「あっ、そうだ! ルナさんだって、魔法少女だったんでしょ!」
「ま、まあ……」
胸がチクチクする。まるで爪楊枝で刺されたみたい。いつの間にか話題は、自分ではなく姉へ移っている。だけど倒れるわけにはいかない。サンは苦い気持ちを何とか飲み込み、笑顔でい続けた。
「ルナさん、すっごく綺麗だよね!」
「芸能人みたい!」
「肌も白いし、唇も赤いし!」
「魔法もめちゃくちゃ上手じゃん!」
「それは……そうだけど……」
誰かに気づいてほしいのに、サンの微妙な表情に気づく者はいない。みんな、楽しそうに話し続けるだけ。
「なんで魔法少女は、十歳以上になると変身できなくなるのかな?」
「本当。もったいないよね」
「引退せずに、ずーっと続ければよかったのに!」
「……」
みんなが楽しそうに盛り上がる中、サンだけが取り残された気分だった。曇り空みたいな顔には、誰も気づいていない。眉間に皺を寄せたその時、男子たちの中から大きな声が聞こえてくる。
「おーい、サンさん?」
「その呼び方やめてってば!」
「なんだ、自分の名前好きじゃねえのかよ」
「もうっ……」
顔をしかめるサンを見て、男子たちはニヤニヤ笑う。
「お前、Hot☆ChocoとCM撮るんだって?」
「だから何?」
「うわ、本当なんだ」
ひそひそ話していた男子たちは、ぱっと目を輝かせた。
「じゃあ、ルナ姉さんも出る?」
「まさか! お姉ちゃんはもう魔法少女じゃないんだし!」
「おいおい、怒るなよ」
「全然怒ってないし!」
男子たちは自分たちの席へ戻っていった。サンは乱暴に席に座った。そのとき――
「みんな! 『第一波』発令だって!」
鳴り始めたブレスレットのアラームに真っ先に気づいたのは、やはりリーダーのそらだった。そらの指示で、魔法少女たちは一斉に立ち上がる。
「急ごう。座標はブレスレットに表示されてる」
「ふふっ。また私の出番ってわけね!」
(……この本、最後まで読みたかった)
「えぇーっ! 今日の給食、豚カツなのにっ!」
それぞれ違う気持ちを抱えながら、四人は変身した。
「マジプロ・チャレンジスタート! 水滴の旋律、ドロップ・プロミネンス!」
「……ねえ、なんでいつも変身セリフ言い出すの?」
「構わないでよ、もう!」
「普通に変身すればいいじゃん!」
「いやなんですっ!」
べーっと舌を出したドロップが、よほど気に入らなかったのか。ライトはむっとした顔で二人を振り向いた。
「あなたたちはどう思う?」
「それで集中力が上がるなら、別にいいんじゃないかな?」
(主人公は、これからどうなるのかな……)
「まったく話にならないっ!」
とにかく、四人は急いで集合場所へ向かった。
「お呼びですか?」
「それで、私たちの活躍を撮るカメラはどこ?」
「っていうか、怪異そのものが見当たらないんだけど」
きょろきょろと周囲を見回していた四人の頭上に、鋭い声が降ってきた。
「到着まで、二分十七秒」
「え?」
魔法少女たちがきょとんとしていると、国家公務員は冷たい声で続けた。
「到着までに三分以上かかれば、怪異はすでに人々を飲み込んでいる。次回からはもっと迅速に行動しろ」
「肝に銘じます」
「変身セリフさえ言わなければ、ここまで時間はかからなかったはず」
「こらっ!!」
「やめなさい、二人とも!」
リーダーのファイヤーが二人を引き止めた。
「水の子。次からは周囲の視線を気にせず、本来の任務に集中しろ」
「はい、はい」
しょんぼりしたドロップを見て、ライトは腹を抱えて笑った。
「ははっ! 怒られてる!」
「こ、このっ……!」
(……耳を塞ぎたい)
リーフは本気でそう思った。
「今日お前たちを呼んだのは、実動訓練のためだ」
「えー、またですか?」
「なんだ、テレビに出ないのかよ?」
「文句言っちゃ駄目だよ」
「模擬戦にも十分な価値がある。本番だと思って挑め」
国家公務員がサングラスを押し上げた。その瞬間、地面が激しく震えた。地下から巨大な鉄扉がせり上がり、ゆっくりと口を開く。その奥から、一体のロボットが現れた。
「うわっ、なにあれ!?」
ライトは思わず口を開く。
(――本気だ)
リーフは杖を握り直す。
「やだなぁ。戦うと汗かくのに」
ドロップは髪を指に巻き付ける。
「みんな、頑張ろう!」
真っ先に飛び出したのは、ほかでもなくファイヤーだった。
「はあっ!」
ファイヤーの周りに熱が集まり、一つの巨大な火球となる。火球は空から落下し、ロボットの胴体へ直撃した。
「やったか?」
しかしロボットは腕で火球を弾き飛ばす。最後に残った火球を掴むと、そのままファイヤーへ投げ返した。
「そらちゃん!」
「ちっ、汗かきたくないのに!」
飛び上がったドロップが水を放つ。
「オーシャン・スプラッシュ!」
大量の水が火球をのみ込み、蒸発させた。
「ありがとう!」
「……これ以上は手伝わないから」
そう言い残し、ドロップはロボットへ突撃する。
「くらえっ! フローズン・ストライク!」
空から巨大な氷柱が降り注ぎ、ロボットを貫いた。
「グオオオオ!」
ロボットの目が赤く光る。
(うるさい……)
リーフが手を伸ばした。大地の中に眠っていた種が一斉に芽吹き、ロボットの足に絡みつく。
「ライト!」
「分かってる!」
ライトは集中し、巨大な流星を作り出した。
「行けぇ!」
流星が飛ぶ。しかし――
「グオオッ!」
「きゃあっ!」
「!」
ロボットは拳で流星を粉砕した。砕けた光の破片がライトへ降り注ぐ。リーフは慌てて花を咲かせた。巨大な花弁がライトを受け止める。
「グオオオオ!」
ロボットが突進しようとした瞬間――その動きが止まり、そのまま崩れ落ちた。
「もうっ、余計な体力を使わせないでよ!」
ドロップは腰に手を当て、不愉快そうに顔をしかめた。ロボットは氷柱によって内部まで破壊され、ただの鉄くずになっていた。
「集まれ」
ぱん、と一度だけ手を叩く音に、皆がふと顔を上げた。四人は叱られる覚悟で、国家公務員の前へ並ぶ。
「ふむ。光の子は姉より成長が遅いな」
ライトの肩がぴくりと震える。
「ルナなら、この程度は一撃で終わらせていただろう」
ライトの拳が小刻みに震えた。その様子を見て、ドロップはくすくす笑う。
「それでは解散」
国家公務員は背を向けた。慌てて学校へ戻る四人を、スーツを着た男性は無表情に見送る。
「今回も失敗か」
彼は小さく呟いた。
「次こそ、より強力なロボットを作り出してやる」
・
・
・
「おかえり」
優しい声が聞こえると、サンは反射的に眉をひそめる。
「ご飯できてるよ」
「……」
日音ルナ。かつての魔法少女。その活躍は、今もなお眩しい。その後を継いだのがサン。
(どうしてお姉ちゃんは、こんなにも優しいんだろ)
姉は憎らしいほど優しい。だから好き。だから嫌い。どっちも選べない自分が馬鹿みたい。だからこそ腹が立つ。
「サンちゃん……?」
サンは返事もせず、自分の部屋に入った。優しい姉は、妹の疲れた背中を放っておけない。追いかけてくる足音が耳障り。だから、姉が入る前に扉を閉める。
「ねえ、サンちゃん。何かあったの?」
「別に」
「学校のこと?」
「違うってば」
「じゃあ、もしかして――」
「違うって言ってるんじゃない!」
ドンッ! 何かを投げつける音がした。ルナはしばらく扉の前に立っていたが、やがて諦めて台所へ戻る。部屋の中で、サンは膝を抱えた。唇を尖らせた途端、なぜか涙がこぼれた。
「豚カツ、食べられなかった……」
そうだ。全部、お腹が空いているせいだ。溢れ出す涙も。こぼれそうな不機嫌も。
「むぅっ……」
まだまだ子どもである少女。
日音サン、小学三年生。
『光の子』と呼ばれる魔法少女。




