偉そうな2日 ≪友達なんていらない≫
迷惑だから、放っておいて。
偉そうな2日 ≪友達なんていらない≫
「はい二人組作ってー」
先生が声を張り上げた瞬間、子どもたちは一斉にペアを探し始めた。普段から何人かで固まっている子どもたちにとって、それは簡単なことだった。
「二人組だってー」
「誰とやろっかな」
「私、サンちゃんがいい!」
「じゃあ、私はりんねちゃんとやる!」
四人で集まっていた子たちは、自然と二組に分かれる。
「そらちゃん!」
「今行くー!」
最初から二人組の子には、選択も迷いもない。どうせ相手なんて決まっているのだから。けれど『自由にペアを作ってください』という時間は、誰にとっても楽しいわけではない。偶数には祝福を。奇数には苦痛を。それは、どの教室でも変わらない法則。
「みずえちゃんは、誰と組むの?」
「ねぇ、私とやろうよぉー」
「どうしよっかなー」
女王には、いつだって選ぶ権利が与えられる。焦る必要なんてない。女王はいつだって、選ぶ側なのだから。みずえはじっと二人を見つめる。それはただの視線ではない。どっちにするか、わざと悩んで見せている。
(今度こそみずえちゃんと組みたいっ!)
(もうっ、捨てられたくないのに!)
二人は焦り始める。もし余れば、クラスの中の誰かと組まなければならない。女子の中で余る子は、もちろん『あの子』だけ。
「10,9,8、7…」
残酷な先生は秒読みに入る。クラスメートたちは、もう二人組になって向かい合っている。生徒たちの列からずっと離れた場所に、ぽつんとしおりがいた。しおりは校庭の隅にある遊具のそばへしゃがみ込み、花壇から顔を出した芽をじっと観察している。
「樹色さん、何をしていますか?」
「……」
「戻りなさい、早く」
のろのろと近づいてくるしおりを見ながら、子どもたちはひそひそと囁き始める。
「いやだ、また単独行動?」
「ペアも組んでないよね…」
「別にどうでもいいんじゃない?」
「ていうか、いつも私たちのこと無視してるし」
「ええ、サンちゃんと同じ魔法少女じゃなかったの?」
「あまり仲良くありません!」
もうペアが決まっている偶数側の子どもたちには、ひそひそ話す余裕があった。
「樹色さん、どうして戻らないのですか?」
「……」
「一緒にする相手、ちゃんと探さなきゃ駄目でしょ? ずっと土いじりしてる場合じゃありません」
先生はいつだってしおりを叱る。人数の多いみずえたちには負けるが、友達のいないしおりなら、強く言いやすい。
「そこの三人組!」
クスクスしていた三人組のみずえたちは、びくりと肩を揺らしながら振り返った。
「ボール投げは二人組!なんで三人で集まってますか?」
「み、みずえちゃん」
「どうしよう…」
「無視していいんだよ」
女王はいつだって気高いもの。王座は唯一無二。仲間など必要ない。みずえは一瞥もせずに、足早に校庭の反対側へ移動していく。
「ちょっと、お待ちなさい!」
「先生、みずえちゃんたち逃げました」
「ほんとだ。どうしよう……」
おろおろしていた先生は、力の抜けたようにため息をついた。
「風吹さん」
「はい」
「えっと……樹色さんとは、同じ魔法少女なんですよね?」
「ま、まあ、仲間ではありますけど……」
どう言葉を続ければいいのか分からない。仲間ではあるけど、ちょっと気まずい。一緒にいればなんとなく恥ずかしい。だけど今の感情を口にすることは出来ない。
悪いのは先生だ。だいたい、一緒に遊びもしない相手を、本当に『仲間』って呼べるんだろうか。
「なにより、ペアならもういますので……」
「そうだろうね……風吹さんには、親友がいるよね……」
「どうしますか、先生?」
「……戻って練習しなさい」
「はい」
先生が何か言い出す前に、そらは誰より早く校庭を駆け抜ける。
(日音さんたちは四人組で風吹さんたちは二人組。こういう時は三人組の泉さんたちが樹色さんと仲良くしてくれればいいのに。ほんっと言うこと聞かないんだから……)
先生はじろりとみずえたちを睨んだ。三人は知らんぷりしたまま、ボールを投げ合っている。
「先生」
「今度はなんですか?」
「私、ちょっと体調悪いので、休んでいいですか?」
「あら、もちろんです!」
先生の顔がぱっと明るくなる。嫌われたくない先生にとって、しおりが自ら消えてくれるのは一番ありがたい解決法だった。
「じゃああそこで休んでなさい。先生はみんなを見てくるから」
そう言い残し、先生はみずえたちのほうへ向かって小言を始めた。みずえの顔がくしゃくしゃの新聞紙みたいに歪む。恨めしそうにこちらを睨んでくるみずえを見て、しおりは小さく首を傾げた。
(なんであんな顔するんだろ。私は一人でいいのに)
しおりは空へ手を伸ばした。すると何もない空間から、一冊の科学雑誌がぽんっと飛び出してきた。両手で受け取ったしおりは、そのまま静かにページをめくる。
(ミールワームってプラスチック分解できるんだ。プラスチック問題の解決策になるかも)
一人で夢中になってこの、本に夢中になっている少女の名前は――
樹色しおり。小学三年生。
自然を愛する、大地と植物の魔法少女。
・
・
・
(図書室行きたい。保健室に行くって嘘ついて、こっそり抜け出しちゃおうかな……)
先生の様子をちらちら窺っていたしおりは、一度立ち上がりかけて、またその場に座り直した。
(……やっぱりやめよう。今行ったら、図書室の先生に心配かけちゃうし)
そう考え直し、再び本へ集中する。
「いっけー!」
男子たちがキックベースをしている最中、不意にボールがとんでもない方向へ飛んでいった。
「うわ、危ない!」
「……」
本から目を離さないまま、しおりは左手を持ち上げる。その瞬間、乾いた砂地から植物が芽吹き、勢いよく蔓を伸ばした。盾のように広がった葉にぶつかり、ボールは力なく地面へ落ちる。
「すげー!」
「魔法だ!」
本物の魔法を目の当たりにした子どもたちが、一気にざわめき始めた。
「おいら、本物の魔法見るの初めてだ!」
「テレビでしか見たことねぇ!」
「めっちゃかっこいい!」
浮かれた子どもたちをかき分け、をかき分け、そらが前へ歩み出る。
「樹色!」
熱を帯びた声に、周りの空気がぴたりと静まった。
「勝手に魔法使っちゃ駄目って言われてるでしょ?」
ようやく本から目を離したしおりはそらを見返した。
「じゃあ、ボールに当たればよかったの?」
「避ければよかったじゃない。無理なら本で防げば―」
その一言が、しおりの逆鱗に触れた。
「本に傷がつくの、嫌なの。」
二人はしばらく無言で睨み合った。けれど最後に折れるのは、いつだってそらのほう。今までもずっとそうだった。だってそらは、魔法少女たちのリーダーだから。
「じゃ、少なくともその木は片付けなさい」
「この子は木ではない」
「細かいな……」
じっとそらを見つめていたしおりは、植物へそっと触れた。すると根がうねうねと地面から抜け出し、二本の足みたいに動き始める。植物はそのままとことこと歩き、花壇へ移動すると、自分から土へ根を張った。
「樹色っ……」
「片付けたけど?」
「言葉遊びするなよ!なにより、花壇は学校の植物を育てる場所!」
「じゃあ、この子を殺せばいいの?」
「最初から魔法を使わなければよかったんじゃない?」
「仕方ないのよ。私の魔法は、生き物を育てるための魔法なの。なんでも燃やすあなたの魔法とは違うの。」
「……あんたねっ!」
そらの影が、熱を持たない炎みたいに揺らめいた。その気配を感じ取った子どもたちが、じりじりと退く。
(なんなの、あいつら。みんなに注目されちゃって。)
顔をしかめたみずえは人混みをかき分けて前へ進んだ。ようやく注目されたみずえは、満足したらしく微笑んだ。
「はいはい、みんな解散ねー。魔法を見るの初めてで、驚くのは分かるけど、これ以上は困っちゃうんだよ?」
みずえは可愛い。可愛くなければならない。皆に愛される存在で、いつだって立っていなければならない。
「二人とも、その辺にしておこう?」
だから当然、皆の憧れでいなければならない。
(ほんっとムカつく。私の言うことは全然聞かないくせに、見物人ができた途端これなんだから)
先生は不満げにみずえを睨んだ。けれどみずえはそんな視線など気にせず、そらの手を引いて元の場所へ戻っていく。
(樹色も来ないし、これで授業できるよね……)
樹色がまた一人になっても、授業さえ始まるならそれでいい。そんなことを考えながら、みずえに手を引かれている少女の名前は――
風吹そら。小学三年生。
炎の魔法少女。




