兄姉弟妹の原理1 ご主人様の場合 その1
お母さんの子供の頃、お母さんの家はとても貧乏だった。
今でこそ、広い畑、山もある。
それは全てお母さんと2人の妹、つまり娘3人が働いて買ったものだそうだ。
戦後すぐの田舎の土地なので、そんなに高価ではなかったが、3人はとても苦労したそうだ。
「お母さん、勉強したかったよ。
でも、働けって、女が学をつけても何の役にも立たないって言われて、
中学を出て、すぐ働きに行ったんだよ。」
今でも、そう言う。
「学校から帰ると、すぐに弟や妹を背中にくくりつけられて、
『勉強なんかしなくていいから!』って、怒られて。
お母さん、悲しかったよ。」
お母さんは、兄1人、妹2人、弟5人の9人兄妹の2番目だった。
お兄さんとすぐ下の妹は体が弱かったので、
お母さんのお母さん、つまり猫のお祖母ちゃんにとても大事にされたそうだ。
特にすぐ下の妹は、自分に似ているからと、猫かわいがりだったそうだ。
反対にお母さんは、お祖母ちゃんに疎まれていたと言う。
それでも、お母さんはお祖母ちゃんを大切にして、とても気を遣っていた。
叔父さんが、お祖母ちゃんの大好きな家を建て直すと言ったときも、
お祖母ちゃんの気持ちを考えたの?
勝手に決めないように、と諭し、
お祖母ちゃんが寝たきりになると、すぐに飛んでいって介護を手伝っていたりした。
晩年はお祖母ちゃんも、「ねえちゃん、ねえちゃん」と頼っていたようだった。
猫は思う。
なぜ、親に対し、愛されない者が一生懸命になるのだろうか、と。
猫のご主人様もそうだった。
お義母さんが溺愛していたのは義弟の方で、
兄であるご主人様は、あまり愛されていないように猫からは見えた。
ご主人様のお父さんは、ギャンブルが好きだった。
仕事の帰りには必ずパチンコ。
休みの日は競馬だった。
生活費はお義母さんが働いて工面していた。
ご主人様は自分で働いて、夜間の大学に通った。
お義父さんはお金がなくなると、お義母さんに無心し、
それも使ってしまうと、家中の金目の物を売りさばいていた。
それでも足りなくなって、とうとうサラ金にまで手を出した。
皆が気がついたときは、借金は膨れあがり、
本人も、お義母さんも、どうしようもなくなっていた。
ご主人様が、一度だけ、と、それの一部を返した。
だが、心を入れ替えるどころか、それに味を占め、
ご主人様のボーナスの時期になると、
「金を貸してくれ。」
と、無心の電話が入る。
お義父さんには強くでることができても、お義母さんに泣きつかれると、
ご主人様は、お金を貸してしまう。
正確には、『貸す』のではなく、『あげる』のだ。
お義母さんは、義弟にはいっさいそういうお願いはしない。
義弟は、いつも「金は無い。」と言っていたが、
実際は、何百万もする車を買い、高いスーツを買い、
クリスマスに彼女と過ごすための一流ホテルの部屋を予約したりしていた。
それを知っていたにも関わらず、お義母さんは、いっさい義弟にお金をださせようとはしない。
「お兄ちゃん、お願いします。お兄ちゃんだけが頼りなの。」
そんなときばかり頼りにされたって、ちっとも嬉しくないよ、
と猫は思ったが、
ご主人様は、その言葉がすごく嬉しかったらしい。
言われるままにお金を渡していたようだ。
その頃、ご主人様の勤めていた会社が倒産した。
何ヶ月もの未払いの給料。
入社したての頃に、ご主人様の名義で借りさせられていた会社のためのお金。
何度もご主人様に早く返してもらった方がいいと言っていたのだが、
とうとう心配した通り、ご主人様が返さなくてはいけなくなった。
生活はだんだん苦しくなっていった。
猫も働いて、生活費を工面した。
そのうち、お義父さんの借金が、本当に誰もが払えないくらいの額になり、
ご主人様の両親は離婚にいたる。
まだ独身の義弟が、お義母さんを連れて家を出た。
義弟ばかりに苦労はかけまいと、ご主人様は2人の生活費を援助する。
本当は猫たちの生活も、苦しかったのだが、
ご主人様は、それでも額を減らすことなく援助する。
猫は、みんなが頑張って生きていくなら、それはそれでいいのだと、思っていた。
いや、今になると、思おうとしていたのかもしれない。
ある時、お義母さんが、
「これ、持って行って。」
と、沢山の洗剤をくれた。
「新聞屋さんがくれたんだけど、私ね、こんなの使わないの。
いつも、Aを使ってるから。」
それは当時流行っていた高級洗剤だった。
納得できない思いをかかえつつ、黙って話を聞いていると、
「働いてると作るのがめんどくさくなって、食べて来ちゃったりね。
Bも、家で食べないしね。」
猫は腹が立った。
何も言わないで済ませたのが奇跡のようだった。
今までずっと我慢してきた。
みんなが頑張っているならと、猫も頑張ろうと思っていた。
本当のところはどうなのか、ご主人様に訊くと、
義弟はほとんど家にお金をいれず、相変わらず贅沢をしているらしい。
そして、援助のお金は全て義弟の車の駐車場代になっているらしい、と言う。
それを知っていて、言われるがままにお金を渡していたのか・・・
高級な洗剤を使い、外食をして、都心の高い駐車場を借りて、
別に必要もない車を持って、十万円以上もするスーツを着て、
何万円もするYシャツを着て、うちより贅沢な暮らしをしていけるなら、
援助の必要なんてないじゃないか。
今は、うちが援助して欲しいくらいなんだ。
頑張って我慢して、切り詰めたお金は
ほとんど潰れた会社のための借金と援助のお金に消えていく。
言いなりのご主人様に任せておいたら、猫たちが潰れてしまう。
猫は、ご主人様を守ると決めたんだ。
猫が悪者になっても、憎まれても、ご主人様を守らないといけないんだ。
「援助のことは猫に任せてくれないかな?」
穏やかに言った。
どんなに腹が立ったとしても、ご主人様に罪はないのだから。
あるとしたら、唯一つ、言いなりになってもお義母さんに愛されたいと願うことだ。
それを訊いた途端、ご主人様はこう言い放った。
「俺は!お前と別れても家族をとる!」




