お父さん
お父さんのお父さん、つまり猫のお祖父ちゃんは、お父さんが子供の頃亡くなった。
出掛けた先で空襲に遭い、避難した防空壕が崩れてお祖父ちゃんは還らぬ人となった。
終戦の一週間前のことだった。
「終戦が一週間早かったら、親父は死ななかったのに。」
お父さんは猫にそう言った。
もしそうだったら、
猫も「お祖父ちゃんお祖父ちゃん」と甘えていられたのだろうか。
猫が大人になってから、不思議に思ったことがある。
お祖父ちゃんはなぜ兵隊さんにならずに済んだのだろう?
お母さんのお父さんは、戦争に行って帰ってきたのだと聞いている。
なぜだろう?
体が弱かったわけではないと思う。
職人さんだったと聞いているので、その関係か。
それとも、軍隊の何かに従事していたのか。
考えてみても、お父さんにわからないことが、猫にわかるわけがない。
頼りにしていたお祖父ちゃんが亡くなり、家族には苦労が残された。
戦争が終わったあと、都市部には食料はない。
家は焼け、田舎に頼れる親戚もない家族は、 食うに困ったという。
お父さんは、6人兄妹の4番目だった。
姉2人兄1人妹1人弟1人。
お父さんのお姉さん2人は、お母さんが違うお姉さんだと知ったのは、
ずっと後の事だった。
そして、お父さんにお姉さんがいること自体、猫は知らなかった。
ある日、納豆が手に入ったという。
兄妹が見ている中、風邪をひいていたお父さんのお母さん、
つまり猫のお祖母ちゃんが納豆を混ぜる。
「あああーっ!」
兄妹の悲鳴があがる。
混ぜている納豆の中に、お祖母ちゃんの鼻水がぽとっと入ったのだった。
「それで、どうしたの?」
と訊くと、
「食べたよ。それしか食べるものがなかったから。」
その頃、お父さんの家族は、借家に住んでいたわけではなかった。
しかし、お隣の家が、お父さんの家の土地まで売ってどこかへ行ってしまったので、
家が無くなり、家族はとても苦労したそうだ。
土地を買った人の好意で、ずっとそこに住んではいられたのだが。
戦後はそういうことが多々あったそうだ。
お父さんは、お兄さんと同じに、中学を出たらすぐに働きに出た。
「勉強は好きじゃなかったから、学校に行きたいとは思わなかった。
兄貴は、高校にやりたかったみたいだったけど。」
あっけらかんとお父さんは言った。
「お父さんは甘やかされて育ったんだよ。
体が弱かったから、お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、お父さんをすごく大事にして。」
お母さんは続ける。
「一人だけ空襲がひどくなったとき、学童疎開させてもらって。
そこで病気になったとき、お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、
家中の食べ物かき集めてお父さんの所に行ったんだよ。」
「お母さんがお父さんの立場だったら、絶対高校に行った。」
と、お母さんは言う。
「勉強したかったのに、家に帰るとすぐに妹や弟を背中にくくりつけられて。」
お父さんとお母さんの立場が逆だったら、よかったのかな。
猫はお母さんの顔を見ながら思う。
住む所も食べ物もないけど、親やお兄さんに可愛がられて育つのと、
住む所があって、食べ物も豊富にあって、お腹が空くことはないけど、
自由がなく育つのと、どちらが幸せなのだろう?




