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最初の『猫』  作者: 炎華
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檻の中


 お日様が少し傾きかけた午後、

 お母さんが言った。

 「お母さん、お仕事に行くからね。猫は、その間おばちゃんの所へ行っててくれる?」


 緑色のカーペットとお日様が当たって黄色く見えた壁に、窓の影が映っていた。

 季節は、もうすぐ春だった。



 猫のお父さんのお仕事は、長距離トラックの運転手さんだった。

 まだ高速道路もちゃんと整備されていなかったので、

 お父さんは何日も帰って来なかった。

 お父さんの持ってくるお給料だけでは、猫を育てることができなかったので、

 お母さんは、猫を預けて働くことにしたのだった。



 電車に乗って、3つめの駅の所におばちゃんは住んでいた。

 猫は、おばちゃんの家で待っていれば、

 お母さんが迎えに来てくれるのだろうと思っていた。

 おじちゃんもおばちゃんも好きだし、

 いとこのお姉ちゃんもお兄ちゃんもいる。


 しかし、実際はそうではなかった。

 『保育園』という所に行くことになっていたのだ。



 なんで?なんで?

 お母さん!

 なんで?

 こんな所嫌だ!



 金網で囲まれて、どこにも行けない。

 猫には牢獄のようだった。

 お父さんもお母さんもいない。

 毎日泣いていた。

 「お母さん お母さん」



 その頃の友達の顔を覚えていない。

 友達と遊んだ記憶もない。

 友達はいなかったのかもしれない。


 保育園で、何を習ったのかとか、

 毎日何をしていたのかも全然覚えていない。

 ただただすごく嫌だった、という記憶しかない。

 「お母さん お母さん こんな所嫌だ」



 夕方遅く、お母さんが迎えに来る。

 駅までの帰り道、お母さんは訊ねる。

 「今日は鳴かなかった?」

 黙って見上げると、

 「眼が赤いよ。また鳴いたんだね!なんで鳴くの?みんな泣いてないよ?」

 厳しい口調で言われて、涙目になる。

 「また鳴く!なんで鳴くの!?」

 あの檻の中から救ってくれるはずのお母さんに怒られて、

 こどもの猫がちゃんと説明できるわけがない。


 ようやく、 保育園が嫌いだと言えば、

 「じゃあ、どうするの?

 おうちで一人で待ってるの?そんなことできるわけないでしょう!」


 下を向いたまま、顔も上げられない。

 眼からは涙が次から次へとこぼれてくる。

 そして、お母さんから、ため息。



 どうして、猫は『保育園』にいなくちゃいけないの?

 どうして、朝から晩までこんな所で我慢しなくちゃいけないの?

 何も楽しくないよ!

 何もできないのに、なんでこんな金網の中にずっといなくちゃいけないの?

 「お母さん お母さん」



 お昼に、お母さんが迎えに来る子もいる。

 その子が金網の向こうで、楽しそうに笑っている。

 「これから遊びに行くんだ。」


 なんで?

 なんで?

 なんで、猫はここにいなくちゃいけないの?

 こんな金網の中、猫のいたい所じゃない!


 鳴く

 怒られる

 怒られるから、また鳴く

 鬼のような顔


 仕事で疲れたお母さん。

 お父さんに不満のあるお母さん。

 お母さんに文句を言われて、怒るお父さん。


 「猫がいなければ、実家に帰ることができるのに。

 猫がお父さんが好きって言うからから。」


 猫はどうすればよかったの?

 お父さんもお母さんも大好きなのに、お父さんが嫌いって言えばよかったの?

 お父さんもお母さんも、猫の傍にいて欲しいのに。

 それとも、猫がいなければよかったの?

 いっそ、生まれてこなければよかったの?

 そうすれば、お父さんもお母さんも幸せだったの?

 だったら、猫はこれからどうすればいいの?

 猫がここにいるのは、間違ったことなの?



 蛍光灯の青い光が、ぼんやり滲んで見えた。




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