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最初の『猫』  作者: 炎華
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2/16

猫の育ったところ

 猫が生まれたばかりのときにいたところは、

 家の密集した町の、狭いアパートの一室だった。

 猫のお父さんもお母さんも、小さい頃からそれぞれの家族の為に働いていたので、

 お金もなく、まして援助があるはずもなく、

 何部屋もあるところに住めるはずもなかった。


 壁の薄い部屋だったので、

 夜、猫が鳴くと、お母さんは猫をおんぶして、アパートの外に出たそうだ。

 猫が鳴き止むと、部屋へ帰る。

 寒い外から、寒い部屋へ。

 外よりは暖かいという程度の部屋へ。



 お母さんは、悲しかった、と言った。

 自分の家があって、もっとのびのびと猫を育てたかったと。

 学校も行けずに、自分のお父さんとお母さんと弟妹のために働いて、

 お母さん自身も悲しかったけど、

 猫に、沢山沢山我慢をさせてしまったのが、もっと悲しかった、と。


 仕方のないことだとわかってはいるが、

 猫は、もっと自由に生きたかった、と思う。

 自由に生きられれば、今、もう少し前向きに生きていけたような気がする。

 自由に生きていられる子供達、そうやって育ててもらった大人達を見ると、

 すごく羨ましくなる。

 猫も、そうだったら、と。


 ・・もう、終わったことだ。

 猫は不自由なまま、大人になってしまった。



 猫に、その時の記憶はない。

 覚えているのは、もう少し大きくなったときの事だ。


 同じ大きさで同じ高さの建物がいくつもあって、

 そのうちの一つに住んでいた、という記憶。


 灰色の壁の群れ。

 明るい緑の芝生。

 4人乗りのブランコ。

 木でできたベンチ。

 いつもお日様が当たって、眩しい位だった。

 そこを通り過ぎてすぐの所が、猫の住んでる建物だった。


 エレベーターなどなかったので、

 暗く狭い階段をぐるぐる一番上まで上って行った。

 部屋のドアを開けると、明るい光が眩しかった。


 リビングと畳の部屋が一つあり、畳の部屋からベランダに出ることができた。

 南向きのそこからは、遠くが見渡せた。

 眼下にはずっと畑が続いていて、遠くに電車が走っているのが見えていた。

 畑に沿って線路があったので、縁をまわって駅まで向かう。

 残念ながら、同じ高さの建物が右斜め前にあったので、

 ずっと電車の姿を追うことはできなかった。


 あの斜め前の建物からの風景はどんななのだろうと、猫はいつも思っていた。

 電車が駅まで走っていくのが、ずっと見えるのだろうか。

 緑の畑が広がっているのを、何にも遮られず見渡すことができるのだろうか、と。

 結局、それを確かめることはできなかった。



 自衛隊の駐屯地が近くにあるので、朝と夜にラッパの音が聞こえていた。

 猫のお父さんがよく歌っていた。


 「おきろやおきろ みんなおきろ おきないとはんちょさんに叱られるー」

 「兵隊さんはかわいそうだなー また寝て泣くのかよー」


 猫はずっとこのメロディーが使われていると思っていたが、今は違うらしい。

 これは、日本軍が使っていたもので、自衛隊のものではないらしい。


 もしかしたら、猫が聞いていたのも、本当はこのメロディーではなかったのかもしれない。

 お父さんが歌っていたから、そうだと思い込んでいたのかもしれない。

 あまり、家にいないお父さんが歌っていたから。

 


 ある日、

 猫は思い切って、ベランダから見えていた畑に初めて行ってみることにした。

 ずっと、行ってみたかった。

 自分の住んでいる建物から南側には行ったことがなかったが、行ってみることにした。

 

 玄関を出て、暗くて狭い階段を、ぐるぐる走って下りる。

 「行けるのかな」という不安を打ち消すように、

 「大丈夫!行けるよ!絶対!」と、繰り返しながら。


 階段を下りきり、いつもは行かない方向へ進む。

 隣の灰色の壁に差し掛かったとき、猫は立ち止まる。

 子供の猫が一匹で、自分のテリトリーから出るのはかなり勇気がいる。

 猫にとって、そこからがテリトリーの外だった。

 平静を装いながら、実はどきどきしながら、一歩を踏み出す。


 出た!外に出た!

 もう、大丈夫。

 行こう!


 壁を完全に通り過ぎると、視界が開けた。

 目の前に、青でうまった景色が広がっていた。

 ネギだった。

 そうか、あの青は、ネギの青だったんだ。

 真っ直ぐに伸びた青の間から、白くて丸い葱坊主が沢山顔を出していた。


 どんな天気だったかは覚えていない。

 曇っていたような気がする。

 もうすぐ夕方だったかもしれない。

 それなのに、色々なものがキラキラして見えた。


 ここは、こんな風になっていたんだ。

 上から見るのと、全然違う。

 畑の、終わりまで行ってみたい。

 行こう あそこまで。

 真っ直ぐ歩いて行こう。



 脇目もふらずに歩いて行くと、

 何か、眼の隅に赤いものが見えた気がして立ち止まった。


 ネギの葉っぱの間や、葱坊主の頭には、

 赤い羽根に黒い七つの星をつけたテントウムシがとまっていた。

 葉っぱを広げてみると、沢山いる。

 見たこともないくらい沢山だった。



・・・綺麗。



 ちっちゃい赤い生き物が、白や青の上をちょこちょこと歩いている。

 猫よりもずっとずっとちっちゃい生き物。


 ネギの葉っぱや葱坊主を広げて、テントウムシを見ながら、歩いていった。

 ベランダから見るとすぐそこに見える畑の終わりは、なかなかやってこなかった。

 後ろを振り返ると、それでも灰色の群れは、かなり遠くなっていた。

 

 


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