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最初の『猫』  作者: 炎華
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居場所 その3


 いつも朝まで点灯しているIDに話しかけるのが、日課になってだいぶ経った頃、


 「猫、好きだって言ったよね?飛行機。

 見に行かない?

 今度の金曜日、休みとったんだよ。」



 そんなこと、 覚えていてくれたんだ。



 3階のこの部屋から、

 遙か彼方に羽田から飛び立つ飛行機を見ることができた。

 風向きによって、飛び立つときと、舞い降りるときがある。

 地面を離れる瞬間を見ることはできなかったが、その後の姿を追うことはできた。

 飛び立って、旋回して飛んでいく。

 真っ直ぐ、真っ直ぐ。


 あれは、どこへ行くのだろう?

 たまに、こちらへ向かってくる飛行機もあった。

 それぞれの行く先に、心を馳せた。


 その時間がとても好きだった。

 小さく小さく見えるはずの飛行機を、待っている時間も好きだった。

 ベランダに出て、ぼんやり眺めているときがとても好きだった。



 「行こうよ。」


 なんで?


 「猫に会ってみたいし。」


 会ったら、がっかりするよ。

 猫は、こんな性格だし、とっときの美猫ってわけじゃないし。

 きっと、がっかりするよ。

 がっかりして、

 そして、話しかけても応えてくれなくなったら・・


 もう、何もなくて、

 自分に自信がないから、

 自分自身の何かをアテにすることもできなくて、

 ご主人様が、本当は猫を必要としてなくて、

 家族とも思ってなくて、

 お義母さんの代わりでしかなくて、

 それを知って、何もなくなって、


 もう、何もないのに、

 やっと見つけたと思った居場所までなくなってしまったら。



 「行っちゃだめって言う家族がいるの?」


 ご主人様のことは、誰にも話したことはなかった。

 本当は、その痛みの方が大きかったのだが、話せなかった。



 本当に苦しいことは、口には出せない。

 心の底の方に澱のように溜まっていく。


 誰にも、話せない。

 子猫の頃の、あのことも。

 誰にも話せない。

 お父さんにもお母さんにも、ご主人様にも言えなかった 。

 忘れたいのに、忘れられない。

 底に溜まったまま、粘土のように固まって浮いてこなければまだ救われる。

 なのに、泥水を混ぜたときのように、浮いてくる。

 気持ち悪い。

 思い出したくない。

 誰かに言ってしまいたい。

 嫌なのだ、と。

 どうにかしてくれ、と。

 なのに、誰にも言えない。



 『家族がいる』

 と、嘘をついた。

 猫はご主人様の、家族ではないのだから。

 嘘をついたことになる。


 ご主人様の存在を知られたくなかった。

 この場所の、この優しい人達は、ご主人様の代わりをしてくれているのだ。

 猫がご主人様のお義母さんの代わりだったように、

 猫もご主人様の代わりをさせてしまっているのだ。

 そのことはよくわかっていた。


 猫の心の拠り所だったご主人様。

 それが無くなって、やっと見つけた『居場所』。

 唯一残った『居場所』を失いたくはなかった。

 ここにいられるなら、

 この人達の中にいられるなら。



   「会えない。」

 「なんで?」

   「きっと、がっかりする。」

 「なんで?しないよ?猫は猫でしょう?」


 『猫は猫』

 猫は猫のままで、いいから、と。


 「行こうよ。」


 うん。

 行きたい。

 あの、小さく見える飛行機が、すぐそこに見える所に。

 エンジンの響が、聴こえる所に。

 行きたい。

 行くよ。

 一緒に。


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