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最初の『猫』  作者: 炎華
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12/16

居場所 その2


 昨日は、猫の誕生日だった。


 ご主人様は、猫の誕生日を覚えてはいなかった。

 お義母さんと義弟の誕生日は忘れたことはないが、

 猫の誕生日など、覚えてすらいない。


 猫も言わなかった。

 「今日は猫の誕生日だよ。」

 とは。


 夜になって、寝る時間が来ても、

 ご主人様から

 「おめでとう」

 の言葉は聞けなかった。


 ご主人様も仕事で忙しいのだからしょうがない。

 そう思うしかなかった。


 それでも、横にはなったものの、いつまでも眠れなかった。


 寂しい。


 いつまでこんな思いをすればいいのだろう。

 死ぬまで、こんな思いを持ち続けなければいけないのだろうか。


 自分以外が関わってくることに、何かを期待してはいけない。

 それが叶わなかったとき、受けるダメージはとても大きい。

 期待していなければ、がっかりすることはない。

 ああ、やっぱり。

 そう思えば済む。


 よく、わかっている。

 わかっているが。


 月の明るい夜だった。


 起き上がって、ベランダに出る。

 この部屋は3階で、

 ここに来たときは、遠くまで眺めることができたのだが、

 高い建物が次々にできて、それもできなくなっていた。


 目の前の、電気の消えた暗い窓の群れ。

 あの窓の中は、皆幸せなんだろうか。

 楽しい夢をみているのだろうか。


 ため息と共に部屋に入り、パソコンの前に座る。

 しばらく何も映っていない画面を、何ともなしに眺めていた。

 月に照らされて映る自分の影に気がついて、輪郭をなぞる。


 少しの間、現実から離れよう。

 電源を入れて、仮想の世界を彷徨うことにした。

 少しは気が紛れるかも知れない。


 ご主人様の仕事には、パソコンはなくてはならない物だった。

 インターネットも、お金がないからとの理由だけで、

 猫からとりあげられることはなかった。



 どれくらい彷徨っただろうか。

 もう丑三つ時に近い頃、ある町にたどり着いた。

 そこでは、何人かが、男性なのか女性なのかはわからなかったが、話していた。

 とても楽しそうだったので、しばらく彼らの会話を見ることにした。


 次から次から言葉が表れて、

 冗談を言い合い、貶し合って笑い合い、

 本当に楽しそうだった。


 ・・あの中へ、入ってみたい。


 いつの間にか、そう思うようになっていた。

 中へ入って、一緒に笑ってみたい。


 でも、突然入って行って、受け入れてもらえるだろうか。

 それとも、しらけて、会話が止まってしまうだろうか。


 悩んだあげく、思い切って入った。

 「今晩は。初めまして。」


 「おはつー」

 「初めましてー」

 そこにいる全員が猫に挨拶をしてくれる。

 なんだかそれだけで救われた気がした。

 そして、猫が見ていた会話と同じ暖かさで、猫に話しかけてくれる。

 嬉しかった。

 涙がでるほど嬉しかった。

 久しぶりに笑っていた。

 とりとめもない会話だったが、とても楽しかった。

 皆と別れた後も、心が温かかった。

 安心して眠ることができた。



 それから毎晩、ご主人様が眠ってから、その仮想の町に行った。

 新しい友達も沢山できた。

 毎晩、楽しかった。


 仕事で嫌な事があって、

 そのことを話すと、親身になって聞いてくれた。

 「ごめんね。聞いてあげることしかできないで。」

 みんながそう言ってくれた。


 いいんだ。

 聞いてくれるだけで。

 それだけで、気が済む。

 うんうん、と相槌をうってくれるだけでいい。


 たとえ、会って話せなくても、

 ぎゅっと手を握ってもらえなくても、

 いいんだ。


 聞いてもらえるだけで。

 それだけで満足なんだ。


 それだけでも満足なのに、

 「大変だったね。」

 と言ってくれる。

 「そんなの、おかしいよ!」

 と、一緒に怒ってくれる。



 ・・・ありがとう



 そうか。

 ずっと猫が欲しかったのは、これだったんだ。

 いいんだよ、と。

 猫は猫でいればいいんだよ、と。

 間違ってないよ、と。

 ずっと誰かに言って欲しかったんだ。

 やっと、やっと、言ってもらえた。

 それも、顔も知らない人達に。

 たとえ、それが、文字だけだったとしても、

 こんなに勇気付けられるとは。

 こんなに温かく感じられるとは。

 これで、まだ頑張れる。



 ありがとう。




 『メッセンジャー』というパソコンによるインターネットのシステムがある。

 あった、というべきか。

 インターネットでIDをお互いに登録すると、一対一で話せるというシステムだ。

 携帯では通信料が発生するが、そのシステムは無料でいくらでも会話できるのだ。

 今はラインがあるので、メッセンジャーは必要ではなくなってしまったのだが。


 仮想の町の中で、より親しくなった友人達とはそれで話すようになった。

 町で話すと、不特定多数に見えてしまうので、

 見られると困る会話はメッセンジャーでする。


 メッセンジャーに接続すると、IDが点灯する。

 「おかえりー」

 「ただいま」


 ひとしきり会話をすると、仕事のある仮想の町の友人達は、

 夜中の2時くらいには皆眠りにつく。

 猫も仕事のある前の日は同じくらいに別れを告げる。


 だが、いつもたった一人だけ、必ず残る友人がいた。

 朝早く目が覚めて接続したときも、まだ残っている。

 あまり二人きりで話したことはないが、

 猫にメッセンジャーの使い方を教えてくれたのはその人だった。


 いつもいつも一つだけ点灯しているID。

 何をしているのだろう?

 いつも疑問に思っていた。


    「何してるの?いつも朝までいるね。」

 話しかけたのは猫の方からだった。


  「おや 話しかけてくるなんて珍しいね。

  なんにも。

  ただぼーっとネットサーフィンしてるだけ。」

 

    「そうなんだ。

    誰かと話してるわけじゃないんだ?」


  「話してないよ。

  みんな寝ちゃうからね。」


    「寝ないの?」


  「うん。

  これから寝て、昼間ずっと寝てて、夕方起きて仕事に行く。」


 ふむ。

 なるほど。


 その日から、

 いつも一つだけ点灯しているそのIDに話しかけるのが猫の日課となった。





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