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最初の『猫』  作者: 炎華
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居場所 その1


 猫が働いていたのは、70歳過ぎの女性オーナーが経営する小さなお店だった。

 その他に、オーナーの身内の女性が手伝いに来ていた。

 

 オーナーはとてもきつい人だった。

 ご主人を早くに亡くし、女手一つで子供達を育て、

 お店を切り盛りしてきたのだから、そうでなければ生きていけなかっただろう。

 

 それを成し遂げた自信からか、

 元々そういう性格だったのかはわからないが、

 『自分は絶対に間違わない』

 と、信じて疑わないようだった。

 

 絶対に間違わない人間なんていやしない。

 では、間違えたら、人はどうするのか。

 

 「ごめんなさい。」

 と、認めて謝るか、

 「私知らない。」

 と、自分は関わってないフリをするか、

 「あんたがやったんでしょ!」

 と、他人のせいにするか。


 自分は間違わないと信じて疑わないオーナーは、

 「あんた!何やってるのよ!」

 

 間違ったことは全部猫のせいにした。

 自分がやったことをすっかり忘れてしまい、

 真実猫が間違えたのだと思い込んでいるようだった。

 反論しても、事実を忘れてしまっているのだから、どうしようもない。

 

 自分のせいではないことで怒鳴られる。

 だが、そこを辞めてしまうと、

 次の職場がいつみつかるかわからないという不安から、

 我慢せざるを得なかった。

 猫が辞めたら、生活費が工面できなくなる。

 ご主人様のお給料も入ってきてない今、猫が働かないと。

 

 毎日、つらかった。

 理不尽なことで苦しかった。

 

 家に帰っても、お金の心配で心が安まらず。

 猫のお給料も支払いと生活費に全て消えていく。

 

 せめて、話を聞いて欲しいと、

 「今日ね」

 と、話しても、ご主人様はテレビに夢中になって、

 猫の話を少しも聞いてはいない。

 途中で話を止めても気がつかない。

 

 聞いてくれるときもあったが、最後は必ず、

「だから?」

「ふぅ〜ん ひどいね。」

 「かわいそかわいそ いい子いい子 どうでもいい子。」

 まるで他人事だった。

 話しても、救われるどころか、虚しくなるだけだった。

 

 

 家のことは、猫が仕事から帰ってきてからと、休みの日に全部やっていた。

 ご主人様は一切手を出さない。

 

 そして、仕事を家に持ち帰ってくるため、

 休みの日は猫もご主人様の仕事を手伝っていた。

 細かい図面の仕事だったので、気も遣うし、目も痛くなる。

 慣れないソフトを使うので、何度もやり直させられる。

 設定が間違っていて、ちょっとでも線が太くなると、

 建造物にかなりの誤差を生じるので、間違えるわけにはいかないのだ。


 その日は、

 体も心もくたくたになって、晩ご飯を作る元気も気力もなかった。

 今朝、ご主人様のお弁当に全部入れてしまったので、

 家には、すぐに食べられる物が何も無かったのだが。

 

 ご主人様が帰ってきて、晩ご飯がないと聞くなり不機嫌になる。

 「なんで俺よりずっと早く帰ってきてるのに、作ってないわけ?」

 作る元気もなかったんだと言うと、

 「俺だって疲れてるんだよ。じゃあ、どうするんだよ?」

 

 そう、だよね。

 疲れて帰って来て、何もなかったら怒るよね。

 

 そう思いながら、コンビニで何か買ってくると言うと、

 「買ってくるってなんだよ!俺はいやだからな!

 だいたい、買ってくる金なんてあるのかよ。」


 お金・・・お金が、ない・・・

 

 今、コンビニでおにぎりやサンドイッチを買うくらいのお金はある。

 それでも、買ってくるよりは作った方がいいに決まってる。

 やっとの思いで立ち上がったとき、ふと思い出したことがあった。

 (そうだ、あそこに。)

 

 引き出しの奥を見ると、カップ麺が2つあった。

 「ごめん、これで、いい?」

 カップ麺をおずおず差し出すと、

 着替えながら、ご主人様は猫をちらっと見て、

 「・・うん。」

 

 涙がでた。

 カップ麺に救われたような気がした。

 そして、無理をしても、晩ご飯を作っておけばよかったと後悔した。

 

 「晩ご飯も作れないほど疲れるんだったら、辞めたら?」

 辞めて、すぐ次ってわけにはいかないんだよ?

 カップ麺にお湯を注ぎながら言うと、ご主人様は黙ってしまった。

 

 辞めたら困るくせに。

 何も解決法がないのなら、辞めればなんて気安く言わなければいいのに。


 そう思いながらご主人様を見ると、

 いつの間にかテレビをつけて、

 声をたてて笑う横顔がそこにあった。

 


 いつも機嫌の悪いオーナーがなぜかその日はにこやかだった。

 「あんたに大事な仕事を教えるよ。」

 

 それは、お金を扱う仕事だった。

 今までずっとオーナーが一人でやっていたのだった。

 

 元々、猫の仕事はお金を扱うことではないのだ。

 それに、その仕事はお店を閉めてから始めるので、

 家に帰るのがかなり遅くなる。

 休みの日も出てこなくてはいけなくなる。

 

 身内の人は?と訊くと、

 「あの人は、私の大事な子供と孫の世話があるからね。」

 と、事も無げに言う。

 

 猫にだって、家の仕事がある。

 今でもようやくなのに、これ以上遅くまでなんて無理だ。

 また、ご主人様が不機嫌になる。

 そして、ご主人様が疲れて帰ってきても家に誰もいない、というのは避けたい。

 

 それに、

 今だってそうなのに、その仕事に関わったりしたら、

 間違いは全部猫のせいにされるに決まってる。

 下手したら、こっそり盗んでるなんて言われかねない。

 

 それは無理だと断ると、途端にオーナーの機嫌が悪くなる。

 「あたしが教えてやるって言ってるのに、なんだ!その態度は!!」

 

 それから、いや、今から考えると、

 その前からそうだったのかもしれないが、

 

 猫が言ってもいないこと、してもいないことを

 勝手に、言った、やったと思い込んで、オーナーは怒るようになった。

 怒っている言葉を聞いていると、猫には全く心当たりがないことばかりだった。

 

 「何のことですか?」

 と訊き返すと、

 「しらばっくれて!〇〇のことだよ!

 あんた!そう言ったじゃない!」

 言ってないです、と言ったが最後、

 さんざん怒鳴られたあげく、嘘つき呼ばわりされる。

 

 何度もそれが繰り返され、

 流石に、猫も黙ってはいられない日がやってきた。

 「いい加減にしてください!

 なんでいつもそうなんですか!

 知らないと言ってるじゃないですか!」

 猫の勢いにオーナーも黙るしかなかった。

 

 もう限界だった。

 ここで働くのも、ご主人様の傍にいるのも。


 もう、嫌だ・・

 誰か、助けて・・・

 猫を助けて・・・




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