↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/8

7、それぞれの伝えたかった想い

 

 

 人の少なくなった会議室に残されたのは、エリントン辺境伯家の代表代理として呼ばれた嫡男ネリウスと、被害者であるイリス、王国で起きたすべてのことについて責任と権力を持つ陛下と王妃と、仕切り役である宰相。それと僕だ。


「この顔ぶれで話し合わなくちゃいけないことってありましたっけ?」

 しれっと口にする。できればここで解散したい。

「一番大事なことが決まっていないであろう?」

 片方の眉を上げた陛下がさらりと僕の逃げを塞いだ。くそう。やっぱ駄目か。

 ネリウスに助けを求めて視線をやれば、なぜか嬉しそうに笑っていて腹が立った。

 そうだった。ここからは奴も敵だった。

「ゼフィール。お前が意気揚々と私達のサインを強奪していったのではないか。それについて余はまだ報告を受けていないのだが?」 

 痛たたたたた。酷い。直接攻撃が過ぎるんじゃないかな。王族としてもう少し装飾過多な柔らかな表現して欲しいものだよね。


「……断られましたので」

「は?」

 なにそれ。そんな阿呆っぽい陛下の顔を見たのは初めてだ。と思ったら、すぐ横の王妃の顔も似たようなものだった。うわー。すごいレア体験だ。


「断られました! ばっさり! 何度も!! なのであれは無かった事にして下さい!」

 あ。やばい、泣きそう。

「なんと。お前の先走りだというのか」

「あなたが振られたの? あんなに外堀を埋めておきながら?」

 ぐはっ。もう我慢しなくていいかな。王妃まで一緒になって。酷いや。

「そうです! ですから! 是非、陛下と王妃におかれましては……、イリス・エリントン嬢がしあわせになれるような、すばらしい縁を結べるよう御取り計らいをお願いいたします!」

 僕は、言わなくてはいけないことを大声で一気に捲し立てると、イリス嬢の前に跪いた。


「好きです、イリス・エリントン嬢。あなたを笑顔にしたかった。守りたかった。でも僕では無理だというなら、どうか、次にあなたが恋する相手が、それを叶えてくれるよう、僕はこれからも何でもしようと思う。どうか、お幸せに」

 それだけ告げると、返事も聞かずに僕は小会議室から走って逃げようとした。


「お待ちください、ゼフィール殿下!」

 でも。

 他の誰の声を無視して走り去ることはできても、その人の声だけは無視することは僕にはできない。

 振り向くことはできなかったけれど、僕はその声の求めるまま会議室の扉を出たところで足を止めた。


「陛下、王妃陛下。大変申し訳ございませんが、ゼフィール殿下とわたくしにおいては対話が足りないようです。一度退席させて戴いてもよろしいでしょうか」

 イリスが淑女の礼を取り、陛下にお伺いを立てた。

「うむ。息子を頼む、イリス嬢」

「ありがとう。うちの三男は、頭の出来は悪くないと思うんだけど、ちょっと女心というものに疎いみたいね。お願いするわ、イリスさん」

 ぐぬぬ。王妃の僕への評価がさっきから酷い。

 しかし、すぐ近くまでイリスが近寄ってきたことが判って、王妃に対して何か思っている場合じゃなかった。頭の中が忙しい。あと心臓が破れる。


「あのね、ゼフィール」

 それなのに。王妃が、優しい声で僕の名前を呼んだ。

「王太子である長男と、その補佐となることが定められていた二男と違って、ひとりだけ歳が離れて生まれたあなたには、自分で恋した相手と結婚して欲しいと願っていたの。わたくしの勝手な願いだったけれど、叶えてくれると嬉しいわ」

 がんばってね、と声を掛けられて振り返る。

 そこには、お茶目にウインクを寄こした厳格で遠い存在でしかなかったはずの父上と、完璧な淑女と名高い母上の笑顔があった。






 私室でドアを開けてとなると絶対に扉の外で聞き耳を立てる奴らがいるので避け、目立つ薔薇園ではなく余り人気のないハーブ園を歩くことにする。

 菜園と薬草園に挟まれた区画にあるこの場所は、咲いている花も小ぶりで華やかさに欠ける。しかし、そこを吹き抜けていく風の爽やかさは何物にも代えがたく僕はひとりで考えたいことがあるとここを歩くことが多い。


 今はふたりだけど。それもイリス嬢と、だ。


 落ち着いて考える事なんかできる訳ないし、落ち着くわけがないので、少しでもと思ってここに連れてきたけれど、思いのほかイリス嬢にも好評のようだった。

 まぁ、会話はないままなので、なんとなくそんな雰囲気がする、というだけだけど。


 このままずっと一緒に歩いていたいとは思ったけれど、それは僕の未練でしかない。

 僕は意を決してずっとイリスに謝らなくてはと思っていたことを口にした。


「ごめん、イリス嬢」

 がばりと大きく腰を折って頭を下げた。

「殿下?」

「……昨日、イリス嬢がアイツを責めたあの言葉。『断罪できるような大きなことが起きる前に、虐めがあると気が付いた時点で学園に訴えるなり、学園内で過ごす時に彼女のコンパニオンとなる女生徒を見つけるなりすればよかったのだ。それこそが、彼女にとっての救いとなった筈だ』 僕も、同類だと…思い知りました」

 イリスがあんなに辛そうにしていたのを知っていたのに。

 僕はずっと横で手をこまねいていた。

「……殿下」

「あんなことが起こる前に、なにか、もっと僕にだってできることは、あった筈なのに……」

 ここで泣いたら駄目だということは分かっているけど、後悔と恥ずかしさで眦にそれが滲む。だめだ。ここで涙を流すなんて、そんなみっともないことはできないのに。


「大丈夫です。殿下に、できることは無かったし、あの時、して欲しかったことも何もありません」

 ぐはっ。そのイリスの許しの言葉は、けれども僕の心を引き裂いた。やっぱ、泣きそう。

 思わず下げていた顔をあげると、目の前に初めてみるような優しい表情をしたイリスがいた。

 こんな至近距離で優しい表情をしたイリスなんて初めて見たから、あんなに傷ついた気がしたのに、思わず嬉しくなる。僕って安かったんだ。


「私とケイン様の間にあった縺れは、私達だけのものです。殿下の御心は嬉しいですが、関与されても正直困惑しかなかったと思います。もしかしたら部外者が余計な手出しを、と憎んでいたかも」

「そっか…そうだよね、部外者、だよね、僕」

 イリスの言葉が心にぐさぐさ突き刺さる。

 そっか、あの頃の僕がするべきだったのは、部外者と言われないようなちゃんとしたイリスとの関係を作ること。それだったのかもしれない。

 本当に、僕は人の心が判らない子供だったんだなぁ。


 ふたりで言葉もないまま小径を歩いていると、イリスがぽつりと口を零した。

「さきほどの会議での説明ですが、昨日殿下から教えて戴いた諸々と、内容が違って聞こえたのです」

 なにがだろう? 首を傾げていると、イリスが少し言い難そうに口にした。

「あの……捏造、のこととか」

「あぁ。うーん。お昼休みに籠っていた高位貴族専用のサロンではそういう事はしてないらしいって知ってたけれど実際に僕には勧誘が掛けられてたしさ。調べてたらいろいろ出てきて、一番通りがいいかな、説明が通り易いかなーって皆で考えたのが教育係っていう、あの形だったんだよ」

 一応ね。終わったことだし、ご令嬢に向かって何度も閨とか言いたくない。

「殿下おひとりの判断だと思ってました」

「そこは重要なのかい? 皆で話し合って、僕はそこで出た結果に反対しなかった。ならそれはそこにいた一番地位の高い僕が決めた事だよ。それですべてでしょ」

「兄が…ネリウスの判断の、お間違いでは?」

「あー。そうだね、彼もいたね」

 僕の師だからね。というか彼が持ち込んだ案件だからね。

 ふう、とイリスが大きく息を吐いた。

「昨夜、遅くに帰宅した兄から見た、一連の件について説明を受けました。殿下には、多大なるご配慮を戴いていた事ありがとうございました。まったく気が付きませんでした。申し訳ありません」

 お恥ずかしい、とイリスが下を向く。

「いいんだよ。イリス嬢は大変だったんだから。それに、僕が勝手にやったんだ」

 気にしないでと手を振って否定した。


「あとね、さっき母上…王妃が言ってたことだけど、気にしないでいいから。あれも勝手に言ってるだけで、イリス嬢は、自分の想いを大切にすればいいんだ」

「殿下…」

「本当は僕の手を取って欲しいと思ってたけど、あれだけきっぱり言われて縋れないよ。大丈夫。まだちょっと、視線は追ってしまうかもしれないけど、それだけだから」

 そうだ。それだって、いつかは止む。

 ……そう思いながら何年イリスを見続けていたのかはどうか聞かないで欲しい。


「幸せになってね。それだけが、僕の願いだ」

 今日はちょっと家まで送れそうにないから、馬車を用意するのでネリウスと一緒にふたりで帰ってくれるかなって続けたかったんだけど……


「なんで、泣いてるの? イリス・エリントン嬢」

 ぽろぽろぽろぽろ

 ただひたすらに、大粒の涙がその眦から零れ落ちていく。

「え、嘘?! どうしたの?? お腹いたい?? え?! だ、だれか!!」

「ちがいます。これは、殿下の。…ゼフィール殿下のせい、です」

「えぇ?! うわっ。どうして、あ。ケインをマリア嬢と婚約させようって提案をしたから? え、今からでも訂正に走る?」

「違います! そんなの、どうでもいいです!」

「えぇ?! どうでもいいの?!!」

 なんで判ってくれないの、と泣き続けるイリスに、動揺する。

「どうしたら泣き止んでくれる?! うわっうわっ」

 ずっと好きだった子を訳も判らないまま号泣させてしまっているという現在進行形の修羅場に、脳内での焦りが酷い。

 何がどうなって、泣き止んでもらう為には何をどうすればいいのかまったくわからない。

 昨日のあの婚約破棄騒動の時のイリスのあの言葉で受けた衝撃以上だ。

「あの、イリス嬢、ごめんね? あの、僕が全部わるいんだよね? あの、泣き止んで」

「それって、自分の、どこ、が悪いか、何も、判っ、…てないって、言ってる、んです、よね」

 僕の制服の胸元を掴んだイリスに問い詰められた。

 泣きながらも僕を確実に仕留めるイリスの眼力に、思わず目を見張る。

「なんで判るの?!」

「やっぱりぃぃ」

 ひどい、としがみつかれたまま更に大泣きされた。どういうこと?!

 完全お手上げ状態だ。


 仕方がないので、しがみつかれるままイリスの心が落ち着くまで僕はその小さく丸まった背中をそっと撫で続けた。

 正直、触れていいのかも判んなかったけど。とりあえず嫌がられてないようなのできっとこれはセーフなんだろう。大丈夫、の筈だ。


 明るかった陽射しが、柔らかくその色を変える頃になって、イリスは少し落ち着いた様だった。

 だから、できるだけ柔らかく、責めるような声にならないように気を付けて訊ねる。

「あの、ごめんね? 僕、どうしてイリス嬢を泣かせてしまったのか、本当に判らなくて。だからその、理由を、教えてくれないだろうか」

 理由が判らないままではまた同じことをしでかしてしまう可能性があるからね。

 僕の望みはイリスの笑顔。それだけだ。

 泣かせたいなんて思ってない。


 声を掛けてからたっぷり時間を掛けて、イリスが小さな声で何かを口にした。

「……でんかに、………からです」

 え、なに?

「ごめん、イリス嬢。聞き取れなかった」

「ゼフィール殿下に、振られたから泣きました!」

 どこかヤケクソっぽい声で、イリスがそれを口にした。

「え?」

「だって、酷いじゃないですか。無理やり、人の心に押し入ってきて、一番真ん中に強引に居座ったと思ったら、ふ、振るなんて…どんな鬼畜ですか」

 え? なにそれ? どういう……

「えっと、あの、イリス嬢、それってまるで、僕の事を好きみたいに聞こえたんですけど?」

 おかしいよね、僕の耳、おかしくなってるよね?

「そうです。そう言ってますっ」

 イリスの顔が真っ赤で。でも、信じられない。

「うそだ」

「嘘じゃないです!」

 だって

「だって、キミはあの婚約者の奴が、す、好きだった、んでしょう? 僕は、ずっと見てたから知ってる」

「……私も、ずっとそう思っていました。でも、私は彼の幻を追っていただけなんだと思います」

 まぼろし?


「騎士見習いをしていた時、女の私に負けると皆が『女相手に本気は出せないからな』といいました。でも、彼だけが、ケイン様だけが本気で怒って何度でも手合わせをしてくれたのです。彼とならもっと強くなれると信じてました」

 ぐっ。好きな子の初恋の話を聞かされるとか。拷問か。

「だから、彼となら。彼のためなら令嬢教育も頑張れると思ったんです。全然だめでしたけど。私には彼の望むような愛らしい令嬢にはなれませんでした」

 悔しさを押し隠して笑うイリスが、切ない。


「でも、こうして婚約が破棄になって。殿下の御心を知って。私がずっと自分の胸の中で抱え込んでいたそれは恋じゃなかったんじゃないかって思うようになりました」

 涙の跡もそのままに、自分の心の中を詳らかに語るイリスは、とても綺麗だった。

「本当に? 無理しているんじゃないのか」

「無理はしていませんよ。なにしろ昨日の騒動の時に感じたのは、自分が情けなかった、ただそれだけ。婚約者として、彼の望むものになれなかった。それ以上でもそれ以下でもなかったのです」

 ビックリですよね、と薄く笑う。

「私のあの想いは恋ですらなかった」


 でもさ、それでもさ。

「でもだって、きみはぼくとなんか結婚しないって。『これから幾らでも素晴らしいご令嬢と出会うこともおありでしょう』って、ほかの、令嬢を、さがせって…」

「それは、私は婚約を破棄されたばかりの傷物で、令嬢としても駄目なので」

 目を泳がせながら、イリスが言い訳を口にする。

「誓約書だって、やぶいた! 破いて…、『妻になどなれません』って、まるで僕に死ねっていうような宣告を」

「死ねなんて、そんな宣告してません」

「でも、僕の気持ちは、受け取れないんでしょう?」

「あの時は。だって、知らなかったんです。殿下が、私をずっと見守ってくれていたなんて。だから、いきなり殿下に求婚されても、意味が判らなくて……」

 まぁそれはそうかもしれない。

 いきなり乱入して名前も思い出して貰えないような事態にならない程度に顔を繋いでおいただけだった。

 交流という点ではまったく足りなかったのだと反省する。


「でも、兄から教えて貰った話と、昨日、殿下ご自身が告げてくれた想いと。そして今日、学園での殿下の様子や話して下さった事と先ほどの会議室での討論。そのすべてが、私の為、で。これを嬉しいと思わない女はいません。嬉しい、と思ったんです」

「イリス…」

 円やかな頬は涙でぐしょぐしょで、大泣きしてしがみついていたのを僕がおろおろと撫でまわしたので髪も朝と違ってぐちゃぐちゃだ。なによりその鼻の頭は赤く色づいていたけれど。

 それでも、真剣な瞳をして僕への想いを口にしてくれたイリスはとても可愛くて、なにより愛しい。

「それなのに。私を、私の心をこんなにも掴んでおいて……あなたは私を要らないと、諦めると仰る」

「違う! 嫌だ、諦めない!!」

 再び大粒の涙を流しだしたイリスを、つよく抱きしめた。


「もう、離してあげられないよ? 逃がしてあげられない」

「逃がさないで。離したりしないでください」

 涙で汚れた頬を撫でる。

 愛しいという想いはどこから来るのか。

 胸の奥が熱くなる。


「ぼく、僕ね、ずっと婚約者のいるイリスを諦めなくちゃいけないって。ずっと思ってた。でも、できなくて。視界に入れたくない。これ以上好きになりたくないって考えてたんだけどね、でも、それもできなかったほど、キミが好きだよ」

「で、んか」

「本当の僕を知ったら、気持ち悪いって思うかもしれない」

「……例えば?」

「あのね、僕は、キミがどこにいても目が吸い寄せられちゃうんだ。入学式の時だってそうだ。壇上で代表挨拶してた時も、すぐにイリスだけ見えた。人混みの中でも、表情が判らないほど遠くにいても、後ろ姿でも。すぐにキミだけ判る」

「あの…うれしいです」

「え? うれしいの?!」

「はい」

「そうなんだ」

「はい」

 やっぱり僕には女心を判るなんて一生無理かも。

 でも、それでいいのかもしれない。

 判らないから、知りたいと思うのかも。

 きっとそれでいいんだ。


「好きだ。イリス・エリントン。少し待たせてしまうことになるけど、僕と結婚して下さい」

「はい。よろこんでお受けさせて下さい。私も、殿下の事をお慕いしております」


 笑顔で告げてくれたその言葉が、僕は何より嬉しくて。

 思わず叫び出したくなった。

 というか、叫んでた。


「だいすき」って。



 


婚約破棄騒動の日。

ぱぱん(陛下)とままん(王妃)は、夜遅くまで

息子が朗報を持ってくるの待っていたんだったりしてw


(2020.11.28 加筆)

ゼフィールからイリスへの謝罪を追加しました(私こそ読者様方へ土下座が必要


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。