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7 紅い道

 ルナディクトの左耳に紅い石が現れた頃。


 荒れ果てた、大地に一軒だけ大きな屋敷が建っている。屋敷の外壁は、いつの間にか真っ黒に塗り替えられ、綺麗に整えられていた庭は見る影もなくなっていた。そんな薄気味悪い屋敷の最奥に二人の男がいた。

 この屋敷の主クラト・メランブラッドは、五十年以上もの長い月日をベッドで過ごしている。この間、体は食事を受け付けなくなり、視力は落ち、歩く事も出来ず、骨に皮がほんの少し被さっているだけになった。そんな状態でも死ぬ事が出来ない。ヴァンパイアの彼が、死ぬための条件が整っていないためだ。

 ダイロが、血を分けた息子でなかったのなら、殺してやる事も出来ただろうに……。

 この病は、先代の王アイチャーンドと、その息子ルナディクトの死を指示した報いと噂されていた。

 政治家としての手腕は誰もが認めるクラトだったが、その反面腹黒さも持ち合わせていた。その為、財力に物を言わせ言いなりにしていた人物も数多くいた。

 ベッドの脇の椅子に座る息子のダイロ・メランブラッドは、クラトよりも性格が歪んでいた。

 今現在、この国を動かしているのは、このダイロだ。

 日に日に弱っていくが死ぬ事の出来ない父親を、心の中で嘲笑いながら毎日訪れることを欠かさなかった。

「お父様、お加減はいかがですか?」

「おお、ダイロか。あまり代わりはないな」

「そうですか。悪くならないのであれば、良しとしましょう」

「国の様子はどうだ?」

「はい、みな平和に暮らしております。今年も作物は豊作のようです」

「そうか。ならば、税収をもう少し上げてもいいだろう」

「そうですね。前年よりも、ほんの少し上乗せしようと思っています」

「くれぐれも、国民の生活を圧迫する事のないようにな。国民が豊かな分、多くの税を吸い上げる事が出来る。そして、我が懐も暖かくなる。国が傾いてしまうと、取るものも取れなくなってしまうからな」

「勿論、承知しております。お父様は、ご心配なさらずゆっくりご静養なさって下さい」

「ありがとう。ダイロ、お前が賢い子で私はとても助かるよ」

「お褒め頂光栄です。それでは、また明日伺います」

「うん」

 クラトは、それだけの会話で疲れてしまったのか、眠りに落ちていった。

 ダイロは、薄気味悪い笑みを浮かべ父親の顔を一瞥すると、部屋を出た。

 クラトは、国中が荒れ人間が怯えて暮らしている今のこの国の現状を知らない。内乱が沈静化する前に、ベッド生活が始まったからだ。ダイロは、故意に父親への情報を遮断し、嘘の報告だけをしている。クラトの部屋は、防音結界が張られ、屋敷の召使でさえもクラトの部屋への入室を禁じていた。

 ダイロは、クラトの部屋を出ると応接室へと入って行った。

 部屋には、男と女がダイロを待っていた。

 男の名前は、ガトス。ダイロの側近として働いている。

 元々は、国政など全く分からないチンピラ共のリーダーだ。ヴァンパイアとしても力は弱いが、金を渡せば汚い仕事も喜んで引き受けるところが気に入っている。

 女の名前は、ヒュビス。ダイロの愛人だ。

 ヒュビスを迎えたのは数年前の事であり、父のクラトも知らない。もしも知ったら、ダイロと並んで歩くのさえ大反対する事だろう。

 ヒュビスは、潰れ掛けた娼館で見付けた女だ。生きる為には、形振り構わず男を誑かし、女に対しては底意地の悪さを発揮する 。

 ダイロは、そんなところが気に入っている。決して、愛している訳ではない。

「どうだった? お父様のご様子は」

 首に付けている幾つものえげつない装飾品をジャラジャラ言わせながらヒュビスが、ダイロにしな垂れかかり聞いた。

「変わらないさ。今年は豊作だって言ったら、来年は税を上乗せしたらどうかと言われたよ」

「まあ、それは素敵ね。次は、ドレスが欲しいわ。真っ赤なドレス」

「そうだな。お前には血の様な赤が似合いそうだ」

「ありがとう。とても、楽しみだわ」

 いつもの上辺だけの会話を聞き流し、ガトスが話し始めた。

「ダイロ様、この頃人間どもが妙な動きをしているようなのです」

「妙な動きとは?」

「この数年、ずっと地下に潜り生活していた人間どもが、時々地上に出てきて、道を整備しているのです」

「道を?」

「ご苦労な事ね。以前道だったのか、畑だったのかも分からないような荒れ果てた土地を……。そんな力仕事よりも楽で楽しい事をすれば良いのに……。本当に、人間って馬鹿ね」

 ヒュビスらしい答えだ。

「しかし、今頃になって急にどうしたんだろうね。聞いてみた?」

「それが、逃げ足は以前に増して速くなっているものですから、まだ、一人として話を聞けていません」

「そうか……」

「それから、その整備された道なんですけど、月に照らされるとほんのり紅く光るんです」

「あら、綺麗じゃない。私見てみたいわ」

「紅く光るって、なぜ光るんだ?」

「年寄りのヴァンパイアに聞いたところ、この国独特の土だというのです」

「そんな土の存在を、僕は知らなかったな。では、なぜ荒地では全く光らなかったものが、整備すると光ようになるんだろう……」

「それは、年寄りにも分からないようでした。でも、整備された道に力の弱いヴァンパイアは近づかない方が良いというのです」

「その紅が、何かの力を持っているのか? 確かめる必要がありそうだね」

 ダイロは、ヒュビスとガトスそしてその手下を数人引き連れて、整備された道へと向かった。

 その道は、国の中央を南北に通っていた。月明かりにほんのりと紅く染まった道は、昔国のメインストリートだった場所に一致いていた。

 道の一番北には、高い山が連なりその山腰にポイニーブラッド家が建っていた。道を南に進むにつれ気候も温暖になり海へと向かう。

 道のこちら側は西部地区と呼ばれ、以前は多くのヴァンパイアが住んでいた。

 比較的大きな家が立ち並び、高級住宅地といった感じだった。

 そして、道の向こう側は東部地区と呼ばれ、人間が多く住んでいた場所だ。

 細かな碁盤の目の様に道が通り、メインストリートに沿って小さな商店が立ち並び、メインストリートから離れるにしたがって農地が広がっていた。

 なぜ、百年も昔の道を人間達は知っていたのだろうか……。

 道に近づくにつれ、ガトスの手下の一人が地面に膝を付いた。

「ロゲト、どうした?」

 ガトスは、膝を付いて苦しがる男を覗き込んだ。

 ロゲトは、汗をびっしょりとかいて、肩で荒い呼吸を繰り返していた。

「しっかりしろ、大丈夫か?」

「……ガトスさん。……俺、……まだ死にたくない」

 ロゲトは、それだけやっと言うと体が灰になり崩れた。

 周りの手下どもにも動揺が広がり、あっという間にこの場から逃げ出した。

「ガトス、この者は力が弱かったという事か?」

「確かに、ロゲトは人間との混血児です。ロゲトの先祖には何人もの人間がいます。ですから、ヴァンパイアとしての力は非常に弱かったです」

「そうか。しかし、この道を作ったのは人間だ。作っていた人間が何ともないのであれば、何かが可笑しい。それに、この国には今までずっとこの紅く光る土があったという事なら、以前にももっと多くの混血児が死んでいても可笑しくないだろう」

「そうですね。今以上に混血児は多くいましたから」

 二人が、そんな会話をしていると、ダイロの後ろでドサリと大きな音がした。振り向くと、そこにはヒュビスが倒れていた。

 駆け寄ってみると、ニュビスは気を失っているだけのようだった。

ガトスは、ヒュビスの傍まで近づく事が出来なかった。心臓を鷲摑みされたような苦しさが襲ってきたからだ。

 しかし、ダイロは何ともない。先祖に人間が一人もいないヴァンパイアだからなのか……。

 ダイロは、その道まで足を進めた。

 道は、紅く光る以外は何の変哲もないただの道にしか見えない。しかし、その道を踏みしめた時、体中に弱い電流が走った。それは、その道に立っている間中続いた。道からそれると、それはおさまった。

 この紅い道は、人間をヴァンパイアから守っているというのか……。

 しかし、昔はこのように電流が走る道は一本もなかった。人間もヴァンパイアもその混血児も、何の壁もなく自由に行き来をしていた。

 どうしてだ……。


 人間達は、国を縦断する道の向こう側に碁盤の目の様に新しい道を整備していった。広い道も細い道も、整備された道全てが月夜には紅く光っていた。

 道が整備されると、次は川の整備を始めた。

 以前は豊かな水を湛えていた川も、小川程度の水量になっている。その川を碁盤の目に沿って流れを変えるように作り出した。

 その川が、出来上がる頃には何処からともなく豊かな水が流れ始めた。そして、その川底も月明かりで紅く光った。

 街の整備が進むにつれ、月明かりがない時間帯でも力の弱いヴァンパイアはその道に近づく事すら出来なくなっていった。

 何の妨害も受けずに、東部地区は着々と整備されていった。

  

 ダイロは、人間より優れているはずの自分たちが暮らす西部地区がみすぼらしく見える事に我慢がならなかったため、ガトスの尻を叩き、道の整備をさせた。

 しかし、重労働に手を貸そうとする者は殆どいなかった。真面目に働くなんて馬鹿らしいと思っているヴァンパイアが非常に多かったし、もし整備された道が紅く光り出したら、自分達の命が危ないかもしれないからだ。

 日を増すごとに、メインストリートを挟んだ地区の様子に差が付いていった。

 先代の王を亡き者にしてから、百年。その間、秩序を守らないヴァンパイアの天国のような国だった。それが、揺らぎ始めている。

 人間たちは、この国を再生しようとしている。それは、誰かが守り導いているようにも感じられた。

ダイロの心には、不安が芽生え始めた。




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