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8 ダイロの不安

 ダイロの不安は、年を追う毎に募って行った。

 その一つ目は、東部地区の整備が進むにつれ、力の弱いヴァンパイアから死ぬ者が増えて来た事。

 死んだ者の中には、整備されている地区に近づいていない者もいた。

その為、少しでも紅い光が及ばないようにと、他国から土を買いメインストリートに敷き詰めた。しかし、紅い光を防ぐ事は出来なかった。紅く光る土は生き物の様に他国の土を取込み同じ土に変えてしまうのだ。

 二つ目は、分厚く覆っていた雲が東部地区から薄くなってきている事。

 それは、太陽の光を知らない、若いヴァンパイアの体調を崩していた。

 ダイロは力を尽くし雲を呼び寄せたが、なぜか留まる事は無かった。以前呼び寄せた時には簡単に留まったのに。

 三つ目は、父クラトの様態が変わった事。

 ベッドでの生活が始まってから、ダイロが訪れる時以外は殆ど眠っていたが、この頃は、一日の多くの時間もがき苦しむようになった。どんな薬を投与しても、その苦しみを取り除く事は出来なかった。激しく暴れるためベッドから落ちないように、ベルトで固定した。しかし、そのベルトも数日しか役に立たず、ボロボロに引きちぎられてしまう。

 ほんの少しの苦しまない時間は、何かに怯えるかのように、ガタガタと振るえ涙を流しながら、訳の分からない事を呪文のように唱えている。

 もう、ダイロが訪れても話をすることも出来ない状態になってしまった。

 それでも、死ぬ事が出来ずに苦しい時間を過ごす父を、他人の手を借りて殺してやろうとは思わなかった。

 今の自分がこの国を好き勝手出来るのは、この父が生きているからだ。

 父がこう言ったといえば、古参のヴァンパイアたちも異見する者はいなかった。彼らは、クラトによって何らかの援助を受けているからだ。

 因みに、その他の国を動かしていた古参のヴァンパイアは、いち早く他国へと亡命してしまった。

 そんな好き放題の環境を、自ら手放すような事は全く考えていない。どんな方法をとろうが、クラトには一日でも長く生きていてもらわなければ困るのだ。

 四つ目は、東部地区を、自由に歩き回る若いヴァンパイアがいる事。

 この事が一番気になっている。

 歩き回っているヴァンパイアは、それほど強い力を持っている様には感じられない。それなのに、月夜でも平然と歩き回っているのだ。

 それと、西部地区よりも空を覆う雲が薄くなった東部地区でも、体調を崩していないようにみえる。

 そんなヴァンパイアが、何人もいるようだとガトスから報告が上がってきた。

 あの内乱の際、反抗的なヴァンパイアは全て抹殺したはずだ。だから、自分に付き従っているヴァンパイアしかこの国にはいない。

 国外に逃れた者もいただろうが、国境を警備する者からは入国許可を申請してくる者の話は全くない。

 人間が使っている、地下道が国外にも通じていて、そこを通って入国してきたのだろうか?しかし、あの道は狭くて大柄なヴァンパイアは通れない。

 とすると、この国にいたことになる。見た目の若さから、あの内乱の後に生れたのかもしれない。

 この国の何処で、生れたのだろう?

 この国の何処に、隠れていたのだろう?

 しかし、内乱後もこの国の隅々まで調査している。隠れられるような場所は何処にもないはずだ。

 ポイニーブラッド家の北に聳え立つ、山々を行き来しているのだろうか?

 しかし、あの山は、誰にも近づけないはず。

 あの山々は、生きている物全てを拒む、死の山と呼ばれている。だから、誰も近づかない。

 なのになぜ、その山腰にポイニーブラッド家だけが存続できたのだろうか?

 あの屋敷が建っていた時は、誰でもが訪れる事ができた。もちろんその屋敷で働いていた者の多くは、力の弱いヴァンパイアや人間だ。

 しかし今は、誰も立ち入る事ができない。その為、ポイニーブラッド家跡地の監視は機械に頼るしかなかった。

 どういうことだ……。

 まさか、ポイニーブラッド家に繋がる者が、生きているのだろうか?

 一番てこずったであろう、ルナディクトの従者は、ダイロの従者ラゴスと相打ちになったと聞いていた。その後、屋敷には火を放ち何も残らなかったと……。

 滅ぼしたはずの、ポニーブラッド家が今頃になってまた私たちを脅かしているというのか……。

 調べなければ。ポイニーブラッド家の何もかもを……。

 しかし、どうやって……。

 ポイニーブラッド家についての資料は、すでに何処にも存在しない。あの内乱の最中、全て消失してしまった。何処を探しても、見つける事が出来なかった。誰が何の為に持ち去ったのかすら分からなかった。

 話を聞こうにも、一番詳しく知っているだろう父は毎日もがき苦しみ、話を聞ける状態ではない。

 父の記憶を覗き見る事も、押さえ込む必要がある為上手く行かないだろう。

 他に記憶していそうな人物は、誰だ?

 メランブラッド家よりの古参のヴァンパイア達は、知っているだろうか?

 知っていたとしても、自分には話してはくれないだろう。

 何の抵抗もなく、自分に話してくれる人物を探さなければならない。それでなければ、何もかもを知る事が出来ない。

 ダイロは、自分より年上で自分に好意的なヴァンパイアがいないかと一人一人思い浮かべた。

 一人いた! 生きていてくれたら、その人物程の適任者はいないだろう。しかし、多少のお叱りは受けるに違いないが……。

 ダイロは、早速その人物へ連絡を入れ、約束を取り付けた。

 その人物は、あの内乱で家族を失い西部地区の奥まった小さな村で、ひっそりと暮らしていた。

 

 ダイロは、小さな村の片隅に建つ彼の家のドアをノックした。

 家の中からは、家政婦らしき女性がドアを開け家の中に通してくれた。

 居心地よく整えられた客間は、彼の人柄を移し出しているようだった。 

 彼は、ダイロの記憶そのままの容貌で部屋へ入って来た。

 彼に最後にあったのは、内乱が始まるずっと前の事だ。 

 彼の正確な年齢は知らないが、この国で一番年上である事は間違いないだろう。そんな彼が、シャンと背筋を伸ばしきちんとした身なりで現れた事に、ダイロは胸を撫で下ろした。

「先生、お久しぶりです」

 ダイロが、目上の人への挨拶を躊躇う事無く出来るのは、この国の中で彼くらいのものだろう。

「お久しぶりです。元気そうですね、ダイロ・メランブラッド」

 彼は、穏やかな笑みを浮かべて椅子へ腰掛けた。

 彼の名前は、クレイオ。ダイロが幼い頃にお世話になった家庭教師だ。因みに、ダイロだけではなく、この国のブラッドを名乗る家の者は全てこの人物に教えを請うてきた。

 この国一番の、博識な人物だ。彼が知らないことは、きっとないのだろう。

「突然の訪問を快く受けてくださり、ありがとうございます。どうしても、先生に教えて頂きたい事があります」

 ダイロは、クレイオの長い説教が始まる前に話しを持ち出した。しかし、クレイオはすぐには話しに乗ってきてはくれなかった。

「私は、先の内乱で家族を失い今は一人です。家のことは家政婦がしてくれますが、寂しいものですよ。今は、近所の子供達に勉強を教えていますが、どの子も夢がありません。彼らも私と同じ寂しい存在ですね。貴方はどうですか?」

 クレイオの瞳は、ダイロの心の中を覗きこむように細められた。

「父が病に倒れ長いことベッドに臥しています。あれほど、元気で溌剌と仕事をしていた人が、今は見る影もありません」

「そうですか。クラトも苦しんでいるのですね。でも、それらももうすぐ終わりを迎えるでしょう。新しい風が東から吹き始めました。私はその風を歓迎したいのですが、貴方は歓迎出来なくてここへ来られたのでしょう?」

「はい」

 クレイオの前で嘘をついても見抜かれてしまうので、出た答えがこれだった。

「素直な答えですね」

 クレイオは、何が可笑しいのかクスクスと笑い始めた。

「貴方は、幼い頃から変わっていませんね。こんなに素直な面もあるのですから、貴方の力をもっと別の事に使えたら良かったですね。とても、残念でなりません」

「……」

「貴方が知りたいことは、ポイニーブラッド家の事ですね」

「はい」

「それを知ったところで、貴方には、東からの風を止める事は不可能でしょう。それでも、知りたいですか?」

「はい」

「分かりました。貴方の疑問にお答えしましょう」

 クレイオは、静に答えた。


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