6 種族を超えた絆
今から十六年前、この隠れ家に一人の人間が尋ねてきた。
多くの人間が農業や酪農で生計を立てていた。ポニーブラッド家が惨殺されてから、彼らの暮らしは急激に苦しくなった。
ポニーブラッド家は、気象を操作する事を好まなかったため、多くの実りを彼らに与えていた。
しかし、メランブラッド家が支配するようになると、自分達に都合のいい気象に変えてしまった。
太陽を厚い雲で覆い隠し、昼間でもヴァンパイアが活動できるようにしたのだ。そして毎日、どんよりとした肌寒い日が続いた。
そのため、人間が世話をしていた家畜には病気が蔓延し、農作物は育たなくなった。人間の間でもたちの悪い病気が流行り、パタパタと命を落とした。
人間の敵は、病気だけではない。下っ端のヴァンパイアどもが週に数度現れ人間を襲っていた。
そんな中でも人間は、知恵を絞り助け合い生きていた。いつか、この暮らしが楽になる事を信じて……。
この世界の人間の間には、親から子へ子から孫へと語り継がれてきた『言い伝え』がある。その『言い伝え』は、決して多種族へと知られることがないように、秘密裏に引き継がれてきていた。
この『言い伝え』は、その国に一緒に住む種族によって多少の違いはあるが、大まかな内容は同じものだった。
この国の人間達は、この『言い伝え』を一度も表に出した事はなかった。表に出すと言っても、これを必要としている者に伝えるだけなのだが、今までそれを伝える必要がなかった。それだけ、この国は豊かで平和だった。
大きな争いが終わり約二十年。やっと、この『言い伝え』を伝えるために必要な兆しが現れた。
生き残った人間たちは、他種族であるフェデル家の者に伝える決意をし、代表の老人を送り出したのだ。
老人は、アルスの元に通されると人払いを望み、ポイニーブラッド家の者への目通りを希望した。
ルナディクトの身体が再生されてここで眠っている事は、ここに出入りをする数名の者しか知らないはずだ。それに、ポイニーブラッド家が惨殺されてから百年近く経っている。寿命の短い人間が知るはずがない。
そこで、アルスはいくつかの質問をした。
「ポイニーブラッド家の事をご存知なのですか?」
「はい。私達の先祖はその方が統治されていた国で、暮らしていました。今とは比べ物にならない位平和で豊かな国だったと伝えられています」
「ポイニーブラッド家は、百年位前に滅んでしまったのですよ」
「そんな事はないはずです。記録によれば、ポイニーブラッド家の屋敷が火事にあった数日後、その家に仕えていたフェデル家の青年が、ボロボロの体で荒れ果てた街を彷徨っていたとあります」
「なぜその事が、ポイニーブラッド家の存続に繋がるのですか?」
「それは、ポイニーブラッド家の嫡男とフェデル家のその青年が主従関係にあるからです。おそらく、その青年は主を再生する為に、多くの血液を必要としていたと思われます」
「どうしてそのような事までご存知なのですか?」
「私達人間には、代々引き継がれてきた話があるのです。その話の中にその事も含まれています」
アルスは、人間たちだけに伝えられている話がある事を知っていた。その話の内容が、今の自分たちの状況を良くしてくれるものかもしれないと思い、老人の要望を聞きいれた。
老人は、ルナディクトのベッドサイドに近付くと深々と頭を下げた。そして、小さな小刀で自らの指先に傷を付け、その指でルナディクトの唇に触れた。
老人の指先についていた血液は、ルナディクトの唇の上でスっと消えた。普通であれば、唇に赤く残っているはずなのに……。
長く生きているアルスでも、初めて見る光景だった。
ルナディクトの唇を凝視していたアルスに、老人が声を掛けてきた。
「恐れ入りますが、この方の従者をお呼びいただけますか?」
「は、はい」
アルスは、老人をルナディクトの部屋にあるソファーに座るよう促し、隣室でぐったりと横たわっていたカマルを連れて戻ってきた。
カマルは、やっと意識を保っているような状態だった。
そんなカマルの状態を知っていたかのように、老人は驚くこともなく、赤黒い小さな錠剤を数個カマルに手渡した。
カマルは、その錠剤を虚ろな目で見詰めた後、老人に視線を移した。
「その錠剤は、私たち人間の血液を凝縮したものです。今のあなたの体に一番必要でしょう。さあ、お飲みください」
カマルは、自分の体を支えているアルスに確認を取るように視線を動かし、アルスが頷くと震える手で錠剤を口に入れた。
錠剤は、舌の上でスッと消えるように体の中に吸収されてしまった。そして、熱いものが血管の中を猛スピードで駆け巡り、その熱が心臓に届くと数回、大きく鼓動を打つと急に静になった。
アルスにはカマルの体の中で何が怒ったのか理解する事が出来なかったが、カマルの表情が見る見る良くなり、生気に満ちてきている事は分かった。
「いかがですか?」
カマルの顔を覗き込むように、老人が声を掛けてきた。
「ありがとうございます。ともて元気になりました」
「そうですか。それは良かったです。これからは、二日に一粒ずつお飲み下さい」
老人は、赤黒い錠剤がたくさん入った瓶をカマルの前に置いた。
「こんなに頂いてもいいのですか?」
「気になさらないで下さい。ここであなたに倒れられては、私達も困るのですよ」
老人は、皺だらけの顔で穏やかに微笑んだ。
「では、本題に入りましょうか。今からするお話は、王を一番近くで支える者にだけ話すことが許されているものです」
老人の言葉に、アルスは部屋に音を遮断するための結界を張った。その行動に、老人は少し驚いたような表情を見せたが、ありがとうございますとお礼を告げた。
「私がこちらに伺ったのは、ずっと私たちが待っていたある兆しをやっと確認する事が出来たからです」
「兆し……ですか?」
「はい。『言い伝え』では、『闇が支配する世界に、尊き光現わる。その光集いて、導きてを示す』とあります。この光は、人間にしか見ることが出来ず、国によって色が違うようですが、この国では紅です」
「紅の光?」
「お二人の仲にも、その紅の光が灯っています。今はとても小さな灯りですが、この国を平和へと導いてくれる光です」
「なぜ、私達にその光が?」
「それは、お二人がこの国の王の力を分け与えられた者だからです。ポイニーブラッド家は、この国の大地が認めた王なのです。こちらで眠っていらっしゃる方がお生まれになった時、紅い光に包まれていませんでしたか?」
老人は、アルスに視線を向けた。アルスは、古い古い記憶を辿りルナディクトが生れた時のことを思い出した。
「確かに、紅い光に包まれていました。とても強い光で、国中を照らしたと記憶しています。その光は、その後小さな石になりルナディクト様の右耳にピアスのように収まってしまいました」
アルスの言葉にカマルが、勢い欲立ち上がりルナディクトのベッドへ駆け寄った。
そうだ、ルナディクトには両耳にピアスのように紅い石が付いていた。しかし、その石が今は一つも付いていない。だから、目覚めてくれないのだろうか……。
カマルが力なく席に戻ると、老人が懐から大事そうに小さな箱を取り出した。
その箱の中には、ルナディクトの耳に付いていたものと同じ位の大きさの紅い石が入っていた。
「これは……」
「私達は、毎晩のように星が煌く事のない空を眺める事が日課のようになっていました。それが、二年位前から夜空に紅い光を見るようになりました。その光は、時間を追うごとに多くなっていき輝きをましていきました。『言い伝え』では、その光は救い主の縁ある場所に集まるのだと……。そして、私達はやっとこの光の集まる場所を突き止めたのです。そこは、ポイニーブラッド家の屋敷跡地の地下でした。そこで見つけた物がこれです」
「屋敷跡地は、厳重に閉鎖され監視されているはずです」
「そうですね。しかし、私達はある通路を見つけました。その通路は、大人が這って通る事がやっとの小さな物なのですが、この国の地下を網羅するように通っているのです。そして全ての通路がポイニーブラッド家跡地へと繋がっています。地下通路には、大きく開けた空間もあるのです。私達はそこを避難所として利用しています。ヴァンパイアの皆さんは大柄ですから、その通路には入ってこられませんから」
老人の言葉にカマルはある事を思い出し、笑い出した。老人とアルスは、それを訝しげに見つめた。
「いかがされましたか?」
「その通路はここに眠っているルナディクト様と私が幼い頃に掘ったものです」
カマルは、懐かしいものを見ているような表情を浮かべた。
「それは本当ですか?」
「はい。その当時ルナディクト様はモグラやアリのように地下に巣を持つ生き物に大変興味を持たれまして、色々調べ計算をして通路を掘ったのです。あの時の計算は間違っていなかったのですね。通路を掘ってから多くの時間が流れたのに、こうやって使う事が出来るのですから。ルナディクト様の並外れた好奇心も役に立ったのですね」
「役に立つどころではありません。私達は、その通路に何度も命を救われてきました。通路の中の空間には、太陽を思わせるような自ら光り輝く鉱石が集められていたり、地下水も利用できます。空気口もあるので、その空間で生活も出来ます。やはり、大地に認められた王なのですね。さあ、この石をあの方に……」
カマルは、老人から小さな紅い石を受取るとルナディクトの右耳に近づけた。すると石は、カマルの手の中で形を崩し吸い込まれるようにルナディクトの耳朶におさまった。
「これで、この方は大地からも力を分けてもらう事が出来ます」
カマルとアルスは、ホッと胸を撫で下ろした。
「これで、主は目覚めるでしょうか?」
カマルの期待の問いに、老人は首を横に振った。
「これだけでは、まだでしょう」
「後、何が足らないのですか?」
アルスも、老人に詰め寄るように言葉を掛けた。
「『言い伝え』には、続きがあるのです。『その者、その光と清き魂を得、安穏をもたらす』と。その光とは、今私がお渡しした石の事ですが、『清き魂』について詳しいことは伝わっていないのです。おそらく、この方ご自身にしか得ることが出来ないものなのかもしれません。しかし、この石を見つける事が出来たのです。これから、何らかの変化が起こる可能性があります」
「そうですね。これからは、主の様子を事細かく見守っていく事にします。ありがとうございました」
ガッカリと力なく俯いているカマルに変わり、アルスは深々と頭を下げた。
老人は、カマルの肩をポンポンと叩くと隠れ家を去って行った。
それから一年後、ルナディクトの左耳に紅い石が現れた。
この現象は、この隠れ家にいる者たちの希望の火を一段と輝かせる事になった。




