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5 従者の苦悩

 カマルが事態に気付き、ルナディクトが眠る部屋に辿り着いた時には、すでにルナディクトの体はバラバラにされた後だった。

 部屋の中は、目を覆いたくなる様な惨状。

 窓は割られ、カーテンは切り裂かれ、家具類は中を物色され、定位置から移動していた。血に濡れた靴が床を歩き回った跡が残っていた。

 その部屋に繋がる窓一つない小部屋は、もっと悲惨は状態だった。

 天井や壁には血飛沫がかかり、床には血溜まり、あちらこちらに肉片が散乱していた。

 この部屋には、ルナディクトの棺が置かれていた。

 棺には錠が掛けられ、カマルだけが開けることを許されていた。しかし、その棺は、斧のような物で真っ二つに割られていた。

 永い眠りに付くために、仮死状態になっていたであろうルナディクトは、異変に気付く事無く棺ごと真っ二つに切られてしまったのだ。

 そして、バラバラにされた……。

 カマルは、その惨状に息を呑み、崩れるように床に膝を着いた。

 どうして、ここまで酷い事が出来る!! 

 主が何をした!!

 涙が、後から後から流れ落ちた。涙で視界がぼやける中、手を着いた床に微かな光が見えた。

 カマルは、ハッと我に返った。自分にしか出来ない、やらなければならない大事な役目があることを思い出した。

 その微かな光は、ルナディクトの心臓の欠片だった。

 カマルは床に這い蹲り、欠片を探した。

 主従の契約を結んだ者の手に触れると、微かな光を放つ。その微かな光を放つどんなに小さな欠片からでも、再生が可能だ。

 月明かりも入ってこない窓一つない部屋で、カマルは、欠片を一つでも多く拾うことに必死になった。

 ルナディクトの体は、とても細かく切り刻まれてしまったため、カマルは欠片を潰してしまわないように、細心の注意を払わなければならなかった。

 その為、廊下に敵が戻って来た事に気付くのが遅れてしまった。

 敵は、床に這い蹲るカマルの背後から近づき、背中に短剣を刺した。短剣は、カマルの肺を傷付けた。

 呼吸が上手くできない中でも、集めた心臓の欠片を素早くコーティングし服の奥深くにしまいこんだ。そして、背中の短剣を引き抜くと敵の肺を目掛けて突き刺した。

 そして、敵が呼吸が出来ず喘いでいる隙に敵の首から大量の血を飲み干した。そのかいあって、カマルの肺は修復された。

その後も、バラバラと敵が部屋に押し寄せて来た。

敵の首領クラト・メランブラッドは、ポイニーブラッド家の再興を一番恐れている。ポイニーブラッド家の血筋はとても温厚で平和主義だが、それに仕える者たちは、普段は穏やかだが、主人を守る為なら何でもする者たちばかりだった。その為、ポイニーブラッド家に繋がる全ての者への抹殺を命令した。

 敵は何度も何度も執拗に各部屋を確認していた。

 そんな中で、ルナディクトに一番近い人物、一番生かしておいてはならない人物カマルを見つけたのだ。

 そして、自分たちの仲間が一人無惨な姿て床に転がっているのを目にした敵は、仲間を呼び集め集団でカマルに襲いかかった。

 統制の取れていない寄せ集めのチンピラは、カマルの力の前では太刀打ち出来るものではなかった。しかし、そのチンピラの影に隠れるようにラゴスがいた。

 ラゴスは、クラトの息子ダイロの従者だ。

 ヴァンパイアとしての能力はカマルの方が上。だが、ルナディクトを失ったばかりのカマルには、強敵になる恐れがある。

 カマルは、この場を絶対に生き延びなければならない。

 カマルの迷いは一瞬だった。

 自分の左腕を引き千切り床に置くと、小さな声で今までに唱えた事のない言葉を口にした。すると置いた腕のすぐ下に魔界の扉が開かれ、カマルの左腕を飲み込みながら魔界の魔物が現れた。

 その魔物は、四本の足をもち鋭い牙が何本も並ぶ大きな口を持っていた。

 魔物は、カマルをチラッと見るとラゴスに向かって飛び掛った。

 ラゴスは、何の抵抗もする間もなく魔物に一飲みにされてしまった。

 魔物は長い舌でベロンと口の周りをひとなめすると、スっと姿を消した。

 魔界の魔物は、差し出された生贄に見合った物が召喚される。したがって、それ以上の贄を要求される事はないのだが、カマルは生まれて初めて魔物を召喚したため、内心では緊張していたようだ。魔物が消えると、身体中の力が抜けてその場にへたりこんでしまった。

 それと同じ頃、屋敷に火が放たれた。あっという間に、屋敷中に煙が充満した。

 カマルは、力の入らない身体をひきづり屋敷の外にやっとの思いで出た所で意識を失った。


 その後、カマルは一時アルスにルナディクトの心臓の欠片を預け、自身の左腕の再生に集中した。

 ルナディクトを再生させる為には、主従契約を結んだカマルの血液が必要になる。その量は、カマルが持つ血液の五分の二位。

 その為、カマルが健康体でないと成し得無い事なのだ。腕一本再生する為にはたくさんの血液が必要になる。その血液を探さなけれ

ばならない。

 屋敷に火が放たれなければ、屋敷内の亡くなったばかりの者から、少しずつ血液を貰うことができた。しかし、それが出来ないため街へ出た 。

 街の中も、酷い状態だった。

 そんな中から、亡くなったばかりの者を見つけ少しずつ血液を貰っていった。

 本来なら、生きた人間からもらう方が体の再生には一番早いのだが、ルナディクトがそれをあまり好まなかったため、カマルもそれに習うようになった。

 その為、敵に見つからないように腕を再生させるには、数ヶ月掛かってしまった。

 

 カマルは、アルス達が潜んでいた場所に辿り着くと、ルナディクトの心臓の欠片を置いていた小部屋に閉じ籠った。

 部屋には、アルスが用意しておいてくれたベビーベッド位の大きさのガラスの箱が用意されていた。

 カマルは、その箱の中にルナディクトの心臓の欠片をそっと置いた。そして自分の指先を切り、心臓の欠片に数滴の血液を垂らした。

 すると、欠片から触手が生えて来てバラバラだった欠片が一つになり、次第に小さな心臓の形になった。

 すでに塞がってしまった指先をもう一度傷付け、数滴の血液を垂らすと、心臓が動き出した。

 カマルは、ルナディクトの心臓の鼓動にホッとしながらも、次は手首を深く切り、大量の血液を心臓の上に流した。

 ルナディクトの体はもの凄いスピードで再生を始めた、カマルが貧血でクラクラしてくるころ、赤ん坊の姿になった。

 カマルは、手首の傷を止血し傷口が塞がりのを待ってから、赤ん坊のすがたのルナディクトの身支度を整えた。

 スヤスヤと眠るルナディクトを抱きかかえ、ルナディクトの為に用意されていた寝室の大きなベッドに寝かせた。

 それから毎日、人間の赤ん坊に授乳するのと同じ様に、カマルの血液を与え続けた。

 ルナディクトは、自ら飲む事が出来なかった為、口からよりも多くは腕から輸血した。

 ルナディクトの体は、カマルの血液が体に入るたびに、成長を続けた。

 そして数ヶ月後、元の姿に戻す事が出来た。

 しかし、目を覚ます事は無かった。

 カマルは、悩み苦しんだ。

 再生の仕方に何か失敗があったのだろうか? 自分の血液に目覚めを妨げる何かがあったのだろうか? 

 フェデル家に伝わる本が、手元にあれば何らかの手がかりが掴めたかもしれなかったが、その本が保管されているフェデル家の書庫は、敵の監視下に置かれているため入り込む事も出来なかった。

 それから、何の変化もなく月日が流れた。

カマルは、目に見えるほどに衰弱していった。

 主従関係が、成り立たなくなるような状態になると、主自らその関係を断ち切り従者を生かす事もできる。しかし、従者の方からは関係を断つことは出来ない。

 従者は主に大量の血液を提供する見返りに、主の強い力を分け与えられる。

 その力は、従者の血液生成やその他の機能修復を高め、精神面にも大きな影響を及ぼす。それは、毎日行われるもの。

 しかし、ルナディクトが長い眠りに入ってからは行われていなかった。

 それでも、カマルが普段通りの生活を送ることが出来ていれば、なんの支障もない。しかし、ルナディクトの体がバラバラにされてしまったことで、カマルの血液が通常以上に必要となり、それが長期化することで血液生成能力が追いつかなくなってきていた。そのため、カマルの体は常に重度の貧血状態になった。

 この状態を回避する方法は、ルナディクトが目を覚ますか、人間の血液を直接飲む事だ。

 しかし、ルナディクトは一向に目を覚ます気配はなく、カマル自身人間から血液を奪う事に躊躇っていたため、この状態はさらに悪化していった。

 


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