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4 目覚め

 ティアナは、泣き疲れて眠ってしまった。ルナディクトは、ティアナをそっとソファーに寝かせ、穏やかな表情で眠るティアナの顔をじっと見詰めた。

 彼女に初めて出会ったのは、もう何世紀も前の事だ。それから、何度も別れと再会を繰り返してきた。

 彼女との別れは、何度経験しても慣れる事はなかった。その度に、立ち直れないのではないかと思われる程の深い深い悲しみに落ちていた。

 この悲しみから立ち直るためには、長い時間が必要だった。この間は、食事も喉を通らなかったし、誰にも会いたくなかった。一人、自室に篭りなかなか癒えない心を抱えてうずくまっていた。

 その記憶が、この書棚の中の黒い背表紙の本たち。赤い背表紙の本の隣には必ず黒い背表紙の本が並んでいる。そして、通し番号が大きい数になるにつれ少しずつ分厚くなっている。それも、前回の本で最後になるだろう。彼女は生まれ変わり、自分と同じだけ生きる事が出来る命を授かったのだから。

 この時をどれほど待っていたことか。

 この世界には、様々な種族が生きている。それらの長の魂のパートナーを見つけることは、他の者よりも時間が掛かる事が多い。ルナディクトの場合は、見つけることは容易かったが、幾度もの別れを味わった。

 これも、誰かが僕のために課した試練なのかもしれないと思う反面、心の奥底でその試練を課した誰かを憎むドロドロとした思いもあった。

 しかし、今はそんなドロドロとした思いなど、初めから無かったかのように、とても穏やかでほんわかした暖かな気持ちで満たされている。それは、僕と同じように、いや、それ以上に彼女も苦しんでいた事を知ることが出来たからかもしれない。

 ルナディクトは、ティアナの頬にそっと唇を寄せた。



   *

 


「アルスさん! 大変です」

 ルナディクトのベッドの脇の椅子に座り、主の様子を見守っていた青年が急に大きな声を上げた。

「どうした? 」

 青年に呼ばれたアルスは、勢いよく立ち上がり座っていた椅子が倒れた事もそのままに、ルナディクトのベッドへと近づいた。

 他の男たちもその後に続き、ベッドの上は薄暗くなる程の影に覆われた。その影の持ち主達は、一瞬息を飲んだかと思うとお互いに抱き合い歓声をあげた。

 アルスは、両目から大粒の涙を流しながら、体の力が抜けてしまい床にへなへなと座り込んでしまった。

 ルナディクトが目を覚ましたのだ。

 ここを隠れ家にしてから長い月日が流れた。

 家族を失い、家を失い、国を追われ、深い悲しみと絶望を抱えながらも、この主に一縷の望みを掛けてきた。

 これでやっと、この深い悲しみと絶望の淵から這い上がる事ができる。

 ルナディクトは、ボーっと部屋の中を眺めた後、両手を顔の上にかざして動かしてみた。少々動きは鈍いが、自分の手に間違いないようだ。次にゆっくりと体を起こしてみた。体の節々が、ギシギシと音を立てているように感じた。そして、激しい眩暈に襲われベッドに倒れ込んでしまった。

 ルナディクトの様子を伺っていた男達は、アルスの指示に従って食事や着替えの用意を始めた。

「ルナディクト様、よく私達の元に戻ってきてくださいました」

 アルスは、溢れ出る涙を拭いながらルナディクトに話しかけた。

「アルス、心配をかけた」

 ルナディクトの声は、口元に耳を近づけなければならない程の小さいものだった。

「幼い頃から様々な心配をしてきましたが、これほどの心配はありませんでしたよ。見て下さい。この髪の色を。貴方様を心配するあまり真っ白になってしまいました」

「すまなかった」

「大いに反省してください。そして、一日も早く健康な体を取り戻し、苦しんでいる民をお救い下さい」

「そうだね」

「貴方様には、珍しいことですね。素直に反省なされるなんて……。以前と体のどこかが違いますか?」

「僕、本来の魂ではないから。ティアナの影響かな?」

「ティアナ様とは、女神プシュ様のお側におられた方ですか?」

「そうだよ。僕の体を動かすために彼女の魂を借りた」

「そうでしたか。では、その方のためにも頑張らねばなりませんね」

「アルス、カマルは?」

「今、数名を連れて街の様子を見に行っています。もうすぐ帰ってくると思います」

「そう」

 アルスは、こんな時でも息子カマルを気にしてくれるルナディクトの優しいさを嬉しく思った。

 


 しかし、そんなルナディクトだが幼い頃は、笑顔を見せない時期があった。それは、幼い頃に世話係が頻繁に変わった事が原因だった。

 ルナディクトが悪戯をするとか、言う事を聞かないといったような事ではなく、世話係になった者誰もがルナディクトの行動について行けなかったからだった。

 その行動の一つは、物の数を数える事。例えば、庭の樹木の葉の枚数や、毎日飛んでくる鳥や虫の数など、根気のいる事ばかり。

 もう一つの行動は、徹底的に試してみること。例えば、ペンに興味を持つと、何に書けて何に書けないのかを徹底的に調べたり、ハサミに興味を持つと、ありとあらゆる物を切りまくった。

 それに加え、これらの行動中、ルナディクトは作業に没頭してしまう為一切話をせず、食事や睡眠も取らなくなってしまう。

 世話係は、そんなルナディクトの行動に困り果て、どう接して良いのか解らず、次々に辞めていってしまったのだ。

 ポイニーブラッド家の子供は、代々変わった行動を起こす事が多かった。勿論、彼らにとってその行動に全く悪気はない。ただ、自分の周りのものに対して興味を示しただけなのだ。

 この種族では昔から、子供は大人になった時に必要な知識や経験を無意識のうちに身に付けようとするものだ、と考えられている。だから、ポイニーブラッド家の子供は一般家庭の子供とは違う事は、当たり前の事と多くの者に思われていた。

 しかし、そんな代々の子供の中でも、ルナディクトは飛び抜けていたのかもしれない。

 そのうち、ルナディクトからも世話係と親しくなろうとしなくなっていった。

 そんな頃、一人の少年が屋敷に忍び込んで来た。その少年は敷地のに入ると、地面に這いつくばっている男の子を見つけた。

「何をしているの?」

 ルナディクトは、この屋敷の中では聞く事のない子供の声が耳に入って来た事に驚いた。それにこの屋敷のセキュリティーはとても厳重で、ちょっとやそっとでは破る事の出来ないでものだったはず。

それなのに、その少年は怪我一つなく笑顔で自分に話しかけている。

「えっ! 君は誰? 」

「僕は、カマル」

 カマルと名乗った少年は、ルナディクトよりも幾つか年上で、ダークブラウンの髪に、この種族特有の瞳を持っていた。

「カマルは、何処からこの敷地に入って来たの? 誰かに見つからなかった?」

「裏の壁を飛び越えて来たんだよ。この敷地で始めた会ったのは君だよ。それより、今何をしているの?」

 この敷地内は定期的に警備員が巡回している。その者達にも会っていないなんて……。

 ルナディクトからしてみたら、とても不思議な少年に見えた。

「今、蟻の観察をしているところなんだ」

「ふーん。面白そうだね。僕も混ぜて」

「良いよ」

 それから、時々カマルは屋敷に忍び込みルナディクトと行動を共にするようになった。その際も、誰にも鉢合わせする事無く、真っ直ぐにルナディクトの元へやって来た。

 カマルは、大概の事はルナディクトに話したが、家族の事については、一言も話そうとはしなかった。ルナディクトがどうしても教えて欲しいと言うと、『もうすぐ、分かるよ』と笑顔でかわされてしまうのだ。

 カマルは、ルナディクトのどんな行動にも眉一つ歪めず、むしろ楽しんで付き合っているようだった。その事も、ルナディクトにとっては不思議だった。

「カマル、どうして僕と一緒に居てくれるの?」

「えっ! どうしてって、君と一緒に居ると楽しいからだよ」

「どうして、楽しいの?」

「色々な発見があるから。なぜ、そんな事を聞くの?」

「だって、僕のこの行動が嫌で世話係が何度も変わっているんだ。今は、その役目の者はいない。お父様はどうしても僕のそばに世話係をおきたいらしいんだ。今頃、面接とかしているかも。お父様がどんな基準で選んでいるのかは知らないけれど、僕の事を理解してくれる人物なんていないんだよ」

 ルナディクトの寂しそうな表情にカマルは、言葉を返す事が出来なかった。

 そんなある日、ルナディクトは父親に呼ばれた。世話係が決まったのだろうか。大きな溜息を一つ吐いてから、書斎へと入った。

 そこには、父親とカマルだいた。

「カマル!」

 思わす名前が口から飛び出してしまった。

「おお、お前はカマルを知っていたのか?」

 父の言葉に、ルナディクトはただ頷いた。

「そうか、なら話は早いな。今日からお前の世話係になるカマル・フェデルだ」

 その日から、ルナディクトとカマルの主従関係が始まり、ルナディクトの笑顔が戻り始めた。

 


 ルナディクトは、フラフラしながらもシャワーを浴び着替えをした。食事には果物が篭いっぱい出された。新鮮な血液もたくさん用意されたが、それには手を付けなかった。

 体を再生する為に、たくさんの血液が使用されたので、ルナディクトの体に血液が足らないと言う事は無かった。それでも、血液を口にしない事は、みんなを不安にさせた。

 そんな時に、カマルが戻って来た。

 椅子に座るルナディクトを見たカマルは、思わず走りより強く抱き締めた。

「カマル、心配かけたね」

 ルナディクトは、カマルの背中をあやすようにポンポンと叩いた。

 しばらくして、カマルはゆっくりとルナディクトから離れ、片膝を着いて顔を上げた。

「お帰りなさい、我が主。この日をどんなに待った事か……」

 カマルの声は、少し震えていた。

「ごめんね。それから、カマルありがとう。お前が私の心臓の欠片を拾ってくれたんだよね。欠片だけになっても、お前の気配はなんとなく分かったよ。その時、お前も大きな怪我をしただろう」

「私の怪我は大した事ありません。片腕を取られただけですから。直ぐに元通りになりました。それよりも、私の怪我のせいで、ルナディクト様のお身体の再生が遅くなってしまった事をお許し下さい」

「そんな事、気にしなくて良いよ。再生が済んでも結局目覚められなかったんだから」

 ルナディクトは、穏やかな笑みを浮かべていた。


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