23 ラディの役目
カマルは、行く気満々のラディを抱えて西に向かって飛んだ。ラディがいくら幼くても、ヴァンパイアの子供、呼吸の配慮はいらないだろう。案の定、ラディは、ニコニコと笑顔で猛スピードで流れていく景色を眺めていた。
カマルは、アイリスを連れて行った時の半分以下の時間でラディを連れてくることが出来た。
たくさんのヴァンパイアが立ち並ぶ中を、カマルはラディの手を繋ぎゆっくりと、クラトが横たわる場所へと向かった。
カマルは、ラディがクラトを見た時の反応が心配だった。拒否反応を起こして、協力してくれない事もあるかもしれない。それに、我を忘れて暴れだしたら厄介な事になる。ラディはダイロの従者だ。幼くてもそれなりの力を持っているはずだ。ここに集まっている大人たちでは太刀打ち出来ないだろう。
ラディは、アイリスを見つけると一目散に走り出した。そのスピードは、幼いからと侮ってはいけない速さを見せた。
『アイリス』
ラディは、アイリスの肩に触れると声を掛けた。アイリスは、涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げると、ラディを見て驚いた。
「ラディ?」
『アイリスが泣いているって、マーサママが教えてくれたから……。どうして泣いているの?』
「お兄ちゃんが、この中にいるの。苦しいって言っている……」
アイリスは、クラトの体を指さしてラディに話し始めた。
「お兄ちゃんを助けたいの。でも、アイリスには出来なくて……」
ラディは、アイリスの隣に跪きクラトの体にそっと触れた。ラディの手には、温かい気配を感じる事が出来た。それは、以前感じた事のなるもののようで、少し違っているようにも感じられた。しかし、ラディにとって嫌悪を感じるようなものではなかった。
『アイリス、僕に何か出来るの?』
ラディは、アイリスの肩に手をのせると話しかけた。
「アイリスにはよく分からないの。でも、クレイオ先生が知っているみたい……」
アイリスは、少し離れた所でカマルと話をしているクレイオを振り返った。
『分かった。僕が聞いてくるね』
ラディは、アイリスから離れると一瞬でクレイオの前に現れた。そして、クレイオの手に手を重ね話し始めた。
『クレイオ先生、僕に何が出来るのですか?』
クレイオに話しかけたラディの表情は、とても真剣なものだった。クレイオはラディの目線に合わせるように膝を折った。
「ラディ、よく聞いてください。あなたは、あそこに横たわっている人物の中に閉じ込められている魂を知っているはずです」
『?』
「あなたは前世で、とても大変な事がありました。その為、あなた自身があなたを守る為に、前世からあなたに引き継がれているはずの記憶が封じられています。その記憶を呼び覚まさないとあなたの力は十分に発揮することが出来ません」
『今の、僕ではアイリスを助けられないのですか?』
「そうです」
『どうすれは、いいのですか?』
ラディの表情が一層固いものへと変わっていった。
「あなたが生まれ変わる前の記憶の一部を、私が引き出します」
『痛くないですか?』
ラディの顔が不安で歪んだ。
「大丈夫ですよ。ここに横になって目を閉じてください」
クレイオの穏やかな笑みに促されるように、ラディは、言われた通りに地面に横になり目を閉じた。
カマルは、周りの大人たちは遠ざけ、万が一に備えた。
クレイオは、ラディの額に手を置くと意識を集中した。
ラディの頭の中は、ほんのり明るく新しく増えた記憶が整然と並びその奥に大きな扉が見えた。その扉には小さな穴があり、その穴からほんの少しの記憶が新しい記憶と混ざりあうようになっていた。
クレイオは、その小さな穴から中へと入った。薄暗い中に膨大な記憶が収まっていた。見上げる程の背の高い書棚が並びその書棚にはびっしりと記憶の本が並べられていた。ラディの魂が生まれた時からの記憶だ。
クレイオはその中から、ラディの前世ラゴスとダイロの幼い頃の記憶のページを捲った。すると、ラゴスにとって楽しかった思い出が大きな扉の小さな穴から外へと出始めた。クレイオは、辛かった思い出を外へ出さないように十分注意しながら、いくつもの本を捲っていった。クレイオが本を捲る度に、薄暗かった空間もほんの少しずつ明るさを持ち始めて来た。
ラゴスとダイロの楽しかった記憶を全て捲り終わると、クレイオはそっと小さな穴から出た。ラディの記憶の部屋は、新たに加えられた記憶を整理する為に、目まぐるしく様相を変えていった。それが終わると何事もなかったかのように、部屋は静まりかえった。
クレイオは、ラディからそっと手を放すと声を掛けた。
「ラディ、ゆっくりと目を開けて下さい」
ラディは、言われた通りゆっくりと目を開いた。クレイオの穏やかな顔が見えた。
「ラディ、頭痛や吐き気はありますか?」
ラディは、首を横に振った。
「そうですか。では、ゆっくりと起き上がりましょう」
クレイオは、ラディに手を貸しながら上体を起こした。
「ラディ、あなたの役目が判りましたか?」
ラディは、大きく一度頷いた。
「では、あなたの力を貸してくれますか?」
ラディは、笑顔で頷いた。
ラディは、再びアイリスの隣へ走った。そして、自分の役目を果たすためにクレイオの指示に従った。
「では、始めましょうか。ラディ、この男性の隣に横になって下さい」
クレイは、ラディをクラトの隣に導いた。そして、ポケットの中からまた鏡を出して、鏡に向かって話し始めた。
「プシュ、こちらの用意は出来ました。力を貸して下さい」
『分かりました。では、救いたい魂に一番近い人物にこの鏡を渡して下さい』
鏡の中の声は、先ほどクレイオが話をしていた人物と同じものだった。クレイオは、アイリスの首に鏡を掛けた。すると、不思議な事が起こった。
『では、この少女に私の力を貸しましょう』
アイリスの口から、鏡の人物の声が聞こえて来た。
アイリスは、小さな両手をクラトの体の上に置いた。すると、何の抵抗もなく小さな両手はクラトの体の中へスッと入って行った。そして、その手をゆっくりと引くと、その掌には紫色の小さな小さな炎のような形をしたダイロの魂が乗せられていた。アイリスは、そっとその魂を持ちあげて一度、フッと息を吹きかけた。すると、小さかった炎がメラメラと燃え上がるかのように二回り位大きくなった。それを今度は、ラディの胸の上にそっと置いた。すると、魂はラディの体の中へ、消えていった。
『さあ、これで終わりです。この少女もこの少年も、体の大きさ以上の力を使いました。しばらくゆっくりと休ませてあげて下さい』
クレイオは、アイリスから鏡を外した。すると、アイリスはそのまま意識を失ってしまった。クレイオは、アイリスをそっと抱き抱えた。
「プシュ、ありがとうございます」
クレイオは、鏡に向かって礼を言った。
『お安いご用ですよ』
「プシュ、もう一つお願いがあるのですが?」
『なんですか?』
「ダイロの体に入りこんでいるクラトの魂を、追い出すにはどうしたらいいのでしょう?」
『それは、ティアナがどうにかするでしょう。あなたは、安全な場所で幼い二人を守ってあげてください』
「分かりました」
クレイオは、そっと鏡をポケットにしまった。
その後、アイリスとラディは長い時間眠り続けた。
クレイオとカマルは、子供たちと西部地区のヴァンパイアを連れて東部地区へと非難した。
クラトとルナディクトの戦いは、まだ続いている。




