20 仕組まれたダイロの成長
メランブラッド家の玄関扉が、青白い光に包まれたかと思うと、扉自体がスッと消えた。そこには、洞窟がぽっかりと口を開けていた。洞窟からは、ほんの少し風が吹いていて、埃っぽい匂いを運んできた。
カマルは、洞窟の壁に手を掛けようとした。
「カマル、駄目だ。それに触ったら、何処へ連れて行かれるか分からないよ」
カマルは、慌てて手を引っ込めた。
『さすがだな。魂が欠けていてもこれくらいの事は判断出来るのか?』
何処からか威圧感のある男性の声がした。
「分かるよ。クラト」
そこへ、また青白い光が現れ、ルナディクトの前にフワフワと浮かんだ。
『ほう、わしの声も覚えていたとは、若い奴らとは違うようだな』
「そうだね。お前の息子ダイロと同じ位昔に生まれたからね。そして、僕が命を亡くした時にも、お前の声を聴いたから、忘れるわけないよ」
『ハハハハ……。あの状態で、わしの声を聴いたと言うのか、あんなに切り刻んでやったというのに……』
「そうだよ。さあ、僕の魂を返してくれないか。お前の肉体は、もう痛みに耐えられなくなっているだろう?」
『そうだな。体はな……。しかし、魂はこうして何ともない』
「無様だな。肉体もなくフワフワと浮いているしか能がないとは。お前は僕をバラバラにして魂を奪って行った。僕の魂の全てをお前の体に留めておくことが出来ず、半分を手放した。しかし、残った方の魂だけでは体の苦痛を和らげることが出来なかった。そこでお前は、自分の魂だけでも救う為に、僕の魂をお前の魂で包むようにして、フワフワと浮いている。そして、無防備な魂を守る為に、こんな地下空間を作り、閉じこもった。違うか? 周りの者には、体裁の良いことを言って我が家を滅ぼしたが、お前はただ、先祖から受け継がれて来た呪いを解きたかっただけなんだ。その為に、多くの者を犠牲にした」
『それの何が悪い! お前にわしの何が判る? わしが生まれた時にはすでに父も居なかったため、わしは生まれた時から今までずっと、この呪いに苦しめられて来た。子供の頃、お前の父親アイチャーンドと、ちょっとした言い争いをしただけでも、死ぬ程の苦しみを味わった。その苦しみは歳を増すごとに酷くなっていった。そんな苦しみを味わってきたわしが、お前の家を憎み滅ぼしてやろうと思うのは当然の事だ。それを、見過ごしていたお前の父親がすべて悪いのだ』
「僕たちが襲撃されてから、百年。お前は相も変わらずフワフワと浮いている。肉体が無ければ、まともな生活も出来ないと言うのに、この先お前は何がしたいんだ」
『心配には及ばんよ。わしの計画は、ダイロが生まれる前から始まっているのだよ』
「そんな前から何を」
『我が家は代々、ポイニーブラッド家の血を引く女を妻に迎えなければならない。それは、我が家を監視するためでもあり、我が家の流れる血を少しでも薄くするためだ。わしも、アイチャーンドに言われるがまま、渋々ポイニーブラッド家の血を引く女を妻にした。その女は、わしの苦しみも癒す事が出来ない、わしが辛く当たっても、ただニコニコと笑顔を返すだけの女だった。ダイロを身籠った事が判ると、すぐに殺してやった。その時でする、わしを攻めようとはしなかった。忌々しい女だった。ダイロは、死んだ女の腹から取り出し人工的にわしが育てた息子だ』
「しかし、彼女が亡くなったと知らせが来たのは、ダイロが三歳位のころだ」
『そうだったかな? そんな女の死など、いくらでも隠す事が出来る。わしは、ダイロに、我が家の呪いの話は一切していない。そして、我が家こそが、ポイニーブラッド家よりも優れていると、幼い頃からずっと言い続けて来た。ダイロは、私に反抗する事無く、ポイニーブラッド家を見下すようになっていった。それは、わしがこの苦しみから永遠に逃れるためだ。その為には、私の魂を入れる別の器が必要だ。その器に相応しくなるようダイロを育てたのだ。お前の家が滅びてから、やはりわしは、苦しい日々を送った。それは、お前が想像する事も出来ないだろう。その苦しみも、なぜ起こるのかダイロは知らない。ダイロが幼い頃から、時々苦しみの為に寝込んでいた事もあったため、少し体調が悪いのだろう程度にしか思っていなかっただろう。その頃、ダイロにも大切な女が現れた。それは、人間だった。私が大嫌いな人間。私に掛けられた呪いも、人間たちがこの世に存在するからだ。そして、ダイロの母親と同じ匂いのする女だった。その女は、ダイロに優しさを植え付けようとした。だから、わしが薬をもって殺してやった。ダイロは、自分が血を奪いすぎて殺してしまったと思い、心にひびが入った。そして、それを忘れる為に、この地を地獄へと導いた。全く可愛い子だよ。ダイロは』
「何て事を……」
『それから、東部地区の人間たちが動き出した事をきっかけに、ダイロは我が家の呪いについて知った。この地で一番すぐれていると思っていた我が家が、悪魔の力を持ち、蔑んできたポイニーブラッド家が神の力を持つ。その事を知って、さぞショックを受けた事だろう。東部地区の開発が進むにつれ、西部地区での同朋が死んでいく。ダイロにはどうする事も出来ない。心に刺さる棘は、日を増すごとに増えていった。わしにとって、追い風になったのはお前が西部地区のヴァンパイアたちの病を治してしまった事だ。ダイロは、自分の無能ぶりに悩み苦しんだだろう。そして、今のダイロは、抜け殻のようになっている。わしの計画通りだ。何て素晴らしい息子なんだ。ハハハハ……』
そう言うと、青白い光も口を開けていた洞窟もスッと消えた。
「カマル、お前は捕らわれている者たちをすぐに探し出し、一刻も早くここから離れるんだ。いいね」
「しかし、ルナディクト様……」
カマルが、反論をする間もなくルナディクトはスッと姿を消した。カマルは、溜息を付きながらも、捕らわれた者たちを探し始めた。
ルナディクトがダイロの部屋に姿を現した時には、もうすでにダイロはクラトの乗っ取られてしまっていた。
ダイロの顔は、邪悪な笑みを浮かべ段々とクラトの若い頃の顔に変形していった。
「何て事を……。ダイロはどうした?」
「ハハハハ……。そんなものは、知らん。苦痛は、わしの古い体が担ってくれる。その為、何をしてもこの体に苦痛は起こらない。やっと、やっと呪いから解放されたのだ。では、手始めにお前の従者をあの世に送らねばな」
クラトは、スッと姿を消した。
一方、ルナディクトと別れたカマルは、屋敷中を走り回り、行方不明になって居た者を地下牢で見つけた。四人とも、とても衰弱していて、自力で動く事が出来ないありさまだった。その場で応急処置的に、自身の血液を少しずつ分け与え、一番容態の悪い者から、一人ずつ地下から連れ出し、東部地区へ飛んだ。
そして、最後の一人を連れ出そうとした時、邪悪な気配に包まれた。
「こんな所に居たのか? ルナディクトの従者よ」
「お前は……」
カマルは、最後の一人をしっかりと抱えながら後ろに下がった。
「百年前、わしがあんなにバラバラにしたルナディクトの体を、拾い集め再生してくれて、心から感謝しているよ。そのお蔭で、二度あの世へ送る楽しみが出来たからな。しかし、三度もあの世に送るのは、面倒なので、この場でお前をあの世へ送る事にする。お前が死んでしまえば、誰も奴を再生する者はいなくなるからな。そして、ポイニーブラッド家は消滅する。わしにとって、何て喜ばしい事なんだ。ハハハハ……」
「お前が、ラゴスを差し向けたのか?」
カマルは、怒りを露わにした。
「ラゴス? ああ、ダイロの従者の名前はそんなだったな。そうだ、というよりも、ラゴスの意識をわしが奪った。その時は、わしも危なかったよ。まさかお前ごときが、あのような魔物を召喚できるとは思ってもいなかったからな」
ラゴスという人物は、あの事件以前のカマルの記憶では、力はあるが、それほど危険人物だとは認識していなかった。それが、目を覆いたくなる程の状態にした事に、ずっと違和感を覚えていた。
「だから、あれ程酷い事が出来たのか……」
カマルは、体の奥底から怒り力が沸々と湧いてくるのを感じた。
「さあ、今回は、お前が抱えている者を生贄にするのか? そんな死にぞこないでは、わしを滅ぼす程の魔物は召喚出来ないだろうな? それとも、お前自身を生贄にするか?」
「そうわ、させないよ」
クラトが、一歩カマルに近づいた時、階段の一番上に、ルナディクトの姿が見えた。
「僕も、何度もバラバラにされるのは嫌だからね。意外と痛いんだよ」
その瞬間、大きな力がぶつかり合った。一方は、青い光を持つクラトの力、もう一方は紅い光を持つルナディクトの力。




