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18 同じ魂を持つ女

 少々乱暴な表現が、あります。ご注意下さい。

 ダイロは、あの少女に会ってから一人になると、ある記憶が蘇ってくるようになった。それは、あの少女と同じ魂を持つ、女性の記憶。

 その女性に会ったのは、ポイニーブラッド家を倒し、クラトが寝込むようになった頃の事だった。

 その頃、若いヴァンパイアには近寄る事が出来ない人間の女が現れた。若いヴァンパイアがその女に触れようとする、失神してしまうのだ。面白がって、何人もの若いヴァンパイアが近づいた。中には、二度と目を覚まさない者まででた。

 その知らせを聞いたダイロは、部下を二人連れて女を探した。女は、人間の集落から離れて一人で暮らしていた。家に近づくと、ダイロは甘い香に眩暈がした。

「何だ、この香は?」

「ダイロ様、何か香ますか?」

「ああ、とても甘い香がするんだが、お前たちには分からないのか?」

 二人の部下は、顔を見合わせ首を横に振った。

 ダイロだけが感じる事が出来る香のようだ。ダイロは、それ以上は家に近づく事をやめ、部下の二人に女を捉えさせ、自宅の地下室へ閉じ込めるよう命じた。

 地下室で女は、部屋の隅で膝を抱えて泣いていた。誰とも話さないし、誰とも目を合わせようとしない。与えられた粗末な食事も、水を飲む位で他は手を付けない。毎日毎日、泣いていた。だが、不思議な事に、数週間が経っても、女の体調は悪くなることはなかった。

 ダイロは、女が眠っている時にそっと地下室に入った。密閉されたその部屋には、ダイロの思考を鈍らせ眩暈を起こす程の、あの甘い香で満ちていた。

 その香は、なぜかダイロを引き寄せた。

 香は、やはり女から放たれているようだった。

 ダイロは、女の指先にほんの少しの傷を付けた。すると、その香は濃厚になった。ダイロは、思わずその指先を口に入れた。それは、今までに味わった事のない、上質な甘みだった。ダイロは、指先だけでは満足できず、欲求を満たすために大量の血を吸う事が出来る首筋に牙を立てた。

 女は、牙が刺さる痛みで目を覚まし、暴れ始めた。しかし、人間の女の力など、ダイロにとっては何の妨げにもならなかった。これ程近づいていても、若いヴァンパイアたちを、失神させるような力を受ける事もなかった。

 女の血が喉を通る度に、ダイロは不思議な昂揚感に包まれた。

 これ以上の血を奪ったら、死んでしまうだろうと思われるところで、ダイロは渋々牙を抜いた。我を忘れて人間の血を貪ったのは初めての事だった。

 ダイロは、とても心が満たされていた。そして、この部屋に入ったばかりに鈍っていた思考も、正常に戻っていた。

 女は、青白い顔でダイロを見詰めていた。怖がるわけでもなく、笑顔を見せるでもなく、ただじっと見つめていた。

「俺は、ダイロ。お前の名前は?」

 ダイロは、女に問うた。

『イリス』

 女の声は、耳からではなく直接頭に響いてきた。

「お前、言葉が話せないのか?」

 イリスは、小さく頷いた。

「だから、集落から離れて暮らしていたのか?」

『みんなが、私の事を気味悪がるから……』

 イリスの表情は、とても寂しそうだった。

 ダイロは、なぜかイリスを傍に置いておきたいと思った。今まで、ペットを飼った事もない自分が、どうしてそんな風に思うのか、分からなかったが、イリスを守ってやりたいと思った。そして、なぜか優しい言葉を掛けてやりたくなった。

「イリス、おいで」

『どこへ行くの』

「ここよりも、暮らしやすい部屋を用意しよう」

『そう。その前に、お水を頂戴。このままでは動けないわ』

 ダイロは、部屋の隅に置いてあった水差しの水をコップに注ぎ、イリスを抱きかかえるように起こすと、水を飲ませた。

 すると、イリスの体は陽炎のような紅い光に包まれた。イリスを抱えているダイロには、その熱も感触も感じる事は出来なかったが、確かにイリスは光に包まれていた。イリスを包む光は、時間と共に段々と薄れ見えなくなった。

 驚いているダイロに、イリスは微笑み掛けた。

『どうも、ありがとう。これで動けるようになったわ』

「今の光は、何だ?」

『今の? ……分からない。……あなたも、私を気味悪いと思うの?』

「いや、そうではなく……」

 ダイロは、必死で言い訳を口にしていた。イリスの表情がほんの少しでも陰った事が、堪らなく嫌だった。なぜ、こんなにもオロオロしているのか、可笑しいと思う別の自分もいたが、ダイロは必死だった。

『ありがとう』

 イリスの微笑みに、ダイロはホッとした。

 その後イリスは、ダイロの部屋に連れて行かれ、その部屋で一緒に暮らすようになった。

 イリスの血に捕らわれてしまったダイロは、日に何度もイリスの血を貪った。その度に、イリスは水を飲み体調を整えた。

 しかし、それは長くは続かなかった。大量に血を貪られ続けたイリスは、次第に水を飲んでも体調を回復させることが出来なくなっていった。それでも、ダイロはイリスの血を口にしないと落ち着かなかったし、イリス自信、拒む事はしなかった。

『ごめんね。もう、あなたの傍にはいられないみたい。次に生まれて来た時には、あなたの役に立てたらいいな……』

 ダイロは、イリスを殺してしまった。傍に置いて、守ってあげたいと始めた思った人物を、自分で殺してしまった。

 ダイロは、この時やっと、ルナディクトの思いを知った。

 あいつも、こんなに辛かったのか……。

 ダイロは、その辛さを紛らわせるために、この国を破壊する事を楽しむようになった。黒く厚い雲を呼び、ヴァンパイアたちが昼間でも行動しやすいような環境を用意した。

 枷の外れたヴァンパイアたちは、無差別に人間を襲い殺した。そして、大地には家屋の残骸と、死体の山が出来て行った。その死体を食べるために、獰猛な野生動物たちも現れるようになった。

 ダイロは、その光景を楽しんでいた。ダイロが、心の奥底に封じ込めた辛さそのものを記憶からも排除するかのように、この世の地獄を楽しんだ。

 あの少女に会ってから、何度も繰り返される記憶。ダイロにとっては、一番幸せを感じた記憶でもあり、一番辛い記憶でもある。

 どうして、今頃になって……。

 排除したはずの記憶なのに……。

 あの少女は、本当にイリスなのか? 

 だから、俺を怖がらなかったのか?  

 だから、声が聞こえたのか? 

 だから、俺の心臓はおかしくなったのか? 

 ダイロは、外の騒がしさなど気付くことなく、自分の殻に閉じこもり、同じ疑問を繰り返していた。


 メランブラッド家のほど近い、茂みの中に、十数人の東部出身の若いヴァンパイアたちが集まっていた。


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