17 生まれ変わる
太陽の光や紅い大地により、体調を崩したヴァンパイアたちを、東部地区から一番遠い地下に移動させ、ダイロは、国内の医師だけでなく他国からも優秀な医師を招き、治療にあたらせた。
患者は、もがき苦しみ、みるみるうちに衰弱し、亡くなっていく。地下空間は、地獄絵図と化していた。
その光景に耐えられなくなった看護師は、あっという間に去っていき、病名も判別できない他国からの医師も自信を無くし一人また一人と、国を去っていった。
ダイロに付き従っていたガトスも、愛人のヒュビスも体調を崩すようになっていた。
父クラトの計画では、腑抜けのポイニーブラッド家を滅ぼし、メランブラッド家がこの国の頂点に立つことで、自分たちヴァンパイアが暮らしやすい国にするはずだった。
しかし、西部地区の多くのヴァンパイアは病に伏し、刻々と死へと近づいている。
ダイロには、どうすることも出来なかった。
『ダイロ、あなたには東からの風を止める事は出来ませんよ』
クレイオの言葉が、ダイロの頭の中で何度も何度も再生される。
その言葉は、滅ぼしてもなお、ポイニーブラッド家には敵わないのかという悔しさと、現状を突き付けられた虚しさをダイロに植えつけていった。
いつの頃からか、ダイロは、誰もいない昼間の西部地区を、一人で当てもなく歩き回るようになった。
それは、父クラトのもがき苦しむ声が屋敷中に聞こえるようになり、いたたまれなかった事もあるのだが、外で誰かが呼んでいるような気もしたからだ。
よく考えてみれば、昼間に自分を呼ぶ者が外にいるというのも可笑しな話だ。しかし、心の奥深くで『外に行かなければ』と叫んでいた。
ダイロは、そんな自分を苦笑しながらも、心の叫びに素直に従う事にした。
しかし、太陽の光は、ダイロの体力を奪い、思考力を奪い、気力を奪っていった。
何日位、太陽の光の下を彷徨ただろうか? 自分を呼ぶ声を聴いた。その声は耳に聞こえる声ではなく、心に直接伝わってきた。
ダイロは、その声に顔を上げた。その視線の先には、太く紅い道が横渡、その淵に幼い人間の少女が立ってこちらを見ていた。
何だ?
その少女は、陽炎のような淡い紅い光に包まれているように見えた。その光はダイロにとって、嫌なものではなかったが、心臓が大きな音を立て忙しなく動き始めた。
「一人ぼっちなの?」
少女が声を掛けてきた。
「……」
ダイロは、咄嗟に声が出てこなかった。
自分の心臓の音が体中から聞こえてくるようだったが、少女の声ははっきりと、ダイロの耳に届いた。他の音は、何も聞こえない。不思議な現象だった。
そんな、ダイロの心を読んでいるかのように少女は優しい微笑みを浮かべ、また話し掛けて来た。
「どうして悲しそうな眼をしているの?」
「そんな風に、お前には見えるのか?」
なぜか、言葉が勝手に少女の心に送られた。
「うん」
少女が頷くと、ダイロはその場からスッと姿を消した。
少女の声を聴いただけで、先ほどよりも心臓が激しく動き、大きな音を立てていたため、それ以上の会話が出来なかったからだ。
ダイロは、よろめきながらも自室へと戻ることが出来た。
心臓が落ち着くと、次は心の中に、大きな波が何度も何度も押し寄せて来た。
その波は、ダイロが生まれてから今日までの様々な思い出や感情を運んできた。
ダイロは、ハッと息を飲んだ。
その思い出の中に、少女と同じ魂がほんの一瞬現れたような気がした。
それから数日後、夜、地上に東部地区のヴァンパイアと同じ気配が何人もいることをダイロは感じた。東部地区のヴァンパイアは、紅いメインストリートが出来てからはそれを超えて、こちらに入って来たことはない。
不思議に思い、ダイロは外へ出た。
彼らは、荒れ果てた西部地区の道を整備していた。
今まで、ダイロが何度も道の整備を指示したが、誰も長続きはしなかった事を、彼らはその仕事に満足しているような表情で、一所懸命取り組んでいた。
平らにならされた大地は、月明りに照らされて紅くキラキラと煌めいている。
しばらく、遠くから眺めていると、作業をしている者の中に見かけた事のある者が何人かいる事に気が付いた。
その者たちは、かつてガトスの部下だった。彼らは、地下空間が出来た頃、体調を崩し地下へ入った者たちだった。体調を崩したのは、勿論あの紅い大地のせいだ。それなのに、平然と作業をしている。
そして、今自分の目の前にいる者たちの気配は、地下へ入る前と全く違うものになっていた。
どういう事だ?
ダイロは、気配の変わってしまったヴァンパイアたちを、じっと見つめていた。すると、その中の一人がダイロに気付き、軽く頭を下げると、作業を指揮していた人物に声を掛けた。
声を掛けられた人物は、クレイオだった。
クレイオは、穏やかな表情でダイロにゆっくりと近づいてきた。
ダイロは、心の中でクレイオを拒絶していたが、なぜか体がピクリとも動かなかった。
「ダイロ、お久しぶりですね。どうですか? この道は。彼らが、元気になったので私が声を掛けて、始めたのです。とても綺麗に整備されたと思いませんか?」
クレイオの言葉を耳にしながらも、ダイロは何かに喉を塞がれたような感覚をおぼえ、一言も声を発する事が出来ずにその場に立ち尽くしていた。そんなダイロの様子を気にすることなく、クレイオは穏やかな表情で話続けた。
「彼らは、長い闘病生活を送って来ました。それが、つい最近完治したのです。あなたも感じでいる事でしょう。彼らの気配が今までと違う事を……。彼らは生まれ変わったのです。この西部地区で、病に伏しているヴァンパイアは、辛うじて地上で療養が出来、あなたに近く、ヴァンパイアとしても力が強い者だけになりました。彼らの中にも、生まれ変わる事を望んでいる者も、いるようです。あなたは、それを望みますか?」
クレイオの言葉に、ダイロは、両目を見開き驚いているようだったが、何も言葉を口にすることなく、その場からスッと消えてしまった。
クレイオは、そんなダイロの態度にも表情を変える事もなく、作業の指示に戻った。
記憶の部屋では、いつになく穏やかな表情をしたルナディクトがティアナを見詰めていた。
「どうしたの? 私の顔に何か付いている?」
「何も、付いていないよ。ただ、もうすぐ君の体も僕の傍に居られるようになるなって思って……」
「そうなの? あなたの魂を取り戻せるの?」
「そう、もうすぐ……」
ルナディクトは、ティアナをそっと抱きしめると眠りに付いた。
地上で療養しているヴァンパイアからも、生まれ変わりこの国の為に働きたいとの意向がレビスに伝えられていた。
レビスは、彼らを生まれ変わらせる前に、ルナディクトの体の隅々まであらゆる検査を行った。
今までは、力の弱いヴァンパイアばかりだったので、ルナディクトへの負担は、僅かなもののようだった。しかし、力の強いヴァンパイアでは、判らない。ルナディクトが健康だと判断出来ない限り、彼らの意向を聞き入れる事は、出来なかった。
検査の結果、不思議な事が起こっていた。
ルナディクトの体の中では、病気の源となっていた変異した人間の遺伝子が大量に発見されたのだ。そして、その遺伝子は少しずつ元の状態に戻ろうとしていた。
レビスは、古い言い伝えを思い出した。
それは、ポニーブラッド家の始祖と言われるルナックの事に付いての言い伝えだった。
『ルナックは、呪詛で覆われたこの地を浄化する力を持っていた。多くの呪詛を浄化すると、ルナックの体調は悪化し、呪詛の全くない空間で休まなければならなかった』
ルナディクトの体の中で起こっている事は、呪詛を浄化しているのと同じ事なのかもしれない。そうなると、ルナックよりも強靭な体をもっているルナディクトでも大量の呪詛は、体にも負担になる。
レビスは、悩んだ末、すぐに命が滅びるほどの病状ではない彼らの治療の前に、ルナディクトの魂を取り戻す事を優先するよう進言した。




