16 消えない遺伝子
人間たちの避難が、完了した。
その為、東部地区のヴァンパイアたちは、今か今かとルナディクトの指示を待っていた。
しかし、ルナディクトが出した指示は、ヴァンパイアの医師たちに西部地区の全て住人の体調調査だった。
平和な時代には、東部地区出身の医師が人間・ヴァンパイア共に大半を占めていた。彼らは、国が混乱している中でも、東西の隔てなく彼らは彼らの仕事を全うしていた。
その為に、西部地区の住人の体調も、すぐにルナディクトの元へと報告されるはずだった。
しかし、ルナディクトが体調の悪い者から命を奪うのではないかという噂を、医師たちは、とても心配をしていたため、患者の体調を報告することを拒む者がほとんどだった。
それらの者にルナディクトは、苦言を呈する事もなく、それなら仕方がないとあっさり引き下がった。
ルナディクトの元へ直接報告をしてくれたのは医師の中でも最高齢のレビス唯一人だった。
報告された西部地区のヴァンパイアの体調は、ルナディクトが思っていた以上に悪いものだった。
レビスによると、体調が悪い者の多くは、太陽の光の無い暗闇の時代に生まれた者だという。
彼らは、太陽の光を一度も見た事無く成長していたため、夜になっても太陽の光の名残が残っている地上へは出る事が出来ない。そして、たくさんの太陽の光を浴びた紅い大地も、彼らの病状を悪化させているという。
「彼らには、人間の遺伝子は入っていないのですか?」
ルナディクトは、レビスに質問を始めた。
「入っていますが、何世代も前の物がほんの僅かです」
「ほんの僅かでは、彼らを太陽の光や紅い大地から守る事は出来ないという事なんですね」
「守るどころか、その僅かな人間の遺伝子が、太陽の光や紅い大地になんらかの影響を受けて、変化し彼らを蝕んでいるのです」
「体の中から攻撃をされているという事ですか?」
「そうです。どんな薬も効果がありません。私たちは、成す術もなく、患者が苦しみもがく姿を、ただ見ているだけなのです」
「その症状が起きてから、亡くなった者はどれくらいいますか?」
「数え切れません。西部地区に掘られた地下空間が出来た頃には、たくさんの若いヴァンパイアが生活していました。その空間は、とても狭く感じられましが、今は、ガランとしています」
「今までに、このような症例はなかったのですか?」
「我が国には、先の争いでそれらの記録がすべて紛失してしまっています。他国も調べてみたのですが、そもそも、紅い大地じたいがないのです。その為、このような症例もなく、得るものはありませんでした」
「医師の中で、一番の年上のあなたが知らないのであれば、どうしようもないのでしょうね」
「ですが、先日、その地下空間にクレイオ氏がみえたのです」
「クレイオ先生が?」
「はい。それで、彼ら一人一人に『もうすぐ、苦しみからも解放されます。もう少しの辛抱ですよ』と、声を掛けて回られていたのです」
「それで?」
「私も、どういう事なのか、不思議に思いました。すると、彼は私一人だけに聞こえるような、とても小さな声でこう言われたのです。『この者たちの様子を知りたがる者が、もうすぐ現れるでしょう。その者には、隠す事無く全てを話して下さい。そして、その者の指示に従って下さい。そうすれは、彼らは救われます』と。私は、他の医師にもこの事を話そうとしましたが、クレイオ氏が、私だけに話した理由が判らない限りうかつに話す事も出来ないと、留まりました。それから数日後、今回のお話が来たので、クレイオ氏が私に伝えたかった事が、ようやく分かりました」
クレイオが、最高齢の医師レビスだけに伝えたのは、ポイニーブラッド家を一番よく知っている人物だからだ。
ポイニーブラッド家は、子供が小さい頃にだけ定期的に医師を呼んで定期検診を行っていた。その定期検診に呼ばれる医師は、代々レビス家の者だった。その為、レビス家にはポイニーブラッド家の子供たちの記録がたくさん残っている。もちろん、ルナディクトの記録もある。
なぜ、レビス家だけが呼ばれたのかというと、ポイニーブラッド家は小さい子供の頃にだけ現れる不思議な遺伝子を持っているためだった。その遺伝子は、成長とともに、通常の遺伝子へと変わる。
この事を、何人もの医師に知られる事をポイニーブラッド家の先祖は嫌がり、医師を一人に決めてしまったのだ。
ルナディクトは、その不思議な遺伝子が消えなかった。
レビスは、様々は検査方法を用いて、ルナディクトを徹底的に調べたが、何も異常は出なかった。そして、レビスは『この子には、この遺伝子が必要なのだ』という結論に達した。
心配する両親を、レビスは膨大な検査結果を一つ一つ説明をし、自分の結論を納得してもらえるよう、尽力した。
そんな思い出が、レビスの中に蘇り、クレイオの意図が理解できたのだ。
「ルナディクト様、彼らを救って下さい。お願いします」
レビスは、深々と頭を下げた。ルナディクトは、にっこりと微笑み、頷いた。
「じゃあ、僕一人をこっそり彼らの所に連れて行って下さい」
「お一人で行かれるおつもりですか?」
レビスは、驚いた。西部地区では、ルナディクトが復活した事は知られていない。病に伏している若いヴァンパイアたちは、ルナディクトの事すら知らないだろう。しかし、この東部地区を出た時点でルナディクトの大きな力は隠しようもなく、西部地区に筒抜けになってします。ルナディクトの存在を知った、西部地区の力の強いヴァンパイアたちは、黙っていないかもしれない。
「レビス先生、僕一人で行きたいんです。他の者を連れて行くと、後々ややこしい事になりかねません」
「しかし、あなた様が東部地区を出た時点で、あちら側にあなた様の存在が筒抜けになります。それは、危険すぎます」
「心配いります。今の僕は、魂が欠けている為、以前程の大きな力はないはずです。それに、ここには僕の力を制御してくれる見方もいます」
と、ルナディクトは胸を叩いた。
「分かりました。でも、カマルにだけでも話しておいた方がよろしいのではないですか?」
「カマルは心配症ですから、話したら絶対に付いていくと聞かないですから、誰にも伝えるつもりはありません。ちょっと散歩に行ってくるだけですから」
ルナディクトは、悪戯を企てているような笑みを浮かべた。
次の日、東西のヴァンパイアがまだ眠っている時間、ルナディクトはレビスと西部地区へと出かけた。
ルナディクトが言っていたように、ルナディクトの力は全く外には出てくる事はなく、人間の気配しかレビスは感じる事が出来なかった。
西部地区の地下空間は、アリの巣の様にいくつもの部屋に分かれていた。その部屋が地上から離れるに従って、重症患者が寝かされていた。
ルナディクトの希望で、一番奥の患者から会う事にした。
その部屋には、たくさんの子供たちが寝かされていた。泣く体力もないのか、虚ろな目をしていた。
ルナディクトは、一番端のベッドでぐったりとしている、三歳位の男の子の額に手を当てた。
すると、男の子の顔色は徐々に良くなり笑顔を見せた。その笑顔にルナディクトも笑顔で返した。すると、男の子はベッドから起き上がり、フラフラしながらもルナディクトの後を付いて歩きだした。
ベッドから、起き上がる事すら出来なかった子が、ニコニコと笑みを浮かべながら、歩き回っている姿を目の当たりにしたレビスは、驚きのあまり言葉が出てこなかった。
レビスが驚いている間に、ルナディクトは一つ残らずベッドを周り、子供たちを病から救っていった。
「レビス先生、この子達に食事をさせてあげて下さい。それから、念のため精密検査もお願いします。僕は、他の部屋を回って来ます」
「ちょっと、お待ち下さい。この子達に何をされたのですか?」
「何もしていません。ただ、彼らに触れただけです」
「触れただけ?……」
ルナディクトは、一つ頷くと他の部屋へと向かった。
レビスは、常駐している看護師に後を任せるとルナディクトの後を追った。
ルナディクトが訪れた部屋からは、苦しみの声は消え笑みが溢れていた。
ルナディクトは、一時間もしないうちに重症患者を病から救った。
「もうすぐ、カマルに留守にしている事がばれるかもしれません。また、明日来ます」
と言うと、スッと姿を消した。
レビスは、元気になった子供たちの検査を開始した。どの子も、本当に病に伏していたのかと思わせるほど、何の痕跡も残っていなかった。特に遺伝子検査では、様々な事が判った。
変異し暴走していた人間の遺伝子が、通常の形態に戻っていた。そして、侵されてしまった、ヴァンパイアの遺伝子も修正されていた。その様子は、まるで東部地区のヴァンパイアのものと同じだった。
レビスは、夜になると子供たちを連れて地上へと出た。子供たちは、胸いっぱいに外の空気を吸い込むと、大はしゃぎで走り回り始めた。
ルナディクトにだけ消える事のなかった遺伝子は、このためだったのかもしれない、そうレビスは思い、元気に走る回る子供たちの姿を涙ながら見つめていた。




