13 魂の行方
ダイロは、大きな地下洞窟を掘らせ、西側の地下牢の捜索も行い、父クラトがポイニーブラッド家を打つ時に苦しみから逃れるため、どんな対策を施したのかを調べ始めた。
地下洞窟は、あっという間に掘りあがり、力の弱いヴァンパイアをそこに住まわせる事が出来た。その後、死者を減らす事が出来た。
地下牢の捜索は、地下に入らなくても大丈夫なヴァンパイアを集め、山の裾野だけ捜索を行った。しかし、死の山と言われているだけあって体調を崩す者が続々と出た。結局、見つけることが出来なまま、数年で捜索を打ち切るしかなかった。
クラトが施した対策を探すべく、屋敷中をひっくり返したが何も判らなかった。クラト自身に聞くこともできずお手上げだった。あれだけ用意周到と思っていた父が、何の策も取らなかったのではないかと、思わざるを得なかった。
ガトスから東部地区できゅうに気配が消えるヴァンパイアについての報告が上がってきた。
「はじめた、あちこちに掘られている地下道に入ったのかと思っていました。しかし、こちらで調べた地下道への入口ではない所で気配が消えるのです。今まで調べた向こう側にいるヴァンパイア全てがそうなのです。先日、視界に捉えられる場所でその現象を見ることができました。その時、確かにヴァンパイアの気配を捉えました。と同時に、こちらの気配も探られているように感じました。その途端、ヴァンパイアの気配がスッと消えたのです。視界にはその人物を捉えているのに……」
ダイロは、クレイオの話と照らし合わせながら考えた。
東部地区にいるということは、ポイニーブラッド家の血を引く者たちなのだろう。彼らは、ヴァンパイアの姿をしているが自分たちとは違う。神の力を受け継いだ人間ということになる。以前、感じた気配が人間に近かったのはその為だろう。
ポイニーブラッド家を斃してから続く戦いの時も生き延びて来た者も多いのかもしれない。
当時、ことら側に反抗する者は抹殺した。しかし、その対象は、ヴァンパイアに限られた。人間は、いくら反抗な態度を取ろうとも抹殺することはなかった。なぜなから、人間貴重な働き手でもあり餌でもあったからだ。
ヴァンパイアの気配を消し、人間としてふるまっていたのであれば、抹殺も逃れることが出来ただろう。
そう考えると、東部地区に思った以上のヴァンパイアがいるもの納得がいく。
結局、ダイロには地下洞窟しか用意することが出来なかった。
東からの風は、容赦なく吹き続けていた。
ダイロがクレイオの家を訪れてから、十年近い月日が流れた。
東部地区では、家が立ち並び人間たちは畑を耕し、家畜を飼い始めた。昼間は楽しそうな会話も地上で飛び交うようになった。
しかし日が暮れると、人間と家畜は地下へと潜り西部地区のヴァンパイアを警戒する生活は続いていた。
西部地区は、東部地区とは対照的にヴァンパイアの多くは夜でも地下洞窟で暮らすようになり、地上は寂しさを漂わせていた。
ティアナは、ルナディクトの記憶の部屋での暮らしに段々と慣れてきていた。
この部屋の隣にはルナディクトが用意してくれた部屋があり、その部屋との行き来だけの暮らしだったが、退屈することなく楽しく過ごしていた。
隣の部屋には、この国の言語辞典や歴史が纏められた本がびっしりと並んだ書棚と机、そしてベッドが置いてあった。
ルナディクトが目覚めている時間は、この部屋で言語や歴史の勉強をし、ルナディクトが眠っている時間のほんの少しをルナディクトの魂と一緒に記憶の部屋で過ごした。
記憶の部屋のテーブルの脇の照明がパッと灯されると、ティアナはソワソワとし始める。ルナディクトが眠りにつこうとしているのだ。ティアナは、鏡を何度も覗き髪が乱れていないかを確認している頃、テーブルの上の記憶の本がパラパラと音をたててページが加えられていく。パタンと本が閉じると同時に、その場、ルナディクトの魂がパッと現れるのだ。
ルナディクトは、満面の笑顔で両腕を開いてティアナが飛び込んで来るのを待っている。ティアナは、何の躊躇いもなく満面の笑顔で飛び込む。そして、ルナディクトがティアナのおでこにキスを一つ落とす。
これが、毎日続けられようになった。
はじめのうちは、ティアナも恥ずかしがってモジモジしていたが、記憶の本を見ていくうちに、恥ずかしさは段々と消えていった。
それは、ルナディクトがティアナに向けてくれる愛情をそのまま受け入れる事が、自分自身の幸せであり、ルナディクトの幸せであり、この国の人々の幸せにも繋がるのだと思えるようになったからだ。
そしてティアナは、この国の人々に快く受け入れてもらえるよう、勉強を怠ることなく頑張ることに決めた。
その為、これからのルナディクトの魂と過ごすほんの少しの時間は、ティアナにとって、とても大切な時間となった。
ティアナの疑問にルナディクトは、とても丁寧に答えてくれた。
ルナディクトにとっても、ティアナが一生懸命勉強する姿を心から応援していた。これから先の人生を二人で歩んで行くためには、ティアナには多くのことを学んでもらわなければならない。その為の貴重な時間が出来たことは、かえって良かったのかもしれないとルナディクトは思っていた。
ティアナの疑問に答え終わると、ルナディクトはティアナを連れてベッドに入るのだが、今日は違った。
「ティアナ、君にも見てもらいたいものがあるんだ」
ルナディクトは、ティアナの右手と手を繋ぎ、テーブルの上に常に置いてある記憶の本の今日のページを開いた。
二人の魂は、スッと本の中に吸い込まれた。
ルナディクトがその日に見た映像の中に二人は立っていた。
それは、月夜に紅く光る真っ直ぐな道とキラキラと煌めく川の流れ、みずみずしい野菜が並ぶ畑、煉瓦や木で作られた家々……。音は、何も聞こえていなかったが、ティアナはこの景色がとても心地よく思えた。
「ティアナ、ここはこの国の東部地区。人間が多く住んでいる。この時間人間たちは地下で過ごしている。まだ、完全に安全とは言えないからね」
「でも、昼間は安心した暮らしが営まれているみたいね」
「そうだね。昼間は太陽が人間の見方をしてくれているからね」
「この景色を私に見せたかったの?」
「それもあるけれど、もう一つの方が本命だよ」
ルナディクトは、ティアナの手を繋いだまま西に向かって歩き出した。そこには、幅の広い紅い道が横わたっていた。その向こうは、ポツン、ポツンと大きな屋敷が幾つか見えるだけで、とても寂しいい風景が広がっていた。
「ティアナ、この道の向こうが西部地区。ヴァンパイアが多く住んでいる土地だ。以前は、東部地区と同じように道も整備され多くの家が立ち並んでいた。今は見る影もないけれど……。ここから見える風景で、何か感じるものはないかと思って、君を連れて来たんだ」
「感じるもの?」
「そう。君を呼んでいるもの」
「私を? 誰が呼んでいるの?」
「僕」
「ルナディクト? でも、あなたはここに居るわ」
「もう一人の僕」
「もう一人の?」
「僕自身でも分からないんだ。何か強い力で封じられていて、自分自身でも捉えることが出来ない。でも、君なら捉える事が出来るかもしれない」
「私に?」
ティアナは、目を閉じ西部地区を這うように意識を広げていった。
西部地区には、呪詛が渦巻いていた。ルナディクトの記憶の中なので呪詛に捕らわれる事はないが、意識を集中させていなければ、その呪詛に飲み込まれてしまう感覚に襲われた。
ティアナは、微かな呼びかけを捉えた。
それは、紛れもないルナディクトがティアナを呼んでいるものだった。その声は、地底深くから聞こえるが、何か厚い壁にでも阻まれているのか、とてもくぐもった声に聞こえた。
「見つけた! あなたの声よ。ここから見える一番大きな屋敷の地下深くから。でも、簡単には助け出すことは出来ないかもしれないわ。あなたの声はとてもくぐもっているの。ここからあの場所までの大地が邪魔をしているだけではないのかもしれない。何か別の大きなものがあなたを閉じ込め見張っているような感じ……」
ティアナは、ルナディクトに向き直ると確信をもって言葉にした。
「ありがとう、ティアナ。これで僕を取り戻せる」
ルナディクトは、右手の指先をパチンと鳴らした。
一瞬で、記憶の部屋へと二人は戻ってきていた。
不安な表情を浮かべるティアナを、ルナディクトはそっと抱きしめた。
「ティアナ、君の力を僕に貸して。僕を取り戻しこの国の人々を守る為の力を……」
ティアナは、ルナディクトの腕の中で頷いた。




