12 神の力と悪魔の力
クレイオは、家政婦に新しいお茶を用意させると、窓に分厚いカーテンを閉めた。
外は少し白み始め、ダイロの顔を照らそうとしていたからだ。
ダイロは、クレイオの話を食い入るように聞いていた。その表情は、次第に険しいものへと変わっていた。
クレイオの話では、そもそもポイニーブラッド家とメランブラッド家では始まりが違うことになる。今では全くといっていいほど、違いは無いのに……。それに、クラトの病は……。
ダイロは、考えてもみなかった話に戸惑いを隠せないようだった。
「簡単に言ってしまえば、ポイニーブラッド家は神の力、メランブラッド家は悪魔の力を持っている事になります。見た目は、変わりませんが生い立ちが全く違うのです。また、両家には枷のようなものがあるのです。ポイニーブラッド家では、男子の母親は必ず人間だということです。多種族では女児しか生まれないですし、ルナックからの力は継承されません。それは、神の力を受け継ぐのは人間でなければならないからでしょう。そして、メランブラッド家ではダレスと同じ体の変調です。クラトの体調の変化は、これです。ポイニーブラッド家の当主にしか静められません。もしも、クラトが、何者かによって命を絶たれたとしたら、その苦しみは嫡子であるダイロ、あなたに移って来ます。今のうちに国外へ逃げようとお考えですか? あなたは国外へ出る事は出来ません。その前に体が灰になるでしょう。それだけ、強い力があなたの家系には掛けられているのです」
クレイオは湯気のたつカップをそっと手に取り、薫りを楽しむように一口飲んだ。
「先生、ブラッドの名を持つ者でも他国へ逃げた者もいます。その者は……」
「ブラッドの名を持つ者は、この国の中でも旧家ですから、昔からの名残を強く受け継いでいます。他国へ出たのは、エリトブラックとキアノブラックですね。彼らは、ポイニーブラッド家の分家です。ですから、何処へ行こうが命に関わる事はありません。しかし、今もこの地に残るクサンブラッドとクロロブラッドは、メランブラッド家の分家です。従って、クラトのような苦しみはありませんが、あなたと同じ様に国外へ出る事は出来ません」
「東部地区を歩き回るヴァンパイアがいるのですが、その者は……」
「その者は、ポイニーブラッド家の血を引く者でしょう。メランブラッド家の血を引く者では、近づく事も難しい。……ダイロ、もうあなたにもお分かりでしょう。あなたがどんなに足掻いても、東からの風を止める事は出来ません。風はまだ穏やかに吹いていますが、次第に嵐のような激しさで西部地区に襲いかかるでしょう。その風に、クラトは堪える事が出来ません。ダイロがいくら知恵を絞ったとしても、どうすることも出来ないのです」
クレイオは、淡々と話続けた。
「ましてや、ポイニーブラッド家では嫡子であるルナディクトは、ルナックの生まれ変わりだと思われていました。それだけ、今までの当主とは違う何かを持って生まれて来たのでしょう。あなたに出来る事といったら……そうですね……、少しでも死者を減らすよう配慮する位でしょう。このままでは、メランブラッドの血を引く若いヴァンパイアは一人もいなくなってしまいます」
クレイオの言葉に、ダイロは何も言えずフラフラと立ち上がり、クレイオの家を後にした。
ダイロは、何も話さず、目に写るものも見えていないようだった。そんな姿はすれ違う者には、不思議に見えた。
気付くと足は、国境に向かっていた。
確かめなければならない。
ダイロは、今まで国境に近づく事もなかった。それは、単に用がなかったのもあるが、誰かに命じればいいことで自ら出向く必要もなかったのだ。
国境にたどり着くと、ダイロは回りを伺った。何となく、誰にも見られたくなかったからだ。
回りに人の気配はない。ダイロは、そっと右手を国境に差し出した。
すると、右手は息を飲むほどの痛みを伴って、手首から先があっという間に灰となり崩れた。
ダイロは、荒い息をつきながら、右の手があった場所を凝視した。
クレイオの話は本当だった。身をもって実感したダイロは、力なくフラフラと家路についた。
家にたどり着くと、自室に鍵をかけた。
ダイロは、ポイニーブラッド家を滅ぼそうと、父から打ち明けられた日の事を思い出していた。
その日は、とても不機嫌な様子で父は帰って来た。そして、人払いされた部屋にダイロは呼ばれた。
「ダイロ、これから話す事は、他言無用だ。いいな。三日後の晩ポイニーブラッド家を滅ぼす。アイチャーンドは私が打つ、ルナディクトはお前が打て」
「急にどうしたのですか? 父上」
「今日の定例会にも、ルナディクトは同席していなかった。女が死んだだけでまだ眠りから目覚めようとしない。こんな事が、過去に何度もあった。女が死ぬ度に落ち込んでいるようではしょうがない。人間はすぐに死ぬ、弱い生き物だ。それを分かっていて人間の女にうつつを抜かし、骨抜きにされているようでは話にもならん。だから人間など、やめておけばいいのだ。あげくのはてには、現実逃避し自分の仕事も放棄して……。そして、他国への報復にも逃げ腰だ。自分勝手な人間を野放しにしている。私は何度も、アイチャーンドに忠告してきた。しかしアイチャーンドは私の言葉を聞き流した。そして、息子の我儘な行動を認め、愚かな人間の方を持つ。なんたる屈辱。なんたる怠慢。もう私は我慢ならぬ。あんな腑抜けた一族に国を任せてはおけぬ。この国、第二位の権力を持つ私が、あやつにとって変わるのだ。わかったか?」
「はい。しかし父上そう簡単にはいかないのではないですか?」
「それは、心配ない。三日後の晩は、月や星も見えないほどの厚い雲で覆われるはずなのだ。その闇夜に紛れて打つ。私たちとは違ってポイニーブラッド家は、月や星が出ていない晩はほんの少しだが力が弱まる。その力のバランスが逆転する晩を見逃す手はない」
こんな話をしたように記憶している。
父は、クレイオが話した事を知らなかったのだろうか? 思慮深い父が知らなかったとは思えない。何か策をこうじたのだろうか? しかし、それが不十分だったのだろうか? なぜ、私には話してくれなかったのだろうか? まあ、父の事だから自分が死ぬ事は全く考えてもいなかったのだろう。
そんな事を考えながら、眠りについた。
目が覚めると、右手首から先の再生が完了していた。
ダイロは食事を摂ると、供も連れずに出掛けた。
東部地区は、相変わらず月の光りに紅く染まっている。人間たちは寝静まってはいるが、時折ヴァンパイアの動き回る気配が感じられた。
この気配が、ポイニーブラッド家の血を引く者たちなのか。
そう改めて思うとやはり人間の気配に近いような気がしてきた。
ダイロは、その気配を追った。気配は三つ、東部地区の川沿いを南から北へ向かって歩いているようだった。そして、ある地点までくるとスッとヴァンパイアの気配が消えた。
なぜ気配が消えたのか分からず、ダイロはその近辺を注意深く感じようと神経を研ぎ澄ました。しかし、変わったものや目新しいものは無さそうだった。
しばらくその場に佇んでいると、後ろから先程感じていた気配とは全く違う気配がしてきた。
「ダイロ様、このような場所でいかがされましたか?」
側近のガトスだった。
「ああ、東部地区を歩き回るヴァンパイアの気配を追っていたら、急にスッと消えたんだ。その回りには気になるようなものもないし……。今まえもそういう事があったのか?」
「気付きませんでした。私の配下の者は、ダイロ様のように能力に長けていませんので……」
「これから、注意してみてくれ」
「承知しました」
「それと、あの山の地下に昔牢があったと聞いた。その牢の入り口を知っている者がいたら、私の所に連れて来て欲しい」
「牢ですか?」
「そうだ。東西に一つずつあったらしい。東側には行けないが、西側なら行けるかもしれない」
「承知しました」
ガトスは、深々と頭を下げてその場を離れた。
ダイロは、考えていた。
西側の地下牢に入る事ができたら、若いヴァンパイアたちを守る事が出来るのではないかと。
こんなことを考えている自分が可笑しくなって、ダイロはその場で大笑いした。自分勝手に我儘な行動をとったり、言動を発したりしてきた自分が、他人の為に頭を巡らすなんて、滑稽としか言いようがない。
しかし、いずれ自分の戦力になるだろう若い芽をみすみす殺されて堪るかと言う気持ちも働いていた。
東からの風に勝つ為には、自分らしくない方法も取るだろう。どんな方法でも、勝ちは勝ちなのだから。




