11 メランブラッド家
ルナックが目を覚ました後、神はこの地を去った。
浄化された土地は、これまで以上のたくさんの農作物を実らせた。たくさんの農作物は、この地に大きな収入をもたらした。
その収入で、河川や道路を整備した。そのお陰で、たくさんの人がこの地を訪れるようになった。
そして、人間にとって暮らしやすい土地だと評判になり、今までの村の西側が開拓されたくさんの人間がこの地で暮らすようなっていった。
そして、この地に元々住んでいた人間を中心に自治も整えられた。そんななか、人間ではないルナックとティナの存在をどう扱うかが問題になった。
元々住んでいた人間にとっては、ティナは村長家の直系であり、ルナックはこの地を清浄にしてくれた大恩人である。その事を忘れる者は一人もいない。
しかし、新しく移住してきた者の中には、不思議な力を持った化物と見るものもいる。
結局、上手く決めることが出来ないまま月日が流れていった。
ルナックとティナは、そんな人間たちのことを疎ましく思うこともなく、人間たちの居住区から少し離れた所に屋敷を構え、仲良く暮らしていた。
そんなある日、ティナが淀んだ嫌な空気を察知した。
この世界には、幾つもの人間だけの町が存在しているようだったが、その町を一つ一つ滅ぼし、仲間を増やしながら、邪悪なオーラが集団化しているように、ティナには感じられた。
そして、その集団は人間と言う餌を求めてこの地に向かってきていた。
ルナックは、山の洞窟を以前の三倍以上に広げた。
ティナは、元々住んでいた人間たちにいっせいに話しかけた。
「数週間のうちに、西からこの地に邪悪な心を持つ魔物が大勢やって来ます。荷物をまとめて、山の洞窟に避難してください。このメッセージは、元々この地に住んでいる方々にしかお伝えできませんでした。全ての人に連絡をお願いします」
ティナの呼び掛けに、元々この地に住んでいた者たちはあっという間に荷物をまとめ洞窟へと避難しはじめた。
しかし、ティナをよく思っていない新しく移住してきた者たちの一部は、避難を拒んだ。
その者たちは、先の争いであまり被害を受けなかった者たちのようだった。その為、前回も家に地下室を掘って免れたから、今回もそうすると言い張った。
全員が避難できない状態で、魔物から発せられた負の空気が先にこの地にやって来た。人への害はまだ出ていなかったが、町の東側に撒かれていた鉱物が月夜に紅く光るようになった。その紅は、時間がたつにしたがって濃くなっていった。
その紅く光る大地を、避難を拒んだ者たちは気味悪がり、避難を促す人たちとの間に溝が深まっていった。
敵が近くなってきたこともありルナックは、避難を促していた人間たちも洞窟へと移動させた。そして、町の西の端に紅く光る鉱物を少し撒いた。
ほんの少しでも時間稼ぎが出来るかもしれない。
そして、ルナックは避難を拒んだ者たちを一軒一軒訪ね、避難を促した。しかし、誰一人として、ルナックの話をまともに聞こうとはしなかった。
ティナは、洞窟の中から避難を拒んだ者たちへメッセージを送った。
しかし、それも無視された。
魔物たちは、ティナが思っていた以上の人数でやって来た。
町に入るとたくさんの人間の匂いがしたことに気を取られ、力の弱い魔物から走り混んで来ようとした。
力の弱い魔物たちは、知的能力も低い。その為、なんの注意もしないで町へ踏み込んで来た。
そして、ほんの少しの紅く光る土を踏んだとたん、何人もの魔物が灰になった。
しかし、力が強くなるにつれて、知的能力も高くなっていくので、その後は簡単に倒す事は出来なかった。
魔物たちは、地下に潜む人間の匂いを嗅ぎ付けると、地上の家屋を簡単に薙ぎ倒し、地下に潜んでいた人間をあっという間に餌さとした。
人間たちの悲鳴が、響き渡った。
地下に潜んでいた人間たちは、負の空気に汚染され、フラフラと自ら地上へ現れる者も出てきた。
ルナックは敵と戦いながらも、そんな人間を拐うように町の東側に運んだ。
一人でも多くの人間を助けるために……。
何人の人間が犠牲になったのだろう……。ルナックも、身体の負った傷が癒える前にまた新たな傷を負い、体力が大幅に削がれていくなかでも戦い続けた。
そんな混乱の中、一人の隻眼の魔物が何かに吸い寄せられるように山の地下へと入っていった。
隻眼の魔物は、迷うことなく地下の西側へと向かった。そこには、どの様に作られたか分からない牢があった。
その牢の中には、ミイラかと思われるほど痩せた男が壁に凭れかかり、
虚ろな瞳を隻眼の男に向けていた。
隻眼の男は、牢に近づくと膝をつき恭しく頭を下げた。
「我が主、長いことお待たせして申し訳ございませんでした」
隻眼の男は、右手を牢の中に差し出した。すると、牢の中の男はその手を取り手首に牙を立てた。次第に牢の中の男の視線がしっかりしていき、顔の皺も減っていった。隻眼の男はそれに反比例するように瞳は虚ろになり、張のあった皮膚は皺を幾重にも重ねていった。
牢の中の男は、ぐったりしている隻眼の男の、胸に鋭い爪をたて心臓を鷲掴みすると体から引き抜き口に入れた。
隻眼の男は、声をあげることなく灰になった。
牢の中の男は、不気味な笑みを浮かべると拳一振りで牢を破壊した。そのとたん、男の胸に激痛が走った。
その痛みに立っている事が出来ず、膝をつき踞った。痛みは、胸から全身へと広がり男は地面に倒れながらも暴れはじめた。
男には、何が原因でこのような激痛に襲われたのか全く分からなかった。
町の西側は、また見る影もないほどの惨状になってしまった。
町の西側に人間の匂いが段々と無くなると魔物たちは、徐々に町の東側に移動を始めた。
しかし、またそこで灰になる者が出た。この町に入って来た時の比ではなかった。
町に入って来た時に、何でもなく入って来た者たちに一瞬の恐怖がはしった。その恐怖も、食欲には敵わなかった。多くの者が、躊躇いなく紅く光る土を踏みしめた。
町の東側に無事に入れた者は、人間の匂いを求めて探し回った。その探し回っているうちに灰になる者も出てきた。
ルナックは、何もせずに見ていれば良かった。
どの魔物も、人間が避難している洞窟までは辿り着く事は出来なかった。
結局、紅く光る土を踏んでも何ともなかった者は、たったの二人だった。その二人も、傷がすっかり癒えたルナックによって呆気なく倒された。
ルナックは、魔物の気配を探った。すると思ってもいなかった所から大きな気配を感じた。
それは、山の西側地下深くからだった。
ルナックは、気配を辿りながら地下へと降りていった。
歩きながら、神の話を思い出していた。
「ルナック、お前が倒れていた傍に、もう一人倒れていた。そやつは、お前と違って身体中から負のオーラを発していた。その為、お前とは別の西の地下牢に入れた。お前を牢から出した頃、西の地下牢に様子を見に行った。牢の中やその回りに鉱物を撒いておいたが、その鉱物は、跡形もなく消えていた。それだけ、強い負の心を持っていた。そこで、ある石を体の中に埋め込んだ。その石は、そやつの体の中から負の心を少しは減らして行くだろう。もしも、私がこの地を去った後、そやつの負の心が表に出ようとした時は、体の中の石がそやつの内蔵を痛めつけるようになっている。その痛みを沈められるのはお前だけだ。そやつは体に石が有る限り、お前の傍でしか生きられない。この先、そやつを生かすも殺すもお前に任せるから好きにしろ」
ルナックは、その話を聞いてから色々と考えた。
殺してしまう事は、全く考えにはなかった。しかし、不安はあった。
もしも、負の心を抑え込む事が出来たら、きっとこの町の発展にも力を貸してもらえるのではないか。でも、負の心を持った者を人々が受け入れてくれるのだろうか……。
不安を払拭することが出来ないまま、今に至っていた。
地下牢に近づくにつれ、地を這うような低い呻き声があちこちに反響し、地震かと思わせるような揺れも感じられた。
ルナックは、地下牢のある開けた場所に立った。
男は、ルナックが傍にいることすら分からないほど、声をあげのたうち回っていた。
ルナックは、あまりの苦しみ様を見て思わず駆け寄り、血管が浮き出てその中を何かが動き回り痙攣を起こしている手を何の躊躇いもなく取った。
すると、痙攣はおさまり痛みに暴れていた体から力が抜けていった。
男は、肩で荒い息をしながらも虚ろな瞳をルナックに向けた。
「落ち着いたみたいだね。私はルナック。君は?」
ルナックは、気さくに笑顔を向けた。
「……」
男は目を背け、立ち上がった。
「何処へ行くの?」
「……」
ルナックの呼び掛けには答えず、男はフラフラと歩き出した。
ルナックもその後を、ついて歩いた。
地上に出るまでに三回、男は苦しんだ。その都度、ルナックは男を支えるように触れた。すると、男の苦しみは治まった。男は怪訝に思いながらも、地上へと歩き続けた。
地上は、厚い雲が覆い血の匂いと負の気配が充満していた。
男は、数年ぶりの地上に満足そうな表情を浮かべ、体を伸ばし大きく深呼吸をしたように見せ掛けて、ルナックに襲い掛かろうと腕を伸ばして来た。しかし、その手がルナックを捕らえる前に胸を押さえて踞ってしまった。
「私を、殺そうとしても苦しむだけだよ。私だけじゃなく、この地に住む人間もだけど。そして君は、この地からも出ることは出来ないよ」
ルナックは、苦しみもがく男を悲しそうな表情で見下ろした。
「……ならば、……殺せ」
男は、喉の奥から絞り出すような声で唸った。
「殺すつもりはないよ。これから君は、この町の為に働いてもらうよ」
「……餌である……人間の……為に……働く? ……冗談じゃない。……なぜ、……俺が」
男は、痛みをこらえ荒い息を吐きながら言った。
「私が、そう決めたから。さあ、行くよ」
ルナックは、男の腕を持ち上げた。そのとたん、嘘のように痛みが消えた。
ルナックは笑顔を向けると、町の西側の瓦礫片付けを手伝わせた。
男は、常に悪態を吐き、仕事をさぼろうとし、何度もルナックを襲おうとして苦しんだ。
しかし、そのたびにルナックに笑顔で諭され、仕方なく言われるがままダラダラと働いた。
さすがに魔物の力は強い。西側の瓦礫は、あっという間に片付けられた。
そして、亡くなった人間の死体は、ルナックの家の裏手に埋葬された。
「これで、おしまい。ありがとうね。……ところで、君の名前は?」
ルナックは、笑顔を崩さずにまた尋ねた。
「……ダレス」
男は、不貞腐れながらも答えた。
「ダレスだね。これからも、末永くよろしく」
ルナックは、笑顔で握手を求めた。ダレスは、渋々ながらもそれに答えた。
その後、ダレスはメランブラッドと名のる。




