↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドリチン《機械じかけのエレクト》  作者: 伏見トキナ
AFTERWORD|GENESIS ── ドリチンの誕生
15/15

あとがき|なぜドリルは二本になったのか

 片腕マシンガールという映画をご存知だろうか?


 失った腕の代わりに機関銃を装着し、その身体そのものを武器にして戦う少女の映画で、私は昔から、こういう「失った身体をただ元に戻すのではなく、そこへ機械を接続する事で以前とは違う機能を持った身体になる」という発想が妙に好きだった。


 もちろん義手や義足というものには、日常を取り戻す為の切実な意味があるのだけれど、それとは少し別のところで、人間と機械が直接繋がり、失った場所へ新しい機能が加わっている姿には、どうしようもなく格好いいものがある。


 そんな事を考えていた頃、ネットで機械仕掛けの義足を装着した少女が、それを武器の様に使って戦っているイラストを見た。


 残念ながら作品名も作者名も覚えていないのだが、金属の脚で地面を踏み、自分の身体の一部になった機械で戦っているその姿だけは妙に頭へ残り、私はしばらく眺めながら、義手がある、義足がある、ならば身体の別の部分を失った場合にも当然それに代わるものがあるのだろうか、と考え始めた。


 そして、どういう経路を通ったのか、最終的に辿り着いた疑問が、万が一、チンコを失ったら代わりはあるのだろうか?だった。

 ここまでは、純粋な疑問であり、まだ比較的まともだったと思う。


 事故や病気で陰茎を失った人にも、その後の生活があり、排尿があり、身体感覚があり、それまで自分の身体に存在していたものを失うという問題があるのだから、そこにも義手や義足と同じ様に人工の代替物があっていいはずで、その様なものをきちんと義肢として描いたら面白いのではないか、と考えていた。


 問題は、その少し後だった。

 私はなぜか、包茎のチンコってドリルみたいだよな。と思ってしまった。


 今振り返っても、そこへ至る論理的な必然性はまったく分からないのだが、一度そう見えてしまうと人間というものは恐ろしいもので、その直後にはもう、チンコにドリルが付いていたら面白いんじゃないか?という、かなり救い様のない発想が生まれていた。


 普通なら、ここで笑って終わればよかった。

 ところが私は、ドリルを付けるなら取り外せた方がいい、取り外せるなら交換できた方がいい、交換できるならドリル以外の物も付けられるのではないか、と考え始め、その時点から妄想は完全に暴走した。


 考えてみれば、このあたりには明らかにライダーマンと仮面ライダーフォーゼの影響がある。

 腕の先を用途に応じて換装するライダーマンと、スイッチによって多種多様な装備を使い分けるフォーゼを見て育った人間が、その換装思想をなぜか股間へ持ってきてしまった結果、どうせならドリル以外も付けよう。となった。


 誰も頼んでいない。

 だが、私はやった。

 高圧射出、ワイヤーアンカー、照明、消火、マニピュレーター、超音波探傷、電磁パルスと増えていき、気がつけばアタッチメントは十種類になっていた。


 ここまで来ると、もう「人工ペニスにドリルが付いていたら面白い」という一発ネタではなく、それなりに世界の中で動かせる仕組みが必要になってくる。

 ただ、その設定を考える上で一つだけ、最初から絶対に守ろうと思っていた事があった。


 この人工ペニスを、性具にはしない事である。


 タイトルだけ見れば完全な下ネタだし、実際に人工ペニスへドリルを接続しているのだから、今さら上品ぶるつもりもないのだけれど、PGS-01そのものはあくまで義肢であり、医療機器であり、失われた身体機能を補う為のものとして扱いたかった。


 だからドリルは穴を開ける為の機械で、照明は暗い場所を照らす為の機械で、消火ユニットは火を消す為の機械であり、そこへ性的な意味を持ち込むつもりは最初からなかった。


 むしろ全員が大真面目な顔で「正確には、人工ペニスに穿孔機能を追加したんです」と言い張った方が、絶対に面白いと思った。

 ところが、そうやって馬鹿な設定を大真面目に扱い始めると、今度は別の問題が出てきた。


 企業が開発した治験機器としての人工ペニスを、人間の身体へ取り付けた場合、それはいったい誰のものなのか。


 会社の資産として登録されているからといって、「返してください」と言われたら本当に返さなければならないのか。


 身体から外さなければ返せないものを、そもそも企業資産として扱っていいのか。


 人工ペニスそのものは会社が作ったとしても、装着された瞬間からそれは本人の身体ではないのか。


 ドリルチンコを書いていたはずなのに、いつの間にか身体所有権の話が始まっていた。

 さらに、アタッチメントを交換するなら当然接続規格が必要になるので、そこで今度はUSB、Thunderbolt、Lightningといった現実の接続規格の事が頭へ浮かんだ。


 機械同士を繋ぐ世界では規格が非常に重要で、共通規格が広がれば複数のメーカーが対応製品を作れる様になる一方、特定企業が規格を握れば、その企業の製品へ囲い込まれる可能性があるし、逆に何でも自由に接続できる様にすれば安全性を誰が担保するのかという問題も出てくる。


 これを人工ペニスでやったらどうなるのだろう。

 そう考えた瞬間、この話は完全におかしな方向へ進んだ。


 企業は規格を資産として見て、技術ブローカーは値段を付け、別の企業は市場を見て、研究者はオープンな接続規格を夢見るのに、肝心の規格見本は黒川慎吾の股間へ取り付けられている。


 気がつけば私は、USBやLightningの規格争いを参考にしながら、機械のチンコを誰が所有するべきなのかについて真剣に考えていた。


 途中で何度か、私は何を書いているんだろう?と思った。

 だが、もう遅かった。


 そして、こういう話を書いていると、どうしても出したくなる人間がいる。

 私は、大真面目なマッドサイエンティストが大好きなのである。


 高笑いしながら世界征服を企む様な人物ではなく、本人には悪意がなく、倫理観もあり、むしろ人類の未来についてかなりまともな事を考えているのに、研究対象への好奇心だけが致命的におかしい人間が好きだ。


 篠宮佳澄は、その為に生まれた。

 彼女はPGS-01を性具だとは思っていないし、慎吾の身体を粗末に扱うつもりもなく、むしろ身体の自己決定権については作中でもかなり真っ当な事を言っている。


 ただし、「接続できたからです」という理由だけで人工ペニスへドリルを付ける。

 そこだけがおかしい。

 私は、こういう人が大好きである。


 その一方で、黒川慎吾には最後まで普通の人でいてもらった。

 世界を変えたい訳でも、身体拡張技術の未来を語りたい訳でも、規格戦争に参加したい訳でもない。

 仕事へ行って、設備を直して、帰宅して、ビールを飲んで寝たいだけなのに、その普通の男の身体へ企業の知財だの、次世代規格だの、一億円の市場価値だのが勝手に乗っかってくる。


 だから最後に慎吾が取り戻すものも、世界の未来ではなく、自分の身体だけでよかった。


 書き始めた頃には、まさかそこまで真面目な話になるとは思っていなかった。

 本当に、チンコにドリルを付けたかっただけなのである。

 それなのに医療機器の所有権を考え、身体の自己決定権を考え、メーカーによる囲い込みを考え、オープン規格と安全性の問題まで考える事になったのだから、創作というものは恐ろしい。


 そして、もう一つだけタイトルについて書いておきたい。


『ドリチン』という、どう考えてもふざけた題名の横に付けた《機械じかけのエレクト》というサブタイトルは、もちろん『時計じかけのオレンジ』へのオマージュである。

 語感が好きだった、というのが最初にある。


 本来なら機械ではないものに「じかけ」が付き、生身の人間と人工的な仕組みが一つの言葉の中で並んでいる、その少し不穏で格好いい響きを、人工ペニスを身体へ組み込まれた男の話に借りたかった。


 そして「エレクト」と聞けば、まず思い浮かぶのは勃起だろうし、この小説の場合、それで間違ってはいない。

 何しろ主人公の股間には機械が入っている。


 ただ、英語の erect は「直立した」「立たせる」という言葉でもあり、私がこのサブタイトルへ重ねたかったのは、単にチンコが勃つという意味だけではなかった。


 事故で身体の一部を失い、その代わりに機械を入れ、自分の身体なのに会社の資産として扱われ、値段を付けられ、次世代規格の見本にまでされながら、それでも最後には「これは自分の身体だ」と取り戻していく慎吾を書いているうちに、私の中で《エレクト》という言葉は、少しずつ別の意味も持つ様になった。


 失ったものを完全に元へ戻す事はできなくても、人間はもう一度立つ事ができる。


 もっと格好よく言えば、心を奮い立たせるという事なのだが、そこまで書いておきながら、主人公が実際に勃たせているものは機械のチンコなので、我ながらだいぶ台無しである。


 それでも私は、《機械じかけのエレクト》というサブタイトルを気に入っている。

 機械じかけでも、人はもう一度立てる。

 たぶん、この物語で本当に書きたかった「エレクト」は、そちらの方だった。


 そしてもっと恐ろしいのは、それだけ真面目に話を積み上げておきながら、最後の最後に私が思いついたのが、ドリル、二本にしたらもっと面白いんじゃないか?だった事である。


 一本だったD-05は、エピローグでD-06になった。

 左右逆回転の二軸方式。

 反力を相殺して姿勢安定性を高めるという、それらしい技術的な理由まで付いた。


 そして篠宮は慎吾へ、「装着する時に、『変身』って言ってもらえませんか?」と頼む。

 結局、そこへ戻ってきた。


 片腕に機関銃を装着した少女と、機械仕掛けの義足で戦う少女の格好よさから始まった妄想は、人工ペニス、ドリル、十種類のアタッチメント、接続規格戦争、企業の知財、身体所有権を経由し、最終的には二本のドリルを股間へ装着して「変身」と叫ぶところまで辿り着いた。


 私にも、どうしてこうなったのかはよく分からない。


 ただ、一つだけ確かな事があるとすれば、最初の一本より二本の方が圧倒的にバカであり、ここまで付き合ってくださった読者の皆様には、そのバカバカしさごと最後まで笑っていただけたなら、それ以上に嬉しい事はない。


 最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


 そして、もしあなたがいつか人工ペニスへ高トルク穿孔ユニットを接続する日が来たとしても、装着前には必ず本人の同意を確認していただきたい。


「変身」と言うかどうかは、任意である。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。